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球技大会の二日後の昼休みのことだった。
それまでにぎやかだった二年三組の教室が静まり返ったのは、四組の坂本が入ってきたからだった。
一人を除く全員が昼食をとる手を止めて真桜高校のスーパースターに目を向ける。
「こんちはー。ちょっとお邪魔しまーす」
坂本が気さくな調子で挨拶し、歓迎の笑い声が湧く。女子の中には「坂本くーん」と手を振る者たちもいた。坂本も笑顔で手を振り返す。
教室を見渡したスーパースターは一人の人物に目をとめ、そのまま近づいていく。その人物は窓際の一番後ろの席で弁当を食べていた。
「一緒に弁当、いいか?」
「どうぞ」
岩志木は答えた。
岩志木の前の席が空いていたので、坂本はそこに腰を下ろす。
「お前、いつも一人でメシ食ってんの?」
「そうだ」
「ふーん」
そう言いながら坂本は自分の弁当箱を開く。
三組の生徒たちは「いったい何が起きてるんだ?」という戸惑いの目で二人のことを見ていた。
坂本と岩志木って仲良かったっけ?
いや、そうでもなかったはずだけど……。
それならどうして一緒に弁当を? それもわざわざ坂本の方から足を運んでまで?
そんなクラスメイトたちの思いをよそに二人は向き合って弁当を食べている。
坂本がふと顔をあげて三組の生徒たちに言った。
「悪い。おれのことは気にしないでくれ。みんなから見られてたら緊張して食えなくなるよ」
明るい声と笑顔で言われた生徒たちは同じく笑顔で返し、それぞれの昼食に戻る。
それに応じて教室内のにぎやかさも戻る。彼らの意識が離れたことを確かめてから坂本が低い声で言った。
「この前の球技大会。お前、おれのボールをよけるつもりはなかったのか?」
「そうだな」と岩志木は箸を止めてうなずく。「よけるつもりはなかった」
「怖くなかったのか」
「痛いだろうなとは思った」
「そっか」と坂本はうなずく。「無茶苦茶痛いぞ」
「だから外したのか?」
「あ、バレてた?」
「おれはずっとお前を見てたからな」
「ふーん」
しばらく二人は黙って弁当を食べ続けた。
「お前に怪我をさせたら、お前を好きな女子たちに恨まれるだろ?」
「かもな」
岩志木は肩をすくめた。
「はは。相変わらず面白いやつだ」
「坂本。一つ聞いていいか?」
「なんでもどうぞ」
「お前と緒方は仲がいいのか?」
「いがみあってはいない。会えば挨拶はする。ただ、つるむことはない」
「組むことは?」
「え?」
岩志木は坂本を見て言う。
「最近、お前と緒方の動きが気になる。うちの二年の部員たちにお前たちは関心を持っているようだ。理由を教えてくれるか?」
「……お前は面白いな」
「理由が教えられないなら、頼みを聞いてくれないか」
「言ってみろ」
「お前も緒方もスーパースターだ。お前たちを慕う女子はたくさんいる。うちの部員に対して、彼女たちから敵意を向けられることは避けたい」
「それはおれたちもそうだ」
「そっとしておいてくれたら助かる」
「確認させてもらっていいか?」
「なんだ」
「ホントにお前は、文芸部の女子たちに卒業まで手を出さないのか?」
「そうだ」
「……分かった」
「事情がありそうだな」
坂本はまじまじと岩志木を見る。
「なあ、文芸部部長」
「なんだ」
「お前は……その事情に心当たりはあるのか?」
「残念ながら、ないんだ」
「そっか。ふむ」と坂本は窓の外を見る。「そうなんだよなー。だから面白いんだよな」
そして岩志木に向き直ってウィンクをする。
「弁当つきあってくれてありがとう」
「いつでもどうぞ」
坂本は弁当箱に蓋をし、布でくるんで立ち上がった。
「じゃあな」
手を振りながら三組の教室を後にした。




