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「おはよう、紗希」

 いつもの通学路で横断歩道の信号を待っていると、星児……もとい、部長が横に並んでそう言った。

「あ。お、おはよう」

 紗希は顔が赤らむのを感じる。まともに幼なじみの顔を見ることができなかった。

「今日は会うことができたな」

「あ、うん」

「ちょっと心配した」

「あ、ごめん」

「謝ることはない。部活では会ってたから」

「うん」

 部長とは家が近いせいもあり、登校時には一緒になるのが常だった。しかし、倫子に言われて告白したことで顔を合わせるのが恥ずかしくなり、一昨日と昨日はいつもより早く家を出ていたのだった。

 信号が変わり、二人は歩き出す。

「ビックリしただろ、文芸部」

「え、あ、何が?」

「二年生女子」

 部長は簡潔に言うが、それは倫子と春奈と美帆の彼に対する気持ちのことを言っているのだろうと紗希には分かった。

「あ、うん」

「仲良くしてやってくれ。あれはあれでいいやつらなんだ」

「そうだね」

 並んで歩きながら「この人はどうして平気な顔でいられるんだろう?」と思った。

 三日前、紗希が部長に対する思いを告げた時に「良かった。おれもお前のことが好きだったんだ」と言ってくれた。そのこと自体はもちろんうれしかった。紗希が誰かに告白をしたことは初めてだし、その相手から拒絶されなかっただけでも良かったと思う。

 でも部長の言う「好き」は、自分が部長に対して感じている「好き」とは違うんだろうな……とも思う。それは自分自身に対してだけなのか、それとも倫子や春奈や美帆に対しても同じなのかは分からない。

 四人のことは好きだけど、そのなかで特に好き……英語にしたら「ライク」で収まらない相手はいるんだろうか、とも思う。

 部長が私のことを好きなのは、幼なじみとして、あるいは文芸部の部員としてなんだろうな……という気持ちもある。

 それはきちんと確かめておいたほうがいいのだろうか? 

「あのさ、星児。あ、じゃなかった部長」

「星児でいい」

「ダメ、それは」

 他の三人と対等の立場じゃないと。幼なじみという有利な「属性」を使ってはいけない。フェアであることが大切なのだ。

「ん。そうか。で、なんだ?」

「私が気持ちを話した時、ビックリしなかった?」

「ビックリした」

 部長は即答する。そして、そのあとで「あと、うれしかった」と付け加えた。

(でもそれは、他の三人に対しても同じなんだよね)

 と紗希は思うが、そこには不満や不平といった感情はともなわなかった。

 なぜだろう? あまりにも部長が平気な顔をしているからだろうか? 見方によれば部長の態度は何も考えていないようだし、ひどく自信家にも思えるし、あるいは誠実に接しているとも考えられる。

 ハッキリ言えることは「普通ではない」ということだ。四人の女子に思いを寄せられていて、しかも全員から告白されたにも関わらず、普通の態度で接するなんて、まともな神経の持ち主にはできないことだ。

 四人の女子のことが嫌いなわけではなく、関心を持っていないわけでもなく、逆に「好き」だと言いながらのその態度はかなり特異だと思わざるを得ない。倫子に言わせると「そういうところがたまらない!」ということになるのだろうが……。

 それでも、卒業までは部長が「答」を出さずに四人にフェアに接してくれることはありがたかった。少なくともそれまでは接点を持ち続けられる。

 そんなことを思いながら歩いていると、前方から女子たちのにぎやかな声が聞こえてきた。

 見ると、真桜高校のスーパースターと言われる坂本暖が数人の女子生徒と一緒に登校している。

(珍しいな)

 と紗希は思った。いつもこの時間帯に通学しているが、それまで坂本を見かけることはなかった。彼はもっと早くか、もっと遅くかに通学していたはずだ。

 紗希は思わず部長を横目で見る。

 スーパースターとして人気を集めている同級生に対して、どんな感情をもっているのかに興味を抱いたのだ。

 ついいましがた「この人は普通じゃない」と思ったばかりだが、それはスーパースターを前にしてもブレないのだろうか? 普通なら、人気者を前にして、妬みややっかみを感じるはずだ。目の前で女子たちに囲まれている同級生を見て、何か言うだろうか?

 そう思っていると、部長は呑気な声で「坂本、相変わらずモテモテだな」と言った。そこには羨望も嫉妬も皮肉も込められていなかった。「今日もいい天気だな」と口にするのと同じようなニュアンスの口調だった。

 紗希は思わずクスクスと笑う。

 すると部長がニコリと笑って紗希に言った。

「良かった」

「え、何?」

「笑顔が見れた」

「え」

「安心した」

 ポンと肩を叩かれた。

 紗希は思わず顔を赤らめる。

 ……この人はこれを「素」でやってるんだ。ダメだ、これは太刀打ちできない。 

 と、そこに。

 坂本が取り巻きの女子達から離れてこちらに近づいてきた。「よう」と片手をあげる。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

 部長は自然に挨拶を返す。

「話すのは初めてだな。四組の坂本だ」

 と手を差し出した。それを握りながら、

「三組の岩志木だ」

 と部長が答える。

「君とも初めてだね。坂本です」

 今度は紗希に手を差し出す。

「え、あの」

 紗希は思わず固まる。

 照れたわけではない。坂本のまわりにいた女子たちの突き刺すような視線に怯えたからだ。

「坂本、それは勘弁してやってくれ」

「ん?」

「お前のファンたちが気を悪くする」

「?」

 坂本が部長の視線を追って背後を振り向くと、取り巻き女子たちは急に表情を変え、ぎこちない笑顔を浮かべた。

「……すまん、配慮が足りなかった」

「気を悪くしないでほしい」

「いいよ。それより」

 坂本は部長の肩を抱き、紗希から少し離れて言った。

「彼女とお前は付き合っているのか?」

「いや、つきあってはいない」

「でも仲が良さそうだ」

「そうだな。おれは彼女が好きで、彼女もおれのことが好きだからな」

「……ちょっと待て。お前いま、つきあってないって言っただろ?」

「その通りだ」

「どういうことだ?」

「おれのことを好きだと言ってくれている女子が他に三人いる。おれはその三人のことも好きだ。しかし卒業まで誰ともつきあわないという約束をしている。そういうことだ」

「………」

 坂本はしばらくポカンとした顔をしていたが、やがて破顔し、岩志木の肩をバンバン叩き始めた。

「お前、面白い奴だな」

「そうか」

「もう一度、握手してくれ」

「ああ」

 岩志木が出した手を両手で握り、

「じゃあな」

 とファンたちのほうへと戻っていった。

 そしてそのまま校門へと歩いて行く。

「なんだったの?」

「さあ?」

 部長は肩をすくめて歩き出す。

 紗希はその後ろをついて行く。

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