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部誌の特集内容を決めた数日後。
紗希が部室の扉を開くと、そこに見知らぬ女子生徒がいた。
部長の席に座ってパソコンを操作している。他には誰もいなかった。
「ん?」
と、その女子生徒は顔をあげる。
黒目がちの美少女だった。その目は理知的に光っている。肌の色は透き通るほどに白く、どことなく浮世離れした近寄りがたい印象も受けた。
紗希はすぐに察する。きっとこの人が宗像先輩だ。
紗希が入ってきても動じることがないその落ち着きぶりは部外者ではないことを物語っていた。紗希がそのことを確認しようとする前に、美少女が言った。
「君が梓川紗希さんかな?」
「はい。あの、宗像先輩ですか?」
「うん」と美少女はうなずいた後に立ち上がり、頭を下げる。「宗像一花です。初めまして」
「は、初めまして。梓川紗希です」
紗希は慌ててお辞儀をする。意外に低姿勢な先輩に驚いてしまった。
「君のことは岩志木から聞いている。文芸部に入ってくれてありがとう」
「いえ、そんな。みんなには仲良くしてもらっています」
「楽しんでくれているかな?」
「はい。とても楽しいです」
「それはなにより」
そう言って一花はパソコンの前に腰を下ろし、マウスをカチカチと操作する。すぐにプリンターが動き出した。何か書いていたようだ。
「君と岩志木は幼なじみだそうだな」
「……はい」
なぜ宗像先輩がそれを知っているのか? 考えるまでもない。部長が教えたのだろう。自分のことに関して、どこまで話しているのだろうか……?
「何か事情があるみたいだが、それに関して私は何も聞いていない」
「え?」
「岩志木は余計なことは言わない男だ。安心していい」と言った後、一花は笑う。「もっとも、幼なじみの君には釈迦に説法かも知れないが」
「あの、事情があるって、どうして……」
「いま、返事をためらったからだ。幼なじみであること以外の何かも教えたんじゃないか、という顔だったよ」
「……そうですね。その通りです」
「私は聞くつもりはない。安心してくれ」
「ありがとうございます」
一花は立ち上がり、プリンターから吐き出された紙をチェックする。
「ま、こんなもんか」
鼻を鳴らしたあと、紗希にその紙を渡した。
「?」
受け取った紙には「卒部式会場のご案内」とあった。その下に焼肉店の店名と住所、簡単な地図、そして日時が記されていた。
「文芸部では三年生が引退をする時に食事会を開く。それが卒部式。それでその会場と日時は当人たちが決めることになっている。参加は自由。会費制。これはその案内状だよ」
「参加します」
「ありがとう。それを岩志木に渡しておいてもらえるかな?」
「はい。分かりました」
なるほど、そうか。この卒部式のことで部室に来たんだ、と紗希は納得する。そう言えば、もう二週間ほどで期末テストだ。それが終わると夏休み。三年生は本格的に受験勉強に取り組むことになるのだろう……。
「ところで、これは?」
一花はホワイトボードに目をやる。そこには「桜の精」「御桜神社」「照桜寺」「春瀬命」「春羅権現」といった文字が躍っていた。部誌の内容を決めるミーティングの時に倫子が書いたものだ。
「部誌の特集です」
紗希は答え、内容を手短に伝えた。
「ああ、冴場先輩のあれを読んだのか。よく見つけたな」
「たまたまだったようです」
紗希は倫子と春奈が冴場先輩と出会った経緯も話した。
「冴場家は語り部の血筋という話だからな……」
と一花はつぶやくように言う。
「語り部ですか?」
「うん。そういう人たちもいるってことだ。真桜は古い町だからね」
「はあ」
「特集、楽しみにしてるよ」
一花はそう言って、テーブルの上に置いていたリュックタイプの鞄を手にした。それをひょいと背負う。
「あの、一つうかがっていいですか?」
「なんなりと」
「文芸部にはもう一人、三年生がいらっしゃると聞いていたんですが、その方は卒部式には……?」
「あいつは来ないよ」
「そうなんですか」
「あいつのことはどこまで聞いている?」
「いえ。何となく聞けない雰囲気で」
「そうだろうな」
一花は「ふん」と鼻を鳴らす。
「あの、ごめんなさい。私、余計なことを言ってしまいました」
頭を下げる紗希に一花は苦笑まじりに首を振った。
「すまない。そういう意味じゃないんだ。あいつは何というか……変人でね。関わりは持たない方がいいんだ」
「……変人ですか?」
「例えば、梓川さん。君はスズメバチと友だちになれると思うか?」
「………」
あまりに突拍子もない質問に紗希は思わず言葉を失う。
「思わないだろう?」
「はい」
「しかし、あいつはなれると思う人間なんだ。で、実際に証明しようとする人間でもあるんだ」
「……あの、それって」
「スズメバチたちに話しかけながら巣に近づいて行った」
「そ、それでどうなったんですか?」
「救急車で運ばれたよ。大変だった」
ということは、宗像先輩もその場にいたのだろう。確かにその話を聞く限り、その人には関わりを持たない方がいいようだ。
「真冬に滝に打たれたり、夜通し山の中を歩いたり、断食を一週間続けたり、山に生えている草を片っ端から調理したり、そんなことばかりしている」
一花はそこで吐息をつく。
「頭がおかしいんだ」
「……すごい人なんですね」
「文芸部員の水増しのために入部させたが、部員たちに悪影響を及ぼすから出入り禁止にした」
「出入り禁止……」
「自分のバカな行為につきあわせようとするんだ。岩志木は気に入られて、何度か同行した」
そんなことがあったのか……。
「ま、出禁が通じる相手じゃないから、そのうちひょっこり顔を出すかも知れない。その時は、梓川さん」
「はい」
「全力で逃げることだ」
そう言って宗像一花は「じゃ、また」と部室を出て行った。




