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「ねーねー、梓川さんってさー。部長のこと、好きじゃないの?」
長テーブルに片頬をぺたりとつけた倫子が言った。どこからどう見てもダレている。
放課後の文芸部。紗希が入部してから三日がたっていた。
文芸部の活動は紗希が思っていたより堅苦しくなく、むしろ「ゆるゆる」だった。
紗希がイメージしていたのは、みんなで読んだ本について議論をしたり、互いの文章を批評しあうといったものだったが、まったくその片鱗もなかった。
部室に来ると、それぞれが勝手に本を読んだり書き物をしたりパソコンやスマホで調べ物をしたりする。お菓子や飲み物も持ち込み自由だ。もちろん部員同士のお喋りも許されており、実のところはそれが大半だ。
いま部室には紗希の他に倫子と美帆、そしてあわたがいた。岩志木と春奈の姿がないのは、二人が部活動の全体会議に出席しているからだった。
「この前も言ったけどさー、私らマジで部長が好きだからさー、もし梓川さんもそうだったら、きちんと意思表示しておいたほうがいいと思うよ」
「どうして?」
「選ばれる確率がゼロになるから」
「え?」
「梓川さんは部長と幼なじみだから、わかるんじゃないかな」と言うのは美帆だ。「部長って、ハッキリ言わないと理解してくれないってとこ、ない?」
「うーん……」
首を傾げる紗希に倫子が言う。
「幼なじみ過ぎてわかんないかもね。あのね、部長ってニブいんだよ。ラノベの主人公並みのニブニブ。そういう人を相手に恋の駆け引きしてもトローなわけよ。マグロで言えば、一番美味しい部位なわけよ。……えーと、あれ?」
「先輩、いまのは滑りました。ダダ滑りです。漢字二文字なら崩落」
「ぐ。一年に言われた」
「だからね、ハッキリ言っておくほうがいいの」と美帆が言う。「思わせぶりな態度をとっても伝わらないから。逃げても追いかけてきてくれないの。逃げたら、ああそうか、おれのことがイヤになったんだなと思う人」
「ふーん、そうなんだ」
「そうなんだよ! でも、そういうところが好き!」
倫子が顔をあげて言う。
「言わないと伝わらないし、選ばれないから、私たち、ちゃんと言っておくことにしたの」
と美帆。
「それにおおっぴらにしておいたほうが人間関係もギクシャクしないしねー。女子ばっかの世界だと、そうなりがちじゃん」
と倫子。
「火花バッチバチになりますよね」
とあわた。
「そうか……。でも、みんなどういう風に伝えたの?」
「好きって言った時?」
「うん」
「まあ、二人きりの時に告ったわけじゃないからね。あれ、宗像先輩に言わされたようなもんだよねー」
「そうだったね」
「え、そうだったんですか?」
とあわたが目を丸くする。
「そうだよ。なんだと思ってた?」
「てっきり鬼城先輩がおバカキャラ全開でそんな空気を作ったのかと」
「誰がおバカキャラだ。犯すぞ、この高一処女めが」
「先輩だって高二処女じゃないですか」
「私の処女は予約済みだけど、あわたの処女はご自由にお取り下さいだ」
「その予約はキャンセルとなりました」
「うわーん、聞きたくない、それ!」
「はい、ストップ」と美帆が立ち上がる。「話が変な方向に行ってるよ。お茶でも入れようか」
するとあわたが「じゃ、売店で何か買ってきます」と同じく立ち上がり、倫子が「だったら、おせんべおねがーい」と言う。「はーい」と答えて軽い足取りで部室を出て行った。
急須に茶葉を投じ、電気ポットのお湯を注ぎながら美帆が言う。
「卒業したら部長、私たちのうちの一人を選んでくれることになってるの」
「え?」
「在学中は特定の人ととつきあわないという縛りを受けてるんだよ」
「どうして?」
「そこにも宗像先輩が関わっているんだけど、あわたちゃんが帰ってきてから話そうか」