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「いいこと、梓川さん。文芸部に入るには、一つの条件をクリアしなければならないの」
鬼城倫子が腰に手をあてて言った。
「どんな条件?」
と椅子の上で膝に両手を揃えている梓川紗希が言った。
「部長に処女を捧げることよ」
「え?」
「ここにいる私たち全員、部長の愛の奴隷なの」
真桜高校文芸部、その部室。紗希をのぞいて四人の女子がいた。
「ちょっと待って下さい。私、聞いてませんよ」
抗議の声をあげたのは青柳あわただ。
「あ、そうね。青柳さんは一年生だからいいの。処女は大切になさい。でも、二年生女子はみんな奴隷。なんでも言うことを聞くラブリースレイブなの。さて、あなたにその覚悟が、」
と倫子がそこまで言った時、
「鬼城、ストップ。本気にするだろ」
止めたのは岩志木だ。
「え〜、話はこれからなのに」
「まったくお前は」
呆れた顔をした岩志木は紗希にプリントアウトした一枚の紙を渡す。
「入部届。フルネームでサインして、ここに保護者の印鑑をもらってきてくれ」
「うん、ありがと」
「こちらこそ。入部してくれてうれしいよ」
そう言った岩志木は部員たちに向き直る。
「改めて紹介する。二年の梓川紗希だ。今日から文芸部に入ってくれることになった」
「あの、よろしくお願いします」
立ち上がった紗希が四人の女子部員たちにペコリと頭を下げる。
「よろしくー」
「こ、こちらこそよろしく、うん」
「よろしくね」
「よろしくお願いしまーす」
という声が返ってきた。
「それぞれ自己紹介してやってくれ。紗希、座っていいぞ」
「あ、うん」
「異議あり」
倫子がすかさず手をあげる。
「なんだよ、異議って」
「いま部長、なんてった? 梓川さんのこと、紗希って呼んだよね。聞き捨てならないんだけど」
「こいつとおれは幼なじみだからな」
岩志木の説明は簡潔だ。
「うわ。幼なじみ属性かー。こりゃ手強いの来たぞ〜」
「鬼城。お前ちょっと黙ってろ。話が進まない」
「あ。はーい」
「じゃ、入部順にいくか。神浪から軽く自己紹介、頼む」
指名された神浪春奈がぴょこんと立ち上がる。
「はは、はい。二年一組の神浪春奈です。えーと、あの、一年の時から文芸部に入ってました。えーと、あの、いっとき文章を書くのが怖くなったことがあって、えーと、その時に部長に助けてもらって、それで部長が好きになりました」
「え?」
思わず紗希は声を出す。
(これって自己紹介だよね?)
「次、私ね!」
鬼城倫子が勢いよく立ち上がる。
「春奈と同じく、二年一組の鬼城倫子です。私が部長を好きになったのは、」
「よし、そこまで」
「えー。なによ、部長」
「おれのことは抜きにしようか」
「私から部長を抜いたらなにが残るのよ!」
「いっぱい残るだろ」
「残りません。むしろマイナスになる」
「……ま、こんな感じのやつだ。次、隅田。頼む」
「げ。スルーかよ」
目をむく倫子に反応せず、隅田美帆がゆったりと立ち上がる。
「二年五組の隅田美帆です。確か、梓川さんも五組だよね?」
「あ、うん」
紗希は目を伏せる。
「私は去年の終わり頃に入部したの。きっかけは部長に関係があるから、またこんど話すとして、好きな本のジャンルはファンタジーとかSFとか。文章を書くのは苦手で、いまは神浪さんから教わっているところ。よろしくね」
「あ、よろしく」
「じゃ、青柳」
「はい」
と答えて直立不動となった青柳あわたが話す。
「一年四組の青柳あわたです。ラノベをよく読みます。小説を書けるようになりたいと思って文芸部に入りました。一年生は私だけなのでちょっと寂しいです。よろしくお願いします」
あわたが頭を下げ、紗希もそれに応える。
「で、おれが一応部長」
岩志木が言った。
「そうなんだよ。部長の岩志木星児さん。岩志木星児さま」
「なぜ二回言う?」
「乙女心かな」
「そっか」とうなずき、紗希を見る。「あと、三年生に宗像一花という先輩がいる。受験生だからあまり顔を出さないけど」
「じゃ、全部で七人?」
紗希がそう応じると、微妙な空気が流れた。
「えと……?」
なにか言ってはいけないことを口にしてしまったのか、と不安そうな顔をする紗希に岩志木が言った。
「いや、正確には八人だ。しかし、その人のことは考えなくていい。たぶん会うこともないから」
「あ、うん」
それ以上は聞かないほうがいいようだ、と紗希は思った。ただ「その人」という言い方から、八人目の人は先輩らしいということは推測できた。
ともあれ、梓川紗希の入部により、真桜高校文芸部の二年生女子は四人となった。
神浪春奈
鬼城倫子
隅田美帆
梓川紗希
二年生女子のなかで「緒方塾」にも「坂本団」にも入っていない四人である。
ゴールデンウィーク明けの五月上旬のことだった。