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 真桜町の言い伝えに出てくる二人の神。それは、そこにいる緒方君と坂本君だ。

 緒方君が春羅権現、坂本君が春瀬命。

 そして彼らをサポートするのが、それぞれ学原さんと愛宕さんだな。 

 御桜神社と照桜寺のそれぞれの言い伝えは自分たちに都合のいいように書き換えられている。正しい内容は冴場先輩が部誌に書いたものと考えてもらっていい。

 桜姫を巡って二人の神が争い、里が荒らされるのをはかなんだ姫が自害をした。そして桜の精となって、この地を見守り続けることにした。そういうことだ。

 桜姫が自害した桜はいまは残っていない。姫が死んだのは春だったが、その年の秋に落雷があって、それが原因で枯れてしまった。ただ、その種子は残された。御桜神社と照桜寺のヤマザクラは、その種子が成長したものだ。

 二人の神に告げた約束もあの話にあった通り。真桜の里を治めるにふさわしい神となれば、その神のものになるということだ。以来、二人の神は互いに切磋琢磨して真桜の里を守りながら、姫との再会を待ち望んだ。

 待つだけではなく、探し求めていた。

 とは言え、手がかりはほとんどなく、これまで一五〇〇年以上も探しあぐねていた。それも仕方がないと言えば仕方がない。桜姫は真桜の里に生まれる女の子に宿るとは言ったが、その詳細については話さなかったからな。

 真桜の里に生まれる女の子すべてを調べるわけにはいかないだろう。ましてや本人はそのことを隠そうとするわけだから。

 しかし実はヒントは与えられていた。

 桜の精を宿した女の子が生まれた時、御桜神社と照桜寺のヤマザクラの花が向きを変えるんだ。その女の子の生まれた場所の方向に。その現象は桜姫が意図したものではなく、なぜそうしたことが起きるのかも分からない。神でもなく桜の精でもない、何か別の力が働いているのかも知れない。

 それこそ、真桜の里のゲニウス・ロキのような。

 ん? どうした、鬼城。「ゲニウス・ロキ」という言葉の意味? それに関しては冴場先輩の文章に説明があったはずだが……。なんだ、読んでないのか。ん? どうしてそこで照れる? ま、いいか。

 ゲニウス・ロキというのは「土地の守護霊」という意味だ。

 どの土地にも、その土地特有の雰囲気というものがあるだろう? そういう土地柄のことを指す言葉でもあり、そこには土地の守護霊の性質が反映されているという考え方のことだ。

 冴場先輩は桜の精となった桜姫をゲニウス・ロキと考えていたようだが、一菜によると「それは違う」ということだ。

 話を戻す。

 桜の精を宿した女の子が生まれると、ヤマザクラは花の向きを変える。いまから十七年前、その現象が起きたんだ。そして花が示した場所に花畔産科医院があった。このなかにも花畔さんで生まれた者はいるだろう?

 鬼城、梓川、隅田がそうか。神浪は? なるほど、君は引っ越してきたんだな。知らなかった。青柳は? なるほどお母さんが実家に戻って産んだということか。

 学原さんと愛宕さんは? そうか、君たちも花畔さんか。やはり多いな。

 一菜と私も花畔さんで取り上げてもらった。生まれたのは元旦で、いわゆる早生まれだ。だから四月に開花したヤマザクラは私たちが生まれたあとに向きを変えたことになるな。

 十七年前の元旦から大晦日までの間に生まれた女の子の誰かが桜の精を宿しているということになるわけだが、そこまで分かっても、なお数は多い。真桜町では毎年約百五十人前後の女児が生まれるそうだ。

 そこから一人を突き止めるにはどうすればいいか?

 ここで二人の神が考えたのが消去法だ。

 桜の精を宿した者は二人の神を避けようとする。逆に考えれば、二人の神に近づこうとする者は桜の精を宿していないことになる。

 そのための仕掛けが緒方塾と坂本団だった。

 ここまで話すともう分かるな? 十七年前に生まれ、塾にも団にも入らない女子がいたら、その者が桜の精を宿している可能性が高いということだ。

 もちろん可能性が高いというだけで確実なわけではない。この場合、対象としているのは真桜高校の女子生徒だけだからな。他にもサンノウ学院に進学した者、町外の高校に進んだ者もいるわけだが、ただ、母集団がもっとも多いのは真桜高校なのでやり方としては効率的だ。

 そして彼らは早生まれの三年生は省いて二年生女子をメインターゲットにした。これもおそらくは母集団が多いからだと思うが、どうかな、学原さんと愛宕さん? うん、やはりそうだったか。

 君たちが二年生女子に狙いを絞ってくれたことは、一菜と私にとってありがたいことだった。一菜は君たちに見つけられたくなかったし、それは私にしても同じことだ。君たちが塾と団を作った意図も分かっていた。そして、それが功を奏していることも。

 君たちは見当違いの方向に進んで行ったわけだが、それは一菜から遠ざかることを意味していた。だから、私はそれをさらに後押しすることにした。

 そのために一役買ってくれたのが岩志木だ。

 塾にも団にも入っていない二年生女子は、どういう巡り合わせかは分からないが文芸部に固まった。そして全員が岩志木に好意を抱いていた。その時はまだ梓川は入部していなかったが、結局は同じことだったな。

 ここで文芸部員たちに岩志木への思いを表明させ、なおかつ岩志木には卒業まで誰を選ぶかを保留するように頼めば、二年生女子は緒方君や坂本君に気を移すことはないだろうと一菜と私は考えた。

 緒方君や坂本君たちからすれば、この四人のうち誰かが桜の精を宿した者だと思い続けることになる。いわば、めくらましとして利用させてもらった。気分の悪い話だろうから、非難はもちろん受け入れる。すまなかった。

 緒方君と坂本君は私たちの考えた通り、君たち文芸部員に関心を持った。そのことで多少の迷惑もかけたはずだ。特に神浪には緒方塾の勧誘の件で不快な思いをさせてしまった。それも私たちに原因がある。申し訳なかった。

 と、そんな風に私たちの思惑通りにことは運んだわけだが、計算外のことが起きた。部誌づくりを通して文芸部員の君たちが真桜町の言い伝えを知ったことだ。岩志木も思うところがあったのだろう、私に相談を持ちかけてきた。

 彼にしてみれば、文芸部員たちを守りたいとの思いがあったようだ。なぜ真桜高校のスーパースターが文芸部員女子に興味を持つのか。興味を持たれることで不快な目や危険な目にあうのではないかと、それを気にしていた。彼は本当に君たちのことを大切に思っているんだよ。

 岩志木には緒方君が春羅権現で坂本君が春瀬命である可能性を示した。つまり、彼の考えを肯定したわけだ。隠しても仕方がないし、緒方君と坂本君が文芸部員たちに興味を示すのは愛情ゆえのものであると分かれば、岩志木もそんなに心配することはなくなるだろう、との判断だった。

 これは蛇足だが、岩志木は誰が桜の精を宿しているのかには興味を示していなかった。まあ彼らしいといえば彼らしい。

 桜の精の候補者が四人にまで絞られたところで、緒方塾と坂本団の本来の役割は終わっていた。どういうタイミングで学原さんと愛宕さんが塾頭と団長の引退を決めたのかは分からないが、結果としてそれが今回の岩志木の負傷につながったことは皮肉なものだとは思う。もちろん、君たちを責めているわけではない。責任はすべて一菜と私にある。


 ……と、そこまで話したあと、一花は緒方と坂本、そして鏡子と梨々香を見て言った。

「君たちが花の向きに気づいたのはいつだ?」

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