3.さ、猫。お行きなさい。
前回のにゃるぺろす:耳はいやニャ
――てっちってっち
冥土ニヴルヘイムの受付にやっとの思いでイヴリース嬢を連れていき、受付を済まさせることに成功した地獄の番犬(猫)にゃるぺろす。
彼は今、その件のイヴリース嬢を背に乗せて、地獄門へと走っていた。
にゃるぺろすのもふもふの三毛と安定感のある広い背中、そして意外な程に揺れない走りに件のイヴリース嬢は、満足そうに微笑んでいるのである。
その微笑は、美晶だ。
まさに美しさの塊、美の結晶なのだ。見ているだけならば。
「それで、猫。どちらへ向かってますの?」
「ニャ?地獄門ニャ。にゃるむにニャ、報告と申し送りしニャいとニャ……。あと、猫じゃニャいニャ。地獄の番犬にゃるぺろすニャ……。」
「あらそう。わたくしを運ぶ栄誉に与りながら、私用に巻き込むだなんて……。ずいぶん生意気でいらっしゃるのね。」
ふと後ろを向いたイヴリース嬢。ニヤリと口の端が持ち上がる。時間ごと凍り付くような、恐ろしいほどの不敵な笑みだった。
「……あなた、しっぽが3本もおありなのね。」
「ニャ?!オレサマにゃるぺろすだからニャ!みっつあるのが普通ニャ!それがニャんだ?」
「わたくしに逆らうたびに、一本づつちぎってあげますわ。無くなるまで、どれくらいかしらねぇ……?」
「ニャ?!ニャんてこと言うんニャ!?大事なしっぽニャ!ダメに決まってるニャ!やめるんニャ!急いで行くから、やめるんニャ!」
にゃるぺろすは、瞳の端に涙を貯めながらも、声だけで必死に抵抗した。もし万が一、派手に揺らせてイヴリースを落とすようなことになれば……
にゃるぺろすの毛が少し逆立った。
「あら。わがままばかり仰るのねぇ。仕方ないわね。これからしっかり躾てあげますわ。おーっほっほっほ。」
イヴリース嬢はふさふさの扇子を口許にあてがい、高笑いをする。その笑い声は、ニヴルヘイムを包み込み響き渡るようだった。
――――
てっちてっちとその地獄門前までイヴリース嬢を乗せてやってきたにゃるぺろす。
そこは、巨大な門だった。
金属と思しき素材は黒く、鈍い輝きを放ち、立ち上る焔をあしらったようなレリーフが彫り込まれ、門の上部には左に人の頭らしきもの、右に身体らしきものが立体的に浮き彫りとなっている。門が開くと泣き別れる仕様のようだ。
門の周りは円形に覆われた、歴史を感じる風貌に化した石壁が高く囲っている。
そして、門の背後には、天に突き抜ける淡い光の柱があった。
「にゃるむ〜。」
ここは彼と相棒にゃるむの職場である。
「んナ?にゃるぺろすかナ。受付は済んだのかナ。」
前脚に顔を乗せ伏せていたにゃるむは顔を上げ、声のした方へと向ける。
「やっと終わったんニャ。けど……」
「んナ?どうしたんナ?今日はもう上がりナろ?」
彼等地獄の門番は、現在は労働環境が見直され、2人体制での交代勤務だった。少し被り時間が出来るようにと、14時間勤務である。今日のにゃるぺろすの定時は、イヴリースを探し当てた時には、とっくに過ぎていた。
「そうニャ……。でも、コイツを乗せてくことにニャったニャ。」
自慢のしっぽでくいっとイヴリースを指し示すにゃるぺろす。
「あら。今、この高貴なわたくしを……コイツと仰いまして?口の悪い猫ね。せめてお嬢様とお呼びなさい。そうね、罰が必要ね。今回は……そのしっぽ、一本ちぎるわね。」
途端に震え出すにゃるぺろす。
「ニャ……ニャ……ニャ……!すまんニャ!気をつけるニャ!お嬢様ニャ!お嬢様を乗せていくんニャ!」
立派な三毛に覆われているため分からないが、人間であればさぞかし青い顔をしていたのであろう。
「そう。分かればよろしくてよ。」
満足そうに扇子をはためかせるイヴリース。やはりその所作は流麗で優雅であった。
そんなやり取りをジーッと見ていたにゃるむ。
「そうかナ。どこ行くんだナ?」
乗せていく、と聞いても、ここはニヴルヘイム。観光地などあるわけがない。にゃるむは不思議そうな顔をした。
「知らんけどニャ、ニヴルヘイム案内しろってニャ……。」
そして、当然だがにゃるぺろすもイヴリースの目的など分かっていない。ただ"行け"と命令されただけなのだ。
「んナ?ニヴルヘイム?って、全部かナ?だいぶ広いナ。明日に間に合うのかナ?」
「明日というかニャ……しばらく来れニャいニャ。」
「んナ?!交代どうするんだナ!?」
かつてのニヴルヘイムでは、地獄の番犬は独り体制だった。地球で例えるならば、24時間365日勤務である。まさに地獄。
いくら屈強な地獄の番犬とはいえ、そんな労働環境では召されるまでが早かった。代わりを据えるのも大変ということで、今は二人体制になっているのである。
「ひとりで頑張って欲しいニャ……。それか、コイツ……あ!いや、違うニャ!お嬢様!お嬢様、乗せるの代わってくれてもいいニャ……!むしろそっちがいいニャ……!ニャ?どうかニャ……?」
「……ナ……ナ……ナ……!ン゙〜〜〜〜〜………………」
とんでもない申し出に、腕を組んで目を閉じて、眉間に皺を寄せて悩みに悩むにゃるむ。
そして、パッと明るい顔をした。
「代わるのは嫌だナ!頑張れにゃるぺろす!」
「……んニャ〜〜〜〜〜……。」
にゃるぺろすは、絶望の表情だ。
「……話はついたようね。もうここに用などありませんわね?さ、猫。お行きなさい。」
ふわりと扇子で彼方を指すイヴリース。
その扇子の指す先には轟々とした焔が揺らめいている。
「ニャ……ニャ……ニャ……!行くニャ〜〜〜!行けばいいんニャろ〜〜〜〜!!」
てちてちと歩き出すにゃるぺろす。
その背には美晶を湛えたイヴリース。
そして笑顔で手を振るにゃるむ。
黄昏もなにもない灰色のニヴルヘイムが、まるで夕暮れのような哀愁を滲ませている。
頑張れにゃるぺろす!
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