2. 罪? わたくしが美しすぎることかしら?
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扇子付きイヴリース嬢
地獄の番犬と名乗る、巨大三毛猫にゃるぺろすの背に、優雅に横座りをしながら、地獄の受付へと向かう、イヴリース嬢。
(この猫、中々の乗り心地ね。案外使えますわ。)
どうやらにゃるぺろすの走りには、満足しているご様子で、微笑を浮かべている。
このご令嬢、黙っていれば絶世の美女なのだが……。
「着いたニャ!」
「あら、随分みすぼらしいわねぇ……気品の欠片もありませんわ。」
口を開くとこの通りなのだ。
「わたくしの様な高貴で美しいものを、このような汚らしい場所に案内するだなんて。全く……。センスを疑いますわ。他にしなさいな。」
朽ち果てた古城という表現がぴったりな建物。
薄黒く汚れ、ヒビ割れた外壁には、枯れ腐った蔦がそこかしこに巻き付いている。冷え切ったような印象を受けるその姿は、終焉を体現しているようだった。
「ニャ?! ニヴルヘイムの受付はここニャ! 受付しないとダメニャんニャ! このまま乗ってるといいニャ! オレサマ連れてくニャ!」
にゃるぺろすは必死の様子だ。どうにも目の端がキラリと光って見えた。
「全く……。仕方ありませんわね。わたくしの優しさに感謝なさいな。……お行きなさい。」
ふわふわの扇子をはためかせ、やれやれといった様子のご令嬢。にゃるぺろすの背に乗せられたまま、建物の中へ。
その建物の中はといえば。
何故か天井のそこかしこから、少し錆びた鉄鎖が垂れ下がっている。風も無いのにジャラジャラと音を立てる鎖は、意思でも持っているかのようだ。
そして、どこかから……薄らと「お゙ぉ〜……」という呻き声の様な物が響いてくる。消え行く魂の断末魔なのだろうか。
石壁の廊下、扉は鉄格子。その様相は古城の地下牢といえば近いだろうか。時折、何処かから漂う腐臭や刺激臭が鼻をつく。
「高貴なわたくしには不釣り合いねぇ……。」
ご令嬢は、お気に召さないご様子だった。
「受付はここニャ! やっと着いたニャ!」
朽ちた古城の一角のその部屋。
意外にもお役所然とした、堅苦しい雰囲気で、沢山の書類棚、事務机が奥にあり、手前には受付用カウンターがある。
「新しい住人連れてきたニャ!」
受付に立っていたのは、骸骨だった。
その骸骨は、にゃるぺろすを確認すると、持っていた書類の束をパラパラと捲る。
「あ〜にゃるぺろすか。えーと、今日のラストは……37564番か。」
そして、一頻り書類に目?を通すと、声を上げる。
「37564番!」
「呼ばれてるニャ」
微動だにしないご令嬢に、そっと話しかけるにゃるぺろす。
イヴリースは、口元を扇子で覆ったまま、目線だけ向ける。
「……? わたくしはイヴリース・ノート・ヘルグリンドという高貴な名前ですが?」
さも当然、と言わんばかりのイヴリース嬢。
更に声を上げる骸骨。
「37564番! いないのかー?」
業を煮やしたにゃるぺろすは、ぐいぐいと頑張ってイヴリースを急かす。
「ほら、呼ばれてるニャ! 早く行くニャ!」
「あら、押さないでくださいまし。失礼な猫ね。……その大きな耳、千切られたいのかしら。」
「怖っ?! ニャに言ってるニャ?! 耳は大事ニャ!」
前足で両耳を押さえ、ぷるぷると涙目のにゃるぺろす。
「あらそう。でしたら高貴なるレディの扱いには、くれぐれもご注意なさることね。」
目の端に光を灯しながらも、何とか受付カウンターまでイヴリースを押しやった、にゃるぺろすだった。
「こいつニャ……あとは任せたニャ……」
「む、貴様が37564番か」
やっと来たか、とでもいいたげな骸骨。
その無機質な声は、冷徹な響きを伝える。
骸骨は書類を手にしたまま、イヴリースを見据え? た。
その目の奥は、闇しかない。
「違いますわ。イヴリース・ノート・ヘルグリンドですわ。」
ご令嬢はご立腹なのか、胸を仰け反らせている。
高貴を自称するだけはあるのか、霊峰の様にご立派な膨らみであった。神々しいまでのスタイルである。やはり黙っていれば、彫刻の様な美しさなのである。黙っていれば。
「む……まぁいい。え〜……罪状は……どれどれ……」
そんなご令嬢の様子に、少し戸惑う骸骨は、再度書類を確認しているようだ。
「あら、罪……と仰いまして? わたくしが美しすぎることかしら。」
「あ〜デリング家のエイルを……」
「あら……? あのクソ売女を葬り損ねたことかしら?」
「お? 妹のデーリアとダグ家のヴェイグに?」
「あら、無能の愚妹と脳筋クソ男がどうかしまして?」
「ふむふむ、殺されて……ここへ堕ちた……か。」
骸骨のその一言に、途端に顔色を変えるご令嬢。
「くっ……! あなたっ! このわたくしに向かって! あの様な無能どもに! 殺されたですって?! 屈辱ですわッ! わたくしがッ! 奴等如きに! 負けようはずがありませんわッ!」
ご令嬢は右手に持つ、ふわふわ付きの扇子を、またしてもギリギリと握り締め、床を踏み鳴らしている。余程プライドに触ったらしい。
「いや……ここ、冥土……」
呆気に取られた骸骨。そしてすぐさまスンとなるご令嬢。
「あら? あなた、新しいメイドなのね。随分とみすぼらしいわねぇ……。骨……しかありませんわ。高貴なわたくしに仕えるには、もっと美しくないと。認めてあげませんわよ。」
フンッと鼻を鳴らして吐き捨てるイヴリース。
「いや、メイドじゃなくて……冥土……」
「なんですか? 不満ばかりもらして。そのようなことで、このわたくしのメイドが勤まるとお思いで? 出直して来なさいな。」
腕を組み、プイと顔を逸らすイヴリース。
困惑が限界突破したらしい骸骨は、叫んだ。
「は、話を聞けーぃ!」
「あら、このわたくしに命令をなさる……。随分と命知らずな方ですわ。」
ギラりとイヴリースの眼光が――骸骨に鋭く突き刺さる。
「な……?! おい、にゃるぺろす! こいつ何なんだ?!」
困り果てた骸骨は、にゃるぺろすに縋るが……
「ニャ? オレサマよく知らないニャ。それよりさっさとルール説明するニャ。オレサマもう帰りたいニャ。定時過ぎてるニャ。」
にゃるぺろすも、それなりにマイペースだった。
「……くっ! ……ま、まぁよし。ニヴルヘイムのルールを説明するぞ」
骸骨は、とにかく話を進める方向に舵を切った。
が……
「ルールですって? ルールはわたくしが決めますわ!」
イヴリースは、勝ち誇っているご様子である。
「いや、最低限知らないと困るのは貴様だろ……」
カタカタと小さく音を立て、肩を竦める骸骨。
その声色は震え、泣き出しそうな程だ。
ただ、涙が出るのかは、甚だ疑問ではある。
「あら、わたくしを縛ろうだなんて。束縛する男は嫌われますわよ?お里が知れようというものですわ。」
「縛ろうというものではない。むしろニヴルヘイムは、地獄の楽園だ。願えば食える。願うだけで、食いたい物が現れるのだ。」
「あら、優秀なメイドですこと。」
イヴリースは感心した様子で、目を丸くして、扇子で口元を覆う。
カッと人差し指を立てる骸骨。
「もう一つ! ニヴルヘイムに堕ちた全ての者は、冥王様の贄である。育ちきったら喰われる。以上、二点だ。」
やり切った……! という心の声が盛れんばかりの骸骨である。ガッツポーズをしそうな勢いだ。
「な……な……なぁんですって〜!? このっ! 美しく! 高貴な! わたくしをッ! く……喰う……ですってぇ〜?! 許せませんわ!! この様な屈辱……ふふふ……いいわ。いいですわ。わたくしがッ! 逆にッ! 喰らい尽くしてみせますわッ! 地獄の楽園? 満喫してあげますわ!! おーっほっほっほっ!!」
イヴリースのその高笑いは、広い広いニヴルヘイムの果てまでも響くようだった。
――
半身で、首だけ振り返り、イヴリースの背を見送る骸骨。もう二度と来るな……という声が聞こえてきそうな程の哀愁を漂わせている。
そして、イヴリースの受付が終わったのを見届けた後、コソコソと歩きだそうとしていたにゃるぺろすだったが……
「あら、猫。どちらへお行きになるのかしら?」
その行動は、いち早くご令嬢に捕捉された。とてもいい笑顔でにゃるぺろすに話しかける。
絵面だけならば、愛らしい動物を愛でる美女である。
「ニャ? オレサマ仕事終わったから帰るニャ。今日はきさまのおかげでサビ残だったニャ。散々ニャ。」
「あら、お仕事終わりですの。では、お暇ですわね。」
イヴリースは、とてもいい笑顔だ。地獄に舞い降りた天使の様である。見た目だけは。
「ニャ?!」
魂が抜けた様に飛び上がって驚くにゃるぺろす。魂消る、とはよく言ったものである。
「さ、猫。お乗せなさいな。」
イヴリースは手に持つ扇子で、にゃるぺろすの背を指し示す。
「ニャ?! い、嫌ニャ! オレサマ帰るニャ! あと、オレサマ地獄の番犬ニャ!」
バタバタと、必死の抵抗を試みるにゃるぺろす。
だが、イヴリースには効かなかった。
「あら、この高貴なるわたくしを、エスコート出来る栄誉に与れるのですよ? 光栄に思いなさいな。それとも、その大きな耳……千切られたいのかしら。」
「ニャ?! や、やめるニャ……!」
たじたじと壁際に追い詰められるにゃるぺろす。
「さ、猫。お乗せなさい。」
やはりイヴリースは、とてもいい笑顔だ。
流麗な動作で、扇子を開いた。
「ニャー! こいつ酷いニャー!」
頑張れにゃるぺろす!
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