20
その頃、鬼城倫子もまた回想モードに入っていた。
倫子がいつも思い出すのは、岩志木と知り合って間もない頃の会話だった。
たまたま部室に早く来た二人がどことなくぎこちない雰囲気のなかで交わした会話だ。
もっとも、ぎこちなさを感じていたのは倫子だけだったようだが。岩志木は当時から落ち着きのある独自のペースを保っていた。
その会話とは以下のようなたわいもないものだった。
「へえ、そうなの。岩志木君、妹がいるんだ」
「二つ下のな」
「妹萌えとかしたりする?」
「妹萌えってなんだ?」
「妹が可愛くて可愛くてどうしようもないみたいなこと?」
「なんで逆に質問してるんだ?」
「うん、よく知らないから」
「妹のことは可愛いし、大切に思っている」
「そっか。じゃあ萌えだね」
「知らないんだろ、鬼城」
「いーじゃん別に。それより中学時代も文芸部だったの?」
「剣道部だった」
「やっぱりね〜」
「いや、普通は分からないだろ」
「でも身体がね、文芸部の身体じゃないから」
「文芸部の身体って聞いたことないぞ」
「ひょろひょろしてんの。それで顔が青白くて、メガネをかけててクイッとかしながら上から目線でものを言うのよ。あと、いつも本を脇に抱えていてさ。それとコホコホとか咳すんの。そのあとまたメガネをクイ」
「偏見だな」
「偏見だね」
「お前も武道してた身体だな。空手か?」
「なんで分かったの?」
「指を見て。あと、歩き方」
「うっわー、岩志木君。なにげに私のこと観察してんじゃん。萌えた?」
「鬼城萌えか」
「そ、鬼城萌え」
「なんでお前は文芸部に入ったんだ?」
「おい! いまの話題はもう終わりかよ」
「あ、悪い。うん、萌えたぞ、鬼城」
「嘘つけ」
「まあな」
「そこは否定しろよ」
「それで入部の理由は?」
「文武両道の文に力を入れようと思ったから」
「それはいいことだな」
「もしや岩志木君も?」
「いや、おれは親に言われて」
「はい? どういうこと?」
「両親がこの学校の卒業生で、文芸部出身なんだ。部の存続のために入れって言われた」
「ふーん。でもそれって、どうなのよ」
「どうっていうのは、親の言いなりでいいのかってことか?」
「だね」
「イヤなら入部していない」
「それもそうか。ところで剣道で段とった?」
「二段だな」
「ウソ、すげー!」
「お前も黒帯くらい持ってそうだけどな」
「いや、持ってるけどさ。剣道と空手は違うからさ」
「そりゃそうだ」
「ねえ、二段って強いんでしょ? もし剣を持ったら無敵モード? 相手が素人だったら負ける気しないんじゃない?」
「相手が素人で、こっちが剣を持っていたらどう考えても無敵だな」
「ここでクイズです」
「唐突だな」
「ソードとブレイドでは何がどう違うのでしょう?」
「分からないな」
「いや、岩志木君。そこは少しでも考えようよ。会話を弾ませようよ」
「そうか。……ソードは細くてブレードは太いイメージがあるな」
「あ、それ分かるわー。きっと、そうだよね」
「その言い方だと、正解は知らないんだな」
「うん」
「答を知らないクイズを出すとは、お前は大胆なやつだな」
「てへぺろ!」
「照れた顔は萌えだな」
「え」
「悪い。冗談を言ってみた」
「な、なーんだ。てか分かってたけどね!」
ほとんど初めての会話だったが、妙に楽しかったことを覚えている。打てば響くというのか波長が合うというのか……。
男子とそういうやりとりをしたことはなかったので、新鮮な思いもした。
その後、クラスの男子たちと話すなかでああいうやりとりができるのは岩志木以外にいないことが分かり、それが彼を好きになるきっかけとなったのだった。
「ハーレム部長め……」
倫子は寝返りを打ちながらつぶやく。
部長に選んでほしいと思う一方で、いまのこの状態がずっと続けばいいな、とも思う。
倫子は春奈のことも美帆のことも紗希のことも、そしてもちろんあわたのことも大好きだった。




