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 真桜高校文芸部では年に一冊、部誌を発行することになっている。

 それは部活動としての最低限の縛りだった。

 最低三人以上の部員の在籍と最低一冊以上の部誌の発行。

 その縛りを守らないと文芸部は長い歴史にピリオドを打つことになる。

「ということで、部の存続をかけた重大会議を開くことにします」

 倫子がホワイトボードの前で仁王立ちをしながら部員たちを見まわす。

 岩志木はパソコンの置いている部長席で、他の部員たちはいつもの長テーブルの思い思いの場所で倫子の話を聞いている。

「あわたちゃん。覚悟はいい?」

「か、覚悟ですか? でもなぜに?」

「これを見なさい」

 倫子がホワイトボードを横に移動させる。その背後にはスチール製の書棚があり、冊子がぎっしりと詰まっていた。

「歴代の部誌よ」

 倫子はその中から一冊を取り出す。表紙には「真桜文芸」というタイトルがあり、素朴なタッチのイラストが描かれていた。

「わが真桜文芸からは著名な執筆家の先生方が何人も生まれています。そのうちのお一人が、ここに見られる冴場こより先生です」

 倫子は目次を開いて、その部分を指す。

「さえば、こより……先生。えーと?」

「あ、まさか、あわたちゃん。冴場こより先生のこと、知らないの?」

「すみません。どんな作品を書いているんですか?」

「食レポ」

「はい?」

「ウェブライターよ。普段はファミレスでアルバイト」

「それって……」

「この前ね、春奈とファミレスに行ったら声をかけられて、それで教えてもらったの」

「あ〜〜」

 あわたにはその時の展開が分かる気がした。おそらく学校帰りに制服のまま立ち寄って声をかけられたのだろう。「真桜高校の人?」「はい、そうです」「部活の帰りなの?」「はい」「へえ、何部?」「文芸部です」「あら、私も文芸部だったのよ」的なやりとりがあったに違いない。

「あのう、おいくつくらいの方なんですか、冴場先生は?」

「私たちより二十歳くらい上って言ってたよね、うん」

 春奈が答える。

「………」

「どうしたの、あわたちゃん?」

「何でもありません。それで倫子先輩、覚悟というのは?」

「この歴史に」と倫子が部誌のバックナンバーの背表紙に指を走らせる。「あわたちゃんも加わることになるの。変なものを書くわけにはいかないってことよ!」

「まあ、そうですね」

「ということで、次回発行する部誌のテーマを決めたいと思います!」

「前振り、長っ!」

「お黙りなさい」

 あわたは倫子が取り出したバックナンバーを手に取ってパラパラとめくる。冴場こよりさんという人がどんなものを書いていたのか、確かめてみようと思ったのだ。

 自分たちより二十歳くらい上ということは三十代半ば。それでアルバイトをしながらライター業をしているというのは、なかなか考えさせられるものがあった。

 あわたはすぐにその一文を見つけた。「真桜町のゲニウス・ロキ」というタイトルのエッセイだった。

(なんだ、ゲニウス・ロキって?)

 とあわたは首をひねる。文芸かぶれした十代の女子が背伸びして使うような言葉に思えた。どことなくイタい感じもする。

(会議は先輩たちに任せることにして、ちょっと読んでみよう……)


『真桜町のゲニウス・ロキ』 冴場こより

    

「真桜町には桜の精が棲んでいる」

 これから記すことは、私が昭和生まれの祖母から聞いた話だ。その祖母もまた、明治生まれの祖母から聞いた話だという。

 どうやら我が冴場家では、隔世遺伝的にこの話を伝え続けてきたらしい。

 しかし私は将来自分が結婚することを具体的にイメージできない上に、そもそも結婚願望がない。よしんばあったとしてもこのご時世だ。結婚をして子どもをもうけるというのは至難の技に違いない。さらにその子どもが結婚をして子(私にとっては孫)をなすということまで考えると、それは奇跡を信じるようなものと言えそうだ。

 つまり、私には冴場家の伝統を守れる可能性がほとんどない。

 そこで私は自身の孫に語る代わりに、真桜文芸の読者にこの話を伝えておこうと思う。


(と、そんな風に冴場先生の話は始まっていた。冴場先生は結婚はできたのだろうか……とあわたはそれが気になった)


 遙か昔。

 真桜町が「真桜の里」と呼ばれていた頃、この地に一人の姫が住んでいた。

 姫は真桜の里を治める豪族の娘で、神々しいまでの美しさを持つ乙女だった。

 その肌は白く、その髪は長く、その笑顔は明るく、その心は優しかった。

 姫の噂を聞きつけて、真桜の里に降り立ったのが二人の神だ。

 彼らは姫を我が物にせんと、熱烈にアプローチをした。互いにつばぜり合いもし、やがてそれは里全体を巻き込んだ戦へと発展してしまった。

 姫がどちらかの神を選ぶまで、その戦は続くと言われるまでになった。

 故郷の地が荒れ果てていくのを嘆いた姫は、自邸の桜の木の前に二人の神を招いて言った。

「私の大切な故郷を蹂躙するあなた方のうち、どちらかを選ぶことは私にはできません」

 すると、一人の神が答えた。

「許してほしい。争いはもうやめる」

 もう一人の神も言った。

「どうすれば許してくれる?」

 姫は答えた。

「ここに穴を掘って下さい」

 姫が指差したのは桜の木の根元だった。二人の神は言われるまま、自らの手で穴を掘った。

 掘り終えた後、姫に言った。

「次は何をすればいい?」

「何でも言ってくれ」

 姫はそこで二人の神に凜とした口調で告げる。

 ………。

 ………。

 ………。


「聞いてるの、あわたちゃん」

 と、そこで倫子がビシッとあわたを指差す。

「あっ、はい。聞いてませんでした!」

「ぬっ殺す!」

 倫子はあわたの手から真桜文芸を奪い取り、自分の頭をスパンと叩いた。

「はい?」

 なぜ私ではなく、自分の頭を……?

 あわたが混乱していると、倫子は不敵に笑う。

「自分のミスで先輩が痛い目に合う。その方が心のダメージが大きいでしょ?」

 ああ、今日も綸子先輩は全開だ……。

 そう思いながらあわたは言い返す。

「じゃ、綸子先輩がミスをしたら、私は私を痛い目に合わせます!」

「やめた方がいいよ、あわたちゃん」とすかさず美帆が言う。「命がいくつあっても足りないから」

「そそ、そうだよ、自殺行為」

「その取引はイーブンじゃない。圧倒的に不利」

「気持ちはうれしいけど、私なら絶対選ばない選択肢ね!」

 欲しかったリアクションを受け取って(しかも全員からだ)、あわたはうれしくなる。このゆるゆるな時間と空間を次代に伝えていくためにも部誌はちゃんと作らなければならなきゃと思った。

「それで、テーマはどうなったんですか?」

「いい質問です。テーマは『さくら』と決まりました」

「さくら?」

「そう、さくらです」 

 倫子はうなずき、ホワイトボードを示す。そこには

「真桜町さくら探訪」

 と記されていた。

「この前の緒方塾による文芸部乗っ取り未遂事件を思い出して」

 ……事件にされている。

「思い出しました」

「あの時、緒方君をぎゃふんと言わせてコテンパンにやっつけてくれたのが、私たちの部長でした」

 ……スーパースターの緒方さん、コテンパンにやられたことになっている。「ぎゃふん」とか言ったことにもされてるし。

「そして、その時に使ったアイテムがさくらでしたね?」

「はあ。アイテムかどうかは別として……」

 桜の木の下には屍体が眠っている……だったか? その有名なフレーズを書いたのは坂口安吾か梶井基次郎かと部長はスーパースターの緒方さんに質問したのだった。緒方さんはなぜかそこで驚愕して……。

 桜の木の下かあ……とあわたは思う。

 ちょうどいま読んだ「ゲニウス・ロキ」とおんなじだ。桜の木の下に穴を掘らせて、姫はそれからどうするんだろう? 私を埋めなさいとか言い出すんじゃないだろうな。それじゃマジで桜の木の下の屍体だ……。

「ということで」と倫子が言う。「これ以上、文芸部に危機が訪れないようにとのお祓いの意味もこめて部誌でさくらを特集することにしました」

「具体的には何をするんですか?」

「町内のさくらスポットを訪ねて、それを題材に作品を書きます」

 と倫子は胸を張って言った。

「でもいま、六月ですよ」

 桜はとっくに散っている。花の咲いていない桜を見ても楽しくないだろうとあわたは思う。

「ふふーん。あわたちゃん、どうやらあなたは花を見ないと花見ができないタイプの人のようね」

「ふえ?」

 あわたはしばし混乱した。マジで戸惑い、素できょとんとした。

 花を見ないと花見ができないタイプて。

 花を見るから花見というのではないのか?

「あわたちゃん、あなたはいまこう思っています。花を見るから花見というのではないですか、知的でセクシーな倫子先輩」

「半分当たって半分間違ってます」

「うふふ。やだ」

 倫子は両手で頬を押さえる。

「いや、そっちは間違ってるほうですから。花を見るから花見というんじゃないんですか?」

「花を見なくても花見はできるし、実際に花見客のうち百人に九十九人は花なんて見ていません。単なる酔っ払いです」

 そこまで断言するのもどうかと思うが、あわたは倫子が何を言いたいのかは分かった。満開の桜の下で花を見ずとも楽しめるのだったら、花が咲いてなくても気持ち一つで楽しめる……要はそういうことなのだろう。

 それに花見レポをするわけではないのだから、別に花が咲いていなくてもいい。ましてや痩せても枯れても文芸部。想像力を駆使して花見を楽しめばいいだけのことだ。

 ということで、それぞれに手分けして真桜町のさくらスポットを探すことにした。部長はパソコンで、他の部員たちはスマートフォンで検索をかけた結果、真桜町には五つのさくらスポットがあることが判明した。


 その一 御桜神社境内のヤマザクラ

 その二 照桜寺境内のヤマザクラ

 その三 若咲川堤防のソメイヨシノ

 その四 町立運動公園桜広場のソメイヨシノ

 その五 私立サンノウ学院植物園のギョイコウ


「ヤマザクラとソメイヨシノは分かるけど、ギョイコウって何?」

 美帆が首を傾げる。

「黄色い桜みたい。サンノウ学院で特別に植樹したんだって」

 紗希がスマートフォンの情報を見ながら言う。

「ふーん。それって簡単に見ることができるの?」

「植物園は一般公開されてるし、無料だから大丈夫みたい」

「無料か。太っ腹だな、サンノウ学院」

「じゃ、この五つのスポットをそれぞれ分担して取材していく?」

 美帆が言う。

「で、でも、お話がふくらみそうなのは神社とお寺じゃないかな、うん。言い伝えがありそうだし」

「確かにねー。堤防の桜とか運動公園の桜とかだとロマンに欠けるわよね。植樹ってのも」

「さっき倫子がお祓いって言ったけど、それだったら神社かお寺の方がいいと思う」

 部員たちは口々にそう言った後、部長を見る。最終決断を下して欲しいという目だ。

「それでいこう」と岩志木は言った。「御桜神社と照桜寺、それぞれを訪ねて何か題材を見つける」

「はーい」

 部員たちが一斉に返事をした。


 誰がどこを担当するかはあみだくじで決めた。

 その結果、御桜神社を取材するのは岩志木・美帆・あわた、照桜寺を取材するのは倫子・春奈・紗希ということに決まった。

 あわたは倫子先輩が「えー。私、部長と一緒がいい。あわたちゃん、代わってよ。一生のお願いだから」とでも言い出すかと思ったが、それはまったくなかった。

(それもそうか。そんなこと言い出したらくじを引く意味がないもんね)

 それに、フェアでもなくなる。なんだかんだ言ってこの先輩たちはフェアなんだから……。

 取材は次の日曜日に行われることとなった。二班に分かれて、それぞれ担当の場所へ行き、思いのままに調べてネタを集め、後日それを文章にまとめあげる。小説でもエッセイでも、俳句でも詩でも、スタイルは何でもありだ。


 その取材先で、文芸部員たちはそれぞれに意外な人物に出会うこととなる。


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