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「いやしかし、てか、だがしかし。もうビックリしたわ〜〜〜」

 倫子が、その時のことを再現するかのように目を丸くする。

 月曜日の放課後。文芸部の部室。

 全員が集まって昨日の取材内容の成果を話し合っていた。

 いまは倫子が昨日の照桜寺での出来事についての報告をしている。

 照桜寺を訪ねたのは、倫子と春奈と紗希だ。三人は竹林の中にある照桜寺の山門をくぐり、境内を自由気ままに散策した。

 ヤマザクラの写真を撮り、寺の由来を記した表示板を読み、本堂に上がり込んで拝んだりするうちに、境内の外れに竹囲いのされた裏木戸があるのを見つけた。

 春奈と紗希は制止したが、倫子は「いいネタというのはこういう所で見つかるものなの!」と勝手に裏木戸を開け、その先の石畳の道をずんずんと進んで行った。仕方がないので春奈も紗希も後に続いた。

 道の先には茅葺き屋根の古民家があった。縁側がこちらに面している。

 その縁側に、学原鏡子がいた。

 Tシャツにショートパンツというラフな姿であぐらをかき、スイカを食べていた。

 文芸部員たちが現れた時、学原鏡子はスイカのタネをぷぷぷと宙に飛ばしているところだった。まるで子どものように。

「………」

「………」

 しばらく呆然と見つめ合った後、学原鏡子が言った。

「えーと、スイカ、食べる?」

「……ネタではなくタネだったというオチか」

 倫子がつぶやいた。

 その後、文芸部員の三人は、縁側でスイカを食べながら照桜寺の言い伝えについて学原鏡子から教えてもらったのだった。

 照桜寺に残っていたのは、こんな言い伝えだ。

 

 その昔、真桜の里に佐倉氏という豪族が住んでいて、この地を治めていた。

 佐倉氏には一人娘がいたが、その美しさには目を見張るものがあった。

 まるで後光が差しているようだ、と誰もが褒めそやした。

 見るだけで心が洗われる、人徳が積まれる気がする、身中が浄化された思いがする……と、里の人々は姫のことをそうも言った。

 その噂を聞きつけて真桜の里に邪神が訪れた。

「娘を寄越せ。さもなくば、この里を人の住めない地にしてやる」

 邪神は歯を剥き出して佐倉氏を脅した。

 佐倉氏は熱心な仏教徒であったことから、邪神を退治してくれる仏の降臨を熱心に祈った。

 その祈りが通じ、出現したのが春羅権現だ。

 権現とは神の姿となって現れる仏のことを指す。

 その春羅権現が邪神に戦いを挑み、勝利を収める。

 しかしその戦の中で佐倉氏の娘は命を落としてしまう。

 春羅権現は娘の死を悼み、その亡骸を埋めた地に一本の桜の木を植えた。

 この桜の木が花を咲かせる限り、娘の魂もまた生き続けるだろう。

 そしていつの世にか再び生まれ出ずるだろう……。


「と、そういうことなの」

 倫子が報告を終える。

「御桜神社と照桜寺。似たような言い伝えだけど、微妙に相手をディスってんだね」

 美帆が握ったこぶしを唇にあてる。

 御桜神社の言い伝えにある「悪鬼羅刹」はおそらく照桜寺の言い伝えに出てくる「春羅権現」のこと。

 一方、照桜寺の言い伝えに出てくる「邪神」は御桜神社の言い伝えにある「春瀬命」のこと。

 一人の美しい女性を巡って二人の神が争ったという構図は同じだが、それぞれの立場から語っているため、過程と結果は異なるものとなっている。

「えーと、うん。ど、どっちの言い伝えが正しいのかな?」

 春奈が首を傾げる。

「どっちが正しいとかいう話じゃないのかもね」

 美帆が肩をすくめる。

「もう一つ、言い伝えがあります」 

 そこで口を挟んだのはあわただ。手には例の部誌があった。冴場こよりの書いた記事が載っている部誌だ。

「へえ、そうなの?」

 倫子の言葉にあわたは「は?」と驚愕の顔を浮かべる。

「倫子先輩。もしかして冴場先生の記事、読んでないんですか?」

「えーと」

 倫子の目が泳ぐ。

「読んでないんですね、その様子だと」

「てへぺろ」

「古っ! あと似合ってねぇー」

「黙ってその言い伝えを話せ」

「黙って話せとは理不尽な」

 文句を言いながらもあわたは説明をする。


 冴場こよりの記事には御桜神社とも照桜寺とも異なる話が記されていた。

 美しい女性を巡って二人の神が争う構図はやはり同じだ。姫を巡って二人の神が争った結果、真桜の里は荒廃した。それに怒った姫は二人の神を呼びつけ、桜の木の根元に穴を掘らせた。

 そして姫は二人の神にこう告げた。

「私にはあなた方を選ぶつもりはありません。また、選ばれるつもりもありません。ふるさとを汚したあなた方に寄り添うとでも?」

 その後、短剣を取り出し、自身の喉元に突き立てた。激しく血がほとばしり、姫は二人の神が掘った穴にどさりと落ちた。

 あまりのことに呆然とした二人の神は、自分たちがしでかしてしまったことの罪の深さを知った。そして、この時になって初めて、二人は力を合わせた。念をこめて姫を生き返らせようとしたのだ。

 姫は生き返った。ただし、魂だけ。

 姫の魂は言った。


 私は桜の精として、この地に生き続けることにしましょう。

 桜の精として長い時を渡っていくことにしましょう。

 真桜の里に生まれる娘に宿り、その目であなた方の振る舞いを見守ることにしましょう。

 もし、あなた方のどちらかが真桜の里にふさわしい神となったなら、その時は喜んで、その方に寄り添いましょう。


 以来、二人の神はそれぞれに真桜の里にふさわしい神となるために力を尽くしているという。

 この真桜の里をより良い里にするために。

 そして桜の精を宿した娘に出会える日を待ち続けているとのことである……。


「桜の姫君は身を張って真桜の里を守ってくれたんだね」

 美帆がしみじみとした口調で言う。

「侵略者たちに対する抗議のための自殺だね」

「倫子はどうしてそういう身も蓋もない言い方を」

「控えなさい。桜の姫君に向かって、その口の利き方はなんぞ」

「あんたこそ、なんぞよ」

「てかさ、この言い伝えがもしホントなら、私たちの中の誰かが桜の精を宿している可能性もあるってことじゃない?」

「信じるの、この話」

「信じないけど、そう考えたらロマンチックじゃんってこと」

「少なくとも倫子先輩に桜の精が宿っている件はないと思います」

「黙れ、邪神」

「誰が邪神ですか」

 その時、両腕を頭の後ろで組んだ岩志木が言った。

「冴場先輩の話がメインストーリーなら、御桜神社と照桜寺の話は、そうあって欲しい現実を語ったスピンアウトかもな」

「そうあって欲しい現実?」

「そうあるべきだったという願い。自分が選ばれたかったという思いが言い伝えに反映されているんじゃないかな、それぞれに」

「本当はどちらも選ばれなかったのに?」

「だな」

「姫が死んだのは自分のせいではないっていう主張も見え隠れするわね」

 美帆が言う。

「そうだね」

 紗希がうなずく。

「あの、かか叶えたい思いを言い伝えにしたのかもだよ、うん」

「どういうこと?」

「も、もしどちらかが後の時代に選ばれたら、言い伝えは現実のことになるから」

「……ああ、そうだね。春瀬命が選ばれたら、春羅権現は悪鬼羅刹として姫の命を奪った犯人になる。逆に春羅権現が選ばれたら、春瀬命は邪神になる、と」

「現実的にそれはないけどねぇ〜」

「まあね」

「いずれにせよ、部誌のネタとしては充分に面白いと思う。御桜神社と照桜寺のそれぞれの言い伝えを紹介して、冴場先輩の話も改めて掲載するのもいいだろう。そこで、みんながそれぞれに思うことを書けば成り立つな」

「真桜伝説特集号だね」

「最初の狙いとは違うけど、そっちの方が面白そう」

「ですね」

 と、方向性がまとまったところで美帆が言った。

「でもさ、こうして学原さんと愛宕さんのことが分かってみると、象徴的だよね」

「え、何が?」

「緒方君と坂本君。この二人が言い伝えに出てくる神みたいじゃない。どことなく人間離れしてるし」

「ふむ」

「照桜寺の春羅権現が緒方君で、御桜神社の春瀬命が坂本君ということになるよね」

「よく言った、美帆」

 倫子がにんまりと笑顔を浮かべる。

「え?」

「みんなうすうす感じていたけど、さすがに現実離れしていて口にするのがためらわれていたことを、恥ずかしげもなくよく言った!」

「うるさいわよ」

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