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 真桜高校の期末テストは三日間にわたって行われる。

 その初日。すべての科目が終わった二年一組の教室では倫子が机につっぷしていた。

「世界の終わりとアリス・イン・ワンダーランド……」

「何よ、それ」

「学原さんには分からない。私のいまの胸の思いは。あなたのような、勉強ができる選ばれし人には。優等生には。クラスカースト上位に君臨している女王には」

「……良かったら、明日の対策、少しアドバイスしようか?」

 鏡子が言うと、倫子はガバと顔をあげる。

「ホント?」

「うん」

「無条件で?」

「当たり前でしょ」

「さすが、スイカのタネ飛ばし名人!」

「やっぱやめる」

「あ、ごめん。ウソ」

「いいから用意して」

「はーい。学原さん、大好き。結婚したあともずっと友だちでいようね」

「はいはい」

 普段、倫子と鏡子は席が離れている。しかし定期試験の時は名簿順に席につくことになっているので、鬼城倫子の後ろには学原鏡子が座り、その後ろには神浪春奈が座ることになっていた。席が近いこともあり、鏡子は落ち込んでいる倫子につい声をかけたのだった。

「春奈もつきあってよ」

 倫子が鏡子の肩越しに言う。

「あ、うん。いいよ」

 春奈が答える。

「じゃ、軽くね」

 鏡子は言って机を動かし、二人に教えやすい向きにする。

 翌日の試験科目は数学と現国。そのうち倫子と春奈の希望に応じて数学を教えることにした。緒方の作ってくれたポイント集(全教科が一冊にまとまっている)があれば、要点を効率的に伝えることができる。

 鏡子がその冊子を開いて二人に示していると、同じクラスの緒方塾の女子たちが声をかけてきた。

「学原さん、帰らないの?」

「あ、ごめんね。今日は先に行ってて。私、少し用事があるから」

「……うん、分かった」

 女子たちはそう言って教室を出て行く。そのうちの一人が突き刺すような視線で倫子と春奈を見たが、二人とも気づいていないようだった。鏡子は軽く肩をすくめる。

(緒方塾もそろそろ解散かな)

 小一時間ほど倫子と春奈に数学を教え、その後は三人で帰ることにした。

「さすが緒方塾の塾頭さんね。すごく分かりやすかった」

「そう言ってくれるとうれしいわ」

「明日の数学は百点以上取れる気がしている、私」

「……頑張ってね」

 そんなたわいのないやりとりをするなかで、鏡子はタイミングを見計らって倫子に言った。

「ねえ、鬼城さんって何座?」

「星座? 私はさそり座。十一月生まれ」

「そっかー」

「ここ、この前、私にも聞いてたよね、学原さん」

 春奈が言う。

「だって気にならない? 星座とか血液型とか。女子だったら」

「あんま気にしないな〜。私ら女子力ないからね。部長力ならあるけど」

「じゃあ文芸部の人たち同士でも星座とか知らないの?」

「た、誕生日はお互い教え合ってるよね、うん」

「そうだね」と倫子がうなずく。「面白いのは隅田美帆って五組の子なんだけどね、あの子、誕生日が二月二十九日なのよ。四年に一回のうるう年ガール。だからね、いままだ四歳なんだよ。尻の青いガキなの」

「へえ、早生まれなんだ」

 鏡子はその貴重な情報を得た喜びについ声を弾ませる。そこで思わず口を滑らせてしまった。

「だったら、逆に梓川さんが一つ年上ってことも知ってるの?」

「え?」

「は?」

 思わず、といった感じで倫子と春奈が立ち止まる。

 ……しまった。鏡子は「やらかした」と唇を噛む。

「それ、初耳。でもなんで学原さんが知ってるの?」

 倫子がいぶかしそうな顔を向ける。鏡子はやや早口で応じた。

「あの、ごめんね悪気があって言ったんじゃないの、ただ緒方塾の一人がそう言ってて梓川さんと同じ中学だったみたいで」

「ふーん」

「ごめんなさい。興味本位でこんなこと言っちゃって」

 倫子は答えなかったが、春奈は言った。

「べべ別に、私たちは怒ってないよ、うん。ただ、学原さん」

「はい」

「そのこと、広めないで」と春奈はきっぱりと言う。「わた、私たちが知らないってことは、紗希が言いたくないことだからと思うから」

「はい。ごめんなさい。もちろん広めません」

「き、きっと部長は知ってたんだよね」

「え?」

「あの二人、幼なじみだから」

「あ、そうなんだ」

 しばらく三人は黙ったまま歩き続ける。やがて鏡子が言う。

「鬼城さん、ごめんなさい。怒ったよね?」

 倫子はムスッとした顔をしている。どう考えても気分を害している顔だった。

「倫子、何か言いなさい」

 春奈がたしなめる。

「は〜あ」と倫子は大袈裟な溜息をついて言った。「私、やっぱり学原さんと仲良くなれそうにないや」

「え……」

「倫子!」

 春奈が叱りつける。

 鏡子は自分でも意外だったが、倫子のその言葉に衝撃を受けていた。

(あれ……? 私、どうして……)

 気づけば、涙がじわりと浮かんでいる。自分のその感情の揺れに鏡子は戸惑っていた。足もとがふらついた。

「り、倫子はどうしてそんな言い方するの⁉︎」

「だって春奈、考えてみてよ」と倫子は鞄からハンカチを取り出して鏡子に渡す。「学原さんてさ、こんなに可愛い顔しててさ、勉強もできてさ、人望もあるし、コミュ力も高いじゃん。それでいまみたいなことがあったら素直に、しかもすぐにごめんなさいって言えるんだよ。完璧じゃん。私にとってはまぶしすぎるわ」

「……あの」

「春奈の勧誘の時もそうだったじゃん。素直に頭を下げてごめんなさいって言ってたしさ。なんで学原さんみたいな人が私らと仲良くしてくれんの? 私たちとあなたじゃ釣り合いが取れないでしょ」

「そんなことないでしょ」

 と言いながら鏡子は倫子が渡してくれたハンカチで目元を拭う。

「そんなことあるわよ」

「ご、ごめんね、学原さん。倫子、バカだから、こういう言い方しかできないんだよ、うん。ホントはうれしいんだよ、仲良くしてもらって。でもほら、バカだから」

「バカバカ言うな」

 そこで鏡子は気づく。倫子がキツイ言い方をしたのは、先ほどの自分の失言に対してたしなめているのだということを。だが決してその失言を怒っているわけではないということも。

 キツイ言い方をするのは、それだけ自分に気を許してくれているから……だということも理解できた。そう、春奈がいま倫子のことをバカ呼ばわりしたように、遠慮のない物言いこそがこの人たちの「流儀」なんだ。

 鏡子は立ち止まって頭を下げる。

「ありがとう、鬼城さん」

「やだなあ。そんな風にされると惚れてまうやろ」

「でも、私が可愛い顔をしてるってのは違うと思う」

「出たよ、無自覚美少女」

「はい?」

「あのね、自分の可愛さに気づいていない美少女ほど無敵なものはないんだよ。破壊力が凄いの。ノーガードの強さ。まったくふざけんじゃないわよ」

「……あの、一ついいかな?」

「はいはい、何でしょうか、美少女様」

「無自覚美少女って、むしろ鬼城さんの方だよ?」

「へ?」

「もしかして鬼城さん、自分が可愛いってことに気づいてないの?」

 そう言った途端、倫子の顔がかーっと赤くなる。「あうあう」と口をパクパクさせ始めた。

「あ、可愛い」

 思わず鏡子が言うと、春奈がニコリと笑う。

「学原さん。そ、そういうのを萌えって言うんだよ」

「へえ、そうなんだ。私いま、鬼城さんに萌えたんだね」

「あうあう」

 倫子は真っ赤な顔でうろたえ続けている。ロボット歩きになっていた。

 その時、鏡子はふと思った。

(私、文芸部に入ろうかな……)

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