第十話 夜を駆ける
ひとりとぼとぼ歩き続けて、ようやく森の手前までたどり着いた。
ぐちゅっ、と靴の中で湿った音が鳴るたびに、不快感が増していく。
濡れた服の隙間から湿った夜風が入り込み、体の芯まで冷えていくようだった。
(あ〜寒っ……! そういえば、ペル……大丈夫かな。貴族のご令嬢って、やっぱり綺麗だったもんなあ。納得だわ)
誰もいない森の中、ずぶ濡れのまま歩き続けるのは、想像以上に心細い。
しばらく一緒にいた少女の顔を思い出しては、じわりと胸が痛んだ。
(無事に家に戻れたのかな。っていうか、強制送還ってことになるよね。勘当とかされてなきゃいいけど……)
私はもう、ひとりきりだった。
そう実感した瞬間、足取りがぐっと重くなる。
(でも、とにかく森に戻るしかない。今はそれだけを考えよう)
そう思って顔を上げた、そのときだった。
――前方に、人影が見えた。
(……え?)
とっさに、道の端に転がる木の陰に身を隠す。
こんな時間、こんな場所に、誰かがいるなんて――まさか、追っ手? 衛兵? それとも……?
(まずい、見つかったかも!)
心臓が喉元までせり上がってくるのを感じながら、そっと目をこらす。
よく見ると、その人影はこちらに背を向けたまま立っていた。
長身で、黒いフードを深く被っている。
その姿に、見覚えがあった。
(……あっ)
まさか、と思った瞬間、その人物がこちらを振り返った。
月明かりに照らされた輪郭は、牢獄の中で私を助けてくれた“あの人物”とまったく同じだった。
「……!」
無意識に声が漏れる。
男は一瞬だけこちらを見やると、安心したように息を吐いた。
「……ご無事で何よりです」
「あ、はい……その、ありがとうございました」
一緒に逃げてくれても良かったのでは、という思いは胸に秘めつつ――ひとまず、安心だ。
誘拐犯の疑いをかけられている私を助けてくれたのだから、おそらく味方だろう。
「ついてきてください。いい道を知っています」
男はそう言うと、足早に走り出した。
「……え、ちょ、待って、はやっ!」
私はあわてて後を追いかける。
水を含んだ重い靴に足を取られながらも、小走りで男の背を追った。
(なんなんだ、この人……)
謎の男。思惑はわからない。
だが、あのとき本当に助けてくれたのも事実で――
そして今、またこうして目の前に現れたのも、偶然とは思えなかった。
――不思議と、嫌な感じはしなかった。




