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宗像一花には姉がいた。
名を一菜という。
同年同月同日に生まれた双子の姉だ。
ちなみに二人が生まれたのは一月一日。「早生まれ」である。
一菜には生まれつき特殊な力があった。ヒーリング能力。
ヒーリングとは「癒やし」を意味する言葉で、医学的な技術ではなく、スピリチュアルな力で身心の傷を治すパワーのことを指す。
非現実的な力だが、効果はあった。
かつて岩志木すみれもその力で命が助かったことがある。もし一菜がいなければ、そして一花が迅速な対応をしなければ、すみれは一生を車椅子の上で過ごしたはずだ。
一菜は自らの力を高め続けることに力を注いでいた。高校を休学してまで修行の旅に出たのは、そのためだ。
一花から連絡があった時、一菜は吉野の山中にいた。
深夜だったが、そのまま山を下り、なんとかタクシーを手配し、まっすぐに真桜町に戻ってきた。
もちろん、岩志木を救うためだ。
一菜にとって(一花にとってもそうだが)、岩志木星児は大切な人間であり、初恋の相手でもあった。
その一菜はいま、真っ白のノースリーブに同じく白のショートパンツという、病院にはいささか相応しくない露出度の高い姿になっている。
さっき病院のシャワールームを借り、身を清めたあとで着替えたのだ。
「本当は白装束のほうがいいんだけどな、病院では縁起が良くない」
ショートパンツから伸びた足はすらりと長く、筋肉質の美しいラインを描いていた。
そんな一菜を文芸部員たちは何も言わずに見守っている。
岩志木の両親とすみれは安堵の表情を浮かべていた。一菜の力に全幅の信頼があるようだった。
いまは「何が起きているのか」を詮索する時ではなかった。一菜にすべてを託すしかない……文芸部員たちはそう判断していた。
やがて緒方と坂本が病院に到着した。それぞれに鏡子と梨々香をともなっていた。全員が申し合わせたように白いシャツを着ていた。
緒方と坂本を前に一菜は言った。
「春羅、春瀬。お前たちの力がいる。時間がない。行くぞ」
答を待たず集中治療室に入る。緒方も坂本も一切の文句を言わず、戸惑いやためらいの様子を見せることもなく、その後に従った。
一菜は右手を岩志木の額に当て、左手は岩志木の胸に添えた。緒方と坂本は一菜の背後に立ち、その背中に手を当てる。命じられたわけではないのに、あらかじめ知っていたかのような自然な動作だった。
そのまま時間が過ぎる。
控え室では岩志木の家族と文芸部員たち、元団長と元塾頭、そして宗像一花が見守っている。
一菜は深い呼吸を保ったまま、まっすぐに岩志木の顔を見つめる。緒方と坂本は目を閉じていた。二人の額からは汗がにじみ出ている。
「春瀬、春羅。もっとだ」
「はい」
「はい」
一菜の声に、二人は素直に答え、さらに汗を浮かべた。
そのまま静かに時間が過ぎる。
脳波計と心音計の規則的な電子音以外の音はしなかった。
集中治療室に医師でも看護師でもない人間が入るのはあってはならないことだが、文芸部員たちがそのことに疑問を持つことはなかった。
なぜ真桜高校のスーパースター二人が呼ばれたのか、なぜその二人が宗像先輩(姉)の言いなりになっているのかについての疑問を抱くゆとりもなかった。
ただただ五人は祈っていた。
懸命に祈り続けていた。
全員が胸の前で手を合わせ、心から願っていた。
どうか部長を救って下さい。
お願いです、部長を助けて下さい。
私たちに部長を返して下さい。
部長を死なせないで下さい。
また、部長と話せるようにして下さい。
文芸部員たちの祈りに呼応する形で、学原鏡子と愛宕梨々香も祈り始めていた。
春羅権現様、どうか……。
春瀬命様、頑張って……。
「星児」
と父が言い、
「星児」
と母が言った。
「一菜。その程度か」
と一花がつぶやく。
……と。
ふいに一菜が振り向き、叫んだ。
「すみれちゃん! 岩志木の手を握って!」
呼ばれたすみれは弾かれたように顔をあげ、杖をつきながら集中治療室に入った。そしてベッドの脇にしゃがみこみ、兄の手を取る。
そのすみれに一菜は言う。
「話しかけて。どんなことでもいいから」
「うん」とうなずいたあと、すみれは言う。「お兄ちゃん」
岩志木の反応はない。
「お兄ちゃん、起きて。みんな来てくれてるよ」
応えるのはただ電子音のみ。
「みんな心配してるよ。お兄ちゃん、文芸部の人たち、みんな来てるんだよ」
すみれは静かに語りかける。
「倫子さんも来てるし、春奈さんも来てる」
すみれは優しく語りかける。
「美帆さんもいるし、紗希さんもいるよ。あわたさんも来てくれてるんだよ」
すみれは兄の手を両手で包み込んで語りかける。
「お兄ちゃん、いつも話してる人たちが来てくれてるよ。一花ちゃんも一菜ちゃんも。だからそろそろ起きないと」
すみれは涙を浮かべながら語りかける。
「緒方さんと坂本さんもお兄ちゃんを助けるために頑張ってくれてるよ。学原さんと愛宕さんもこんなに朝早くから来てくれたんだよ。お兄ちゃん、聞こえてる?」
岩志木の反応はない。
「お兄ちゃん、目を覚まして。みんなを悲しませないで。私を泣かせないで。お願いだから」
その時、ふいに集中治療室が静寂に包まれた。
岩志木につながれていた脳波計と心音計が止まったのだった。
それまで波形のパルスを描いていたモニターも何も映していなかった。
「お兄ちゃん!」
すみれが叫んだ。
「おい、岩志木!」
一菜が呼びかける。その背後で緒方と坂本がさらに念を込める。
控え室では全員が凍り付いていた。
そして次の瞬間。
時が再び動き出した。
脳波計と心音計が力強い一定のリズムでシグナル音を発し、モニターにも波形のパルスが再び現れていた。
「お兄ちゃん?」
すみれが兄の顔をのぞきこむ。
「どうした、すみれ」
目をうっすらと開けて岩志木が言った。
「お前を泣かせた奴は誰だ?」




