1. ごきげんよう。新しい冥土さんでいらっしゃるのね
冥界だとか冥府だとか……
数ある他世界から、そんな風に呼ばれているここ、ニヴルヘイム。
灼熱の大地や、極寒の地、毒の沼など、多種多様な風景を持つ――
他世界で生きる資格を失った者たちの、地獄の楽園である。
ここに堕ちた者達は皆、どんな恐ろしい目に遭うのかと、戦々恐々。
死ぬ前に抱いた恐怖を引き摺って現われるものだが……
どうも様子がおかしい人物がいた。
「あぁ〜!全く!酷い目に遭いましたわっ!あんのクソ男っ……!このわたくしに向かって……!屈辱ですわ!!」
一言で表せば、気の強そうな顔付きの美人。
もう少し詳しく語るのであれば、金色の縦ドリル、水色の瞳、そして切れ長のつり目。
動きにくそうな豪奢なドレスを身にまとい、ふさふさの付いた扇子らしきものを、その陶器のように美しい右手でしっかと握り締めている。
「何でわたくしのような! 優秀で! 美しく! 優雅な者が! あのような目にっ! 許せませんわッ! あのクソ女などにッ!」
ダンっと勢い良く大地を踏み付け、ふさふさの付いた扇子を、ギリギリと、折らんばかりに握り締める。
その手は、ぷるぷると震え、すっかり色が変わっている。
「あら、わたくしとしたことが取り乱しましたわ。」
どうやら途端に正気を取り戻したらしいご様子。
急にスンとした、高貴なご令嬢と思しき人物は、その視線を周囲へと向けた。
「……? 何かしら、ここ。随分殺風景で汚らしい場所ですわね。こんな場所、宮殿にあったかしら……? 歩きにくい地面ですこと。庭師は何をしているのかしら。それに、メイドの一人もおりませんし。」
繰り返すようだが、ここはニヴルヘイム。冥界や冥府などと呼ばれる場所である。メイドは居ないが、冥土である。
「……全く。どうなっているのかしら……。そろそろティータイムのお時間だというのに。誰か!誰かおりませんの?!このわたくし、イヴリース・ノート・ヘルグリンドがお呼びですわよ!」
そのご令嬢は、イヴリース・ノート・ヘルグリンドといった。
ヘルグリンド王国の王権を持つ、デリング家、ダグ家、ノート家で構成された、王権御三家の、由緒正しいご令嬢だった。
「あら?ティーセットですわね。いつの間に用意されたのかしら?」
イヴリース嬢が喚いている間に、いつの間にか現れたティーセット。さしものご令嬢とはいえ、怪訝なご様子。
「変ねぇ……。誰もおりませんわ。……汚らしい石の壁、枯れ腐った花壇、灰色に濁った空……先程と変わりませんわね。」
ご令嬢は顎に指を当てて、しばし考え込んだ。
「まぁ、よろしくてよ。」
ご懸念はすっかりと晴れたご様子で、微笑を浮かべながら、暗く澱んだ周りの風景には、全くもって不釣り合いな、上品で洗練された、純白の丸テーブルに着く。
バッと右脚を高く上げたかと思うと、すっと左脚の上に置く。その挙動は、静と動の織り成す、華麗な所作だった。
そして、流れる動作でカップをその手に取る。
「あら、中々ですわね。デリング領産かしら。うん。いい茶葉ね……。」
つり目で切れ長の瞳を閉じながら、お茶を楽しむその姿は、一枚の絵画のようである……
が、周囲の風景は、灰色に濁った空には黒い稲妻が走り、ゴツゴツと歩きにくそうな岩肌の大地……と、荒廃仕切っている。
――てっちってっちってっちってっちっ
その時、遠くから段々と近付く、肉感のある足音が二つ、微かに響いてきた。
「あ〜! いたニャ!」
「のんきにお茶なんかしてやがるナ!」
走って来ていたのは、牛ほどもありそうな、立派な体躯を持つ、三毛猫と灰色猫だった。
「きさまー! ニャにしてやがるニャ!」
「ふざけてやがるのかナ」
少しその毛を逆立てながら、三毛猫は、優雅にお茶を楽しんでいたご令嬢を、怒鳴りつけた。
灰色猫も、静かに文句を言う。
「あら、何かしら? お話になる猫など初めて見ましたわ。……珍獣かしら。」
「ニャ……?! ニャんだとぉー!」
ご令嬢の返答に、ご立腹の様子の三毛猫。
「オレサマはニャ! ニャく子も黙る! 地獄の番犬! にゃるぺろす様ニャ!」
ドヤっと胸を張るにゃるぺろす。
「……俺は、地獄の番犬、にゃるむだナ。」
そして、キリッと目を閉じるにゃるむ。
ご令嬢は、三毛猫と灰色猫を交互に見渡し、再び瞳を閉じると、カップに唇を付けた。
そして、小さなため息をひとつ。
「……猫ですわね。」
ビョンと飛び上がるにゃるぺろす。
カッと目を見開くにゃるむ。
「地獄の番犬だニャ!」 「地獄の番犬だナ」
不服な様子の二人? に、すっと目線を向けたご令嬢。
「……猫ですわ。」
「ふしゃー!! ニャんニャんニャ! きさまニャんニャんニャ!」
にゃるぺろすは、背中を丸くし、総毛を逆立てた。
「ニャが多いですわ。やっぱり猫ね。」
「ニャっ……ニャにをおぉー!」
キレ散らかすにゃるぺろす。すっかり瞳孔が細く小さくなっている。
にゃるむは興味を失ったのか、前足を舐めている。
「あらあら、随分と品のないこと。あなたもわたくしの様に気品を持ちなさいな。それとも珍獣には誇りも無いのかしら?」
そして、にゃるむは飽きたのか、大きく欠伸をして、ぐーっとその大きな身体を伸ばした。
イヴリースに煽られたにゃるぺろすは、一瞬言葉に詰まる。
「……!! オレサマは……ニャく子も黙る、地獄の番犬にゃるぺろす様ニャ! 誇り高きオスニャ!」
にゃるむは、伏せをして、その上に顔を乗せると、ゆっくりと瞳を閉じた。
「そう。……それで? わたくしに御用かしら。ご覧の通りティータイムで忙しいのですけど。」
「……あ! そうだニャ! きさま、受付しておらんニャろ! 勝手にこんなトコいたらだめニャ! オレサマ帰れニャいニャ! 早く受付するニャ!」
「受付?」
「そうニャ! ニヴルヘイムに来たら、先ずは受付ニャ! さっさと来るニャ!」
「……あらそう。仕方ありませんわね。お待ちなさいな。」
――――――
――――
――
――30分後――
にゃるむは、すっかり寝息を立てている。
にゃるぺろすは、枯れた草を前足でぺしぺししていた。
が……
「はっ?! しまったニャ! こんなんじゃ帰るの遅くなるニャ!」
不意に我に返ったにゃるぺろす。
すくっと立ち上がり、優雅にお茶を楽しむイヴリースに詰め寄った。
「いつまで待たすんだニャ! 早くするニャ!」
ぴょんぴょんと怒りを露わにするにゃるぺろすに、優雅さは一ミリも崩す事無く、見下すような視線だけを送るイヴリース。
「あら、あなた。まだいらっしゃいましたの。」
「ニャんニャんニャ! こいつ酷いニャ!!」
にゃるぺろすは、少し泣きそうだ。目の端がキラリと光っている。
「仕方ありませんわねえ。ほら、猫。わたくしをお乗せなさいな。」
バッと開いた扇子で、にゃるぺろすを指すイヴリース。
「にゃるぺろすだにゃー! 地獄の番犬だニャー!」
「地獄の猫ですわね。覚えましたわ。」
慈愛に満ち満ちたような、恐ろしい迄に美しい笑顔のイヴリース。
「ニャーーーーー!! んだこいつーーーー!!」
にゃるぺろすの叫びが、ニヴルヘイムに谺した。
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