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1-2.バルタ定期便

 神殿から馬車でほぼ半日、ちょうど日が暮れかける頃、学都ミレトスに続くバルタ街道の途中で、理一郎は降ろされた。まだ睡眠魔法が解けず、眠ったままだ。

 年老いた修道士が、街道脇の大きな木に理一郎を寄りかからせる。

「さすがに気の毒じゃからな」

 老修道士は理一郎の周りに、一晩は保つ獣除けの結界陣を描いた。翌朝には替わりの監視役が来る。それまでは生きててもらわないと寝覚めが悪くなりそうだったからだ。

「アストレリア様のご加護があらんことを」

 そうつぶいて結界を完成させると、来た道を戻っていった。

 すぐに夜が降りてきた。


       *   *   *


 翌朝、理一郎は顔に差し込む朝陽のまぶしさで目が覚めた。

 目は開いたものの、まだ頭がぼんやりとしている。いつからどれぐらい寝ていたのか、時間感覚がまったくなかった。覚えているのは、助教職を解雇されてキャンパスを歩いていたら、突然光に包まれたことだけだ。気がついたら、ここに座っていた。

 神殿での儀式については、すっかり記憶から抜け落ちている。だが、異世界に来ていること、肉体が若返っていることは、すんなりと受け入れていた。そして、『学都ミレトス』なる場所に行かなければならない衝動に駆られているのも、自分ながら不思議だった。

 傍らには古びた革の肩掛け鞄が置いてあった。見慣れぬ鞄だが、自分のだという気がする。だが、段ボール箱が見当たらない。

 あの中には貴重な研究ノートと、データの詰まったノートパソコンが入っていた。今さら何かの役に立つとも思えないが、自分の人生の大事な欠片だ。

 あわてて鞄の中を探ると、どちらもあった。ほっと胸をなで下ろす。スマホも入っていたので、試しに電源を入れてみる。立ち上がりはするものの、案の定圏外だった。

 メモ帳や計算機代わりにはなるだろう。この世界に電力があるとすればだが。

 さらに鞄の中を確かめると、古びた地図と身分証らしきもの、あまり重くない銭袋、そして革製の水入れが見つかった。どうしてそれらが入っているかはわからなかったが、私物と一緒に入っているということは、自分のものだと考えるのが合理的だと、理一郎は判断した。

 地図はずいぶん簡略化されたもので、現在地と目的地である学都ミレトスに印が付けられていた。どうやらこの街道を東に進めば良いらしい。縮尺が記されていないので、どれぐらい距離があるのか、まったくわからない。

 身分証は、王国の自由市民であることを証すもののようだった。

 銭袋には三種類の硬貨がひとつかみほど入っていたが、どれほどの価値があるのか理一郎には分からない。

 とりあえず東に向かってみることにする。

 立ち上がって、水を一口含んだ。獣の匂いがした。


       *   *   *


 バルタ街道は王国の主要街道の一つだ。土の道だが、よく整備されていて歩きにくいということはなかった。時おり、馬車や馬と行き交った。

 最初のうちは二十キロは軽くなった肉体のおかげで、どんどん進めそうな気がした。

 だが、理一郎の体力は、想像以上に脆弱だった。高校生の頃から運動とは無縁の生活を送ってきた。いくら肉体が若返っても、筋力も持久力もない。体の使い方も分かっていない。たった数時間歩いただけでサンダル履きの足はマメだらけになり、ふくらはぎが痙攣するようになり、太ももの裏がパンパンに張った。

 暑さもこたえた。南天の太陽高度から察するに、どうやら季節は真夏ではないらしい。それでもただでさえ少ない体力を、日中の高温が容赦なく奪っていった。

 やがて水が尽きた。運悪くバルタ街道のこの辺りは荒れ地で水場がない。

 しかも空腹である。身体を動かすエネルギーもなくなった。

 身体が熱かった。めまいがし、頭が痛み、吐き気を覚えた。

 木陰を求めるがどこにない。あまりのだるさに、ついに動けなくなる。崩れるように街道脇の背の高い草の中に座り込むと、意識が遠のいていった。

 イグナティウス大司教の監視者がどこかで見ていたはずだが、何も動きはなかった。


       *   *   *


 次に理一郎を目覚めさせたのは、身体を揺さぶるガタゴトという不規則な振動だった。

 ゆっくり目を開けると、木の天井が見えた。どうやら駅馬車の中のようだ。二人掛けの木製のベンチシートにあおむけに寝ていて、膝から先は通路にはみ出し、足は床に着いている。体の下には柔らかい布が敷かれていた。

 気分はすっかり良くなっている。むしろ、長い間こんな爽快な目覚めを味わったことがなかった。

「気がついた?」

挿絵(By みてみん)

 理一郎の視界に、少女の顔が飛び込んできた。

 今の理一郎と同じ年頃で、目の大きな可愛らしい顔立ちをしている。その瞳の色は、サファイアとアメジストと琥珀が混在していて、見る角度によってだろうか微妙に変化する。何色と言えない不思議な瞳の色が印象的だった。明るい栗色のふわふわした柔らかそうなショートカットの髪が、活発な印象と優しそうな雰囲気を与えていた。もしも精神年齢が肉体年齢と同じなら、きっと理一郎の顔は真っ赤になっていただろう。

「あ、ああ……」

 身を起こしながら答えた。

 少女が隣に座る。

「私は、アリア・アルタイル。王立アカデミアの学生なの。アリアでいいよ。君を見つけたの」

 アリアは、元の世界の女子高生のような制服を着ている。違っているのはケープを羽織っていること、ショートブーツを履いていることぐらいだろうか。

「見つけた……?」

「君、名前は?」

「……理一郎だ」

「理一郎? 珍しい名前ね。でね、理一郎くんは、草むらの中で倒れてたの。草が邪魔でだれも見つけられなかったんだ。この馬車の護衛の狩人(ハンター)にも見つけられなかったんだからね」

 アリアはちょっと得意そうだ。

「危ないところだったんだよ」

 アリアの話によると、彼女がたまたま屋上デッキで風を浴びていた時、不自然に折れている草むらに気づき、倒れている理一郎を見つけたという。アリアはすぐに御者に声をかけ、馬車を止めてもらったのだそうだ。

「理解した。君が私の存在確率を有意に向上させてくれたのだな。感謝する」

「ぜんぜん動かないから怖かったけど、近づいてみたら息をしてたので安心したんだ。たぶん日射病ね。すごく熱があったの。たまたま乗り合わせていた巡回修道女のマリエルさんが、治癒魔法で治してくれたのよ」

 アリアが指さした先、理一郎たちの隣のシートには、フードを深くかぶったマリエルが座っていた。特定の教会や修道院に留まるのではなく、各地を回って宣教や教育、福祉に携わる巡回修道女だ。

挿絵(By みてみん)

 理一郎が礼を言おうとマリエルの方を見る。フードで顔が隠れているが、アリアと同年代ぐらいのようだ。ほんの少しふくよかな身体を、真っ黒の修道服に身を包んでいる。地味な服装だが、胸の膨らみの大きさが目立つ。理一郎が勤めていた大学は学生へのハラスメント行為には厳しく、身体的特徴の一部を凝視などすればセクハラと認定されかねなかった。あわてて視線をそらしながら、礼を言った。

「ありがとう、助かった」

 マリエルは目を合わせず小さくうなずくだけだった。あまり話をしたくない様子だ。そんなオーラを発しているように感じせいか、恩人だというのになぜかそれ以上は話そうと思えなかった。

 その時、突然、がらがら声で話し掛けられた。

「お嬢ちゃんが見つけてくれて良かったな」

 スキンヘッドでひげ面の武闘家が、にやりと笑いながら書類をひらひらさせていた。上半身は裸だ。護衛の一人で、御者から種類を届けるように頼まれたという。

「兄ちゃん、拾われたのがバルタ街道でよかったぞ。街道法が施行されているからな。行き倒れの保護に公費が降りるんだ」

「そうなのか……」

「王都と学都を結ぶ大動脈だからな。安全に往来できるよう管理されてるのさ。だが、裏を返せば、他の道はそうもいかんてことよ。ほっとかれたかもしれんぞ。行き倒れに関わるなど、金もかかるし面倒だからな」

「あら、どこで見つけたって、私は助けます」

 アリアがちょっとむきになって言い返す。

「それは感心な心がけだぜ、お嬢ちゃん」

 武闘家は種類を差し出した。

「御者からだ。署名しといてくれ。字が書けなければ血判でもかまわんが――」

 改めて理一郎を見た武闘家は、「その心配はなさそうだな」と戻っていった。

 渡された書類の一行目には、行旅病人救護届と大きく書いてあった。

「それがあれば、ミレトスまでの旅費がただになるんだよ。書くものは持ってる?」

 鞄の中に筆記具はなかったことを思いだし、首を振る。

「じゃ、これを使って」

 アリアが万年筆を差し出す。受け取ると、ずっしりと重かった。無骨だがしっかりした作りで、かなり使い込んでいる。歳に似合わない渋いデザインだ。

 理一郎がそう思ったのを知ってか知らずか、「おじいちゃんの形見なの」と言い添える。

「良質な万年筆だ」と言いながら、書類に目を通した。

 埋めなければならないのは氏名、年齢、身分、職業、現住所、旅の目的と行き先。だが、名前と、身分証明書に記されていた自由市民という身分しか書けなかった。

 手が止まったのを見て、アリアが書類をのぞき込む。

「どうしたの? 分からないところがあった?」

「実は――」

挿絵(By みてみん)

 理一郎が事情を説明する。アリアをどこまで信用していいかわからなかったので、異世界から来たことは伏せ、記憶をなくしたこと、そして理由は分からないが学都ミレトスに向かおうとしていたと話した。

 他の乗客を意識して、声は自然と小さくなった。ちゃんと聴き取ろうと、アリアが顔を寄せてくる。妙に良い匂いが鼻をくすぐり、胸を騒がせた。心は中年男だったが、若い体に引っ張られたのか、顔が赤らむ。

 照れ隠しに、首を伸ばして周囲を伺う。

 駅馬車の客室内は小型の乗合バスのようだった。座席は進行方向に向かって配置されたベンチシートで、移動中は他の乗客と顔を見合わせることはない。通路を挟んで左右に2人がけの席が配置され、それが六列ある。乗客定員二十四人で、ほぼ満席だった。都市間輸送を担う駅馬車としては大型の部類に入るが、それでも客室は狭い。

 乗客の多くは理一郎には無関心だが、前の方に座っている少女三人組みは興味津々であることを隠し切れていなかった。みんなアリアと似た制服を着て、それぞれ水色、紅、深紫と、元の世界ではなかなかお目にかかれない髪色をしている。少女たちは理一郎が起き上がったのを知ると、時々振り返ってこちらを覗くが、積極的に話し掛けてくるのは恥ずかしいらしい。通路を挟んで隣のシートにいるマリエルはじっとうつむいて目を閉じていたが、二人の会話に聞き耳を立てているようでもあった。

「記憶喪失……?」。

 理一郎はアリアの声音に自分への気遣いを感じた。

「……熱のせいかな。何か身分を証明できるものはある?」 

「これが鞄に入っていた」

 身分証を渡すと、アリアは大きな目をさらに見開いて、じっくり観察した。

「王国の自由市民証と移動許可証ね。……でも変だな、職業も住所も書いてない。公印の波動も行政庁のものに間違いない。勉強したから覚えてるの。だから、本物は本物なんだけど、暫定的なものなのかな……。もっとわかりやすい身分証を手に入れた方がいいと思う」

「実現可能なのか?」

「ミレトスでどこかの学校に入るか、ギルドに登録するかすれば」

「教育課程は修了している」

「そうなの? 同い年ぐらいなのに? 私は十六だけど、理一郎くんは?」

「十七」

 たぶん、という言葉は飲み込んだ。

「飛び級? 専門課程には行かないの?」

「それも修了済みだ」

「へえ、優秀なんだ」

「君は学生だったか?」

「うん、王立アカデミア魔法院の高等課程」

「魔法院? 魔法の学校か?」

「うん、王立アカデミアの中でも一番規模が大きいんだよ。魔法の系統ごとに科が分かれているいるからね」

「やはりこの世界は魔法のような非科学的現象が常態化しているのだな……」

「え? この世界?」

 理一郎は慌てて訂正した。

「この地理的領域という意味だ」 

「そうなんだ。理一郎くんの言葉は難しいな、もう少し易しく話してくれると助かる」

「そうか。すまん。それで、その魔法の授業では、何が行われるのだ?」

「うーん、理論と実践、かな」

 ――魔法の理論? ここでは魔法という非合理的な現象が理論づけられているのか。

「それは興味深い」

 聴講生になら、なってもいいような気がしてきた。

「君は魔法が行使できるのか?」

「うん」

「では定義上、君は“魔法使い”ということになるのか」

「そうね。でも正確には『魔女』かな。まだ見習いだから魔法少女ってとこだけど」

「定義上、両者に差はあるのか?」

「もう。理一郎くんの言葉は分かりにくいってば。もっと普通に話して」

「すまん。努力する」

「女性の魔法使いの中で、(まじな)いができて、ホウキで飛べるのが魔女」

 ――何? ホウキで飛べる? どんな理がそれを可能にしている?

「ほう、それは実に興味深い。どうやって飛ぶのか、ぜひ見せて欲しい」

「理一郎くんは見たことないの?」

「俺の世界……いや国では魔女はお伽話に出てくる存在だった」

「そんな国があるんだね。ずいぶん、遠くから来たのかな」

「それで、(まじな)いと魔法には定業上の……いや、それらは異なる現象なのか?」

「うん。うまく説明できないけど、(まじな)いは祈りに近いかな。神様の力を借りるの。魔女によって効果も違うんだよ」

「君はどんな(まじな)いを?」

「それは――」

 アリアは顔を赤らめ、少し考え込んだ。

「――やっぱり、秘密」

「残念だが了解した。君が使用可能な魔法の体系については教えてもらえるか?」

「うん。私は防護系。結界とか保護とか、そういう系統」

「それも興味深いな。ぜひ観察してみたい」

「いいよ。でもね、今は古代魔法の研究が面白いの。だからいろんな古語についても勉強してるんだ。古代魔法って(まじな)いに似て、いろんなものがあって、体系化されていないところもワクワクする」

「ふーん、評価に値する姿勢だな」

「私なんかまだまだだよ。前に座ってる三人も魔法少女なんだ。それぞれ系統は違うけど、みんな攻撃魔法が得意で、パーティーを組んで冒険者もやっているぐらい。D級だから、もう一人前だよ」

「冒険者?」

「あれ、そういう知識も忘れちゃったの? 依頼を受けて魔物や盗賊を退治したり、遺跡を調査したり、傭兵として戦争に参加したり、こういう駅馬車や商隊を護衛したり、いろいろする職業じゃない」

 理一郎は三人組に目をやる。みんな、普通の女の子にしか見えない。

 視線を感じたのか、水色の髪の子がこちらを向いた。物怖じしない性格なのか、小さく手を振ってニコっと笑う。3人の中では一番活発そうだ。

挿絵(By みてみん)

 アリアが手を振り返した。

「この馬車の護衛も冒険者なんだな?」

 駅馬車には四人の護衛が付いていた。さっきの武闘家、剣を佩いた体格のいい戦士、弓を背負った少年狩人(ハンター)、深いスリットの入った黒いロングドレスと大きなウィッチハットの魔女の4人編成だ。戦士は馬で併走し、狩人(ハンター)と魔女は屋上デッキで、武闘家は御者席の横で警戒に当たっている。狩人(ハンター)以外は二十代後半から三十代だ。服装がバラバラなので、民間人だと知れる。

「うん。駅馬車に護衛をつけることも街道法で定められているの。ここは比較的安全な道だけど、まったく危険がないわけじゃないしね」

 アリアの表情が少し曇った。

「そんな事象が発生しうるのか?」

「うん。盗賊が襲ってくることもあるし、つい最近、魔物の目撃情報があったって、馬車に乗る時に教えてもらった」

「魔物か」

 魔法があるのなら、魔物がいてもおかしくはないのだろう。ずいぶん物騒な世界だ。

「大丈夫だよ、バルタ街道にはめったに出てこないから心配しないで」

 アリアが安心させるように言い、話題を変えた。

「でね、身分証の話に戻るけど、学校に入らないならどこかの職業組合(ギルド)に登録するのがいいと思う」

職業組合(ギルド)?」

「うん。冒険者だけじゃなく、商人とか錬金術師とか薬師とか、いろんなギルドがあるから、理一郎くんにできそうなところを選ぶの。もちろん、ギルドによって専門知識を試されるところもあるけどね」

「理解した」

 理一郎はつくづくこの世界について何も知らないことを改めて思った。何をするにも、もっと情報が必要だった。

「ミレトスについての情報がほしい」

「たくさんの学校が集まっている学究都市だよ。王国の中で三番目に人口が多くて、自治権を持っている。魔法と科学の中心地なんだ」

 理一郎は〝科学〟と聞いて、少し興奮した。

「そこには科学という学問分野も存在するのだな!?」

「ねえ、大丈夫? そんな常識さえ覚えていないなんて、記憶喪失はずいぶん重症みたい」

 アリアが心配そうに顔をのぞき込んできた。大きな瞳に見つめられ、どきまぎしてしまう。

「だ、大丈夫だ」

「無理しないでね。もちろん科学はあるよ。だって科学がなければ暦もつくれないし、天気や潮位も予測できないじゃない」

 その説明に、天文学や物理学がある程度は発展しているとわかった。

 ――潮位予測もしてるのであれば、科学技術の水準はあなどれないかもしれない。

 月が二つあるこの惑星で潮位を予測するには、三体問題を解かねばならない。一般的な三体問題には解析的な解は存在しないが、いったいどんな解き方をしているのだろうと興味が湧いた。あるいは頭の中にある物理学の知識が、この世界でも活かせるかもしれない。

 王立アカデミアには物理学の課程などはあるのだろうか? もしもあったとして、自分の識る物理学と同じものなのだろうか。そもそも、この世界の物理法則は元の世界と同じなのだろうか。そして……。

 ――この世界で研究者として生きていくことはできるのだろうか? それ以前に、どうやって生活費を稼げばいいのか?

 アリアから説明された貨幣価値によれば、持っていた銭袋の中身は、単身者の1か月分の生活費程度だ。すぐに底をついてしまうだろう。

 ――いったい自分に何ができるのだろう。

 馬車にガタガタ揺られながら、理一郎はさらにこの世界についての一般常識をアリアから教わった。アリアは面倒見よく、彼女にしてみれば言わずもがなの問いにも、一つひとつ丁寧に答えた。

 小一時間ほど質問を繰り返すと、この世界をおおまかにつかむことができた。後は実際に自分の目や耳で確かめるしかない。

「ありがとう。君の説明は要領を得て実に分かりやすい。頭の良い子だ」

 率直に感想を言うと、「そんなことないよ」とアリアは照れた。

「理一郎くんの話し方もだいぶ分かりやすくなったよ。でも、口調がなんだかオジサンっぽい時があるね」

「そうだろうか?」

「ほら、それも」

 そう言って笑いながら、アリアは外を見た。だいぶ日が傾いている。

「そろそろキルケ駅だよ。駅馬車の停留所で、宿場町があるの」

 駅馬車は王都と学都を三日かけて結び、途中二つの駅に停留する。基本的に夜は運行しないので、乗客は駅を中心に発展した宿場町で宿をとる。キルケはミレトス寄りの駅だった。

「あの町はウサギ肉のパイが名物なんだ。大好き」

 そう言われて、とても空腹であることに、ふいに気づいた。考えてみれば、大学をクビになった日の朝飯以来、なにも食べていない。激流に翻弄されるばかりで、アリアに会うまで心が落ち着く間もなかった。

 ――ようやく一息つけるのだろうか。

 そう思った時、突然馬車が急に加速した。

 乗客たちの体が背もたれに押し付けられ、あちこちで驚きの声が上がる。

 外から馬のいななきと、護衛の冒険者たちのあわてる声が聞こえてきた。

「グラスランナーだ! 数が多いぞ!」


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