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一方の文芸部室では……。
いつものようにゆるい時間が流れていた。
倫子と美帆は小説に関するクイズを出し合っており、紗希は文学事典を開いてノートに書き写していた。宗像先輩は今日も来ていない。部長はと言えば、窓際のソファに寝っ転がって本を読んでいた。
あわたは宿題をしていたが、ふと手を止めて誰にともなく言った。
「そう言えば、二年生の学原さんって、どういう人でしたっけ? どこかで聞いたことがあるんですけど」
「学原鏡子様のこと?」
倫子が反応する。
「いや、下の名前は知りませんけど。でもなんで『様』づけなんですか?」
「あわたちゃん、あなたモグリね」
「モグリって、何に関して?」
「真桜高校生のモグリってこと!」
「美帆先輩、紗希先輩」
あわたは美帆と紗希にすがるような顔を向ける。倫子がまたわけのわからないことを言い出したのでヘルプを求めたのだ。美帆が「やれやれ」といった顔で答える。
「学原鏡子さんはね、まわりから一目置かれている人。緒方塾を作った人たちのコアメンバーって言ったら分かりやすいかな」
「ああ」
「倫子は確か同じクラスよね。学級委員じゃなかった?」
「学級委員長様よ。もちろん推薦で選ばれたお方ね。ほら、ああいう方たちは自ら立候補なんてはしたないことはしないから」
「ほえー。そういうもんなんですか」
「そうよ。見た目もきれいだし、スタイルも良くて、さらに勉強もできるお方なの。私たちしもじもの人間が話しかけていい存在じゃないのよ」
「そこまで……」
「あわたちゃんなんて、あの方の近くに行ったら、神々しい光にあてられてドロドロに溶けちゃうわよ」
「私が溶けるなら、倫子先輩はとっくに蒸発しているはずですが」
「口の減らないクソガキめが」
「その学原さんがどうかしたの?」
紗希が聞く。タイミングをはかって軌道修正をしないと話が大きくずれていくことはすでに学んでいた。
「さっき春奈先輩と廊下ですれ違ったんですけど、その時、その学原鏡子という人と一緒でした。学原さんってどこかで聞いたことがあるけど、誰だったかなって」
「……でもどうして、学原さんが春奈と?」
「さあ」
あわたが首を傾げると、倫子も美帆も紗希も同じように首を傾げた。
やがて紗希が言った。
「もしかして、勧誘?」
「勧誘? 緒方塾に? 春奈を? ないないないない」と倫子が手をぶんぶんと振る。「もしあったとしても春奈が入るわけがない。地球が月に落下するくらいの確率でないわよ」
「ねえ、あわたちゃん。春奈と学原さんにどこで会ったの?」
「えと、二階と三階の間の階段です」
あわたが二階から三階へ、春奈たちが三階から二階へ移動している時にすれ違ったのだ。
「二階って、緒方塾の教室がある階だよね」と美帆が言う。「勧誘だとしても、まさか無理強いなんてされてないよね」
その時、岩志木がむっくりと起き上がって言った。
「ちょっと見てくる」