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六月中旬、真桜高校では二年生による球技大会が開催されていた。
男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバスケットボールだ。
真桜高校の二年生は五組まであり、その中で一組に在籍にしているのが春奈と倫子。三組が岩志木。五組が美帆と紗希だ。
つまり文芸部員たちはそれぞれ一・三・五の奇数のクラスに在籍していることになる。ちなみにスーパースターの緒方は二組で、坂本は四組だ。
女子の試合は早めに終わり、男子たちのサッカーを応援していいということになった。当然のことながら彼女たちは緒方のいる二組か、あるいは坂本のいる四組を応援するためにグラウンドに駆けつける。
……文芸部の女子四人をのぞいて。
すでに最後の試合は始まっており、対戦は三組対四組だった。
岩志木のいる三組と坂本のいる四組。
応援のほとんどは四組に集中することになる。三組の女子でさえそうだった。
「何よ。部長、出てないじゃない」
倫子が不満げに言う。
グラウンドで行われている試合には岩志木の姿はない。コートの外でのんびり座って、他の男子生徒たちと試合を眺めていた。
「あんなとこで何してんの? 部長って補欠なの?」
「部活じゃないんだから補欠ってのはないよ」
美帆が言う。
「部長が出るのは後半だよ、きっと」
紗希が言う。
「どうして分かるの?」
「サッカーは十一人でプレーするから。一クラスの男子は大体二十人でしょ? だから一試合につき九人が余ることになる。その人たちは後半戦に出ると思う」
「そっか。部長は余りだったんだね」
「言い方」
「でも、だったらこの試合、見てても仕方ないじゃない」
「それはそうだけど……ほんとハッキリしてるよね、倫子は」
美帆が苦笑する。
「クラスメイトと談笑している部長でも見てようよ。あれはあれでレアよ」
「そ、そうだね。うん」
文芸部の二年生女子四人は他の女子たちとは離れたところでかたまり、そんな話をしていた。
彼女たちの視線を感じたのか、岩志木が顔を向けて手を振る。四人も思わず手を振り返した。倫子はぴょんぴょん跳ねている。
「あなたたち、本当に仲がいいのね」
彼女たちの背後から声をかけたのは学原鏡子だった。
「あ、緒方塾」
倫子が言うと、
「名前で呼んでよ」
学原鏡子は苦笑する。
「何の用よ。またちょっかい出しに来たの?」
「出さないわよ。ただ、仲良くしたいだけ」
「仲良く? 仲良く? 私たちと?」
「そう」
「怪しさぷんぷん丸ね」
倫子はずけずけと言う。以前はカースト上位にいる学原鏡子には及び腰で接していたが、春奈への勧誘騒動をきっかけに態度を変えていた。
「そそそんな言い方しちゃダメだよ、倫子。せっかく言ってくれてるのに」
春奈が取りなすように言う。
「冗談よ」と倫子は肩をすくめる。「学原さん、私はそういうタイプなの。それで良ければ仲良くして」
「もちろん、それでいいわよ。私、そういうノリってけっこう好きだから」
「あっそ」
倫子はそっぽを向く。
「こりゃ倫子さん、照れてますな」
美帆が言い、紗希がうなずく。
「珍しいね。照れ照れだね。ちょっと萌えるね」
「うっさいわね、あんたたち」
春奈が学原鏡子を見てニコリと笑い、学原鏡子も笑顔を返す。
その時、女子たちの歓声があがった。
見ると、坂本がドリブルをしながらゴールに向かっているところだった。
サッカーのことを良く知らない文芸部員たちだが、それでも坂本のプレーが群を抜いていることは分かった。坂本はボールを奪おうと向かってくる三組の男子たちをすいすいとかわし、ゴールの遙か手前からシュートを放った。
「げ」
と倫子が声を出す。美帆と紗希と春奈は息を呑んだ。
坂本の蹴ったボールは唸りをあげるかのような勢いで真っ直ぐに飛び、その軌道上にいたディフェンダーの男子が思わずバランスを崩したほどだった。キーパーも頭をかばってしゃがみこむ。
ボールはネットに突き刺さるようにゴールへと飛び込んでいった。
「あれ、当たったら死ぬよね」
「うん、死ぬね」
「怖いわー、スーパースター」
「すす、凄いね、うん」
文芸部員たちが口々に言うのを聞いて学原鏡子が言った。
「どう? 坂本君、カッコイイと思う?」
「カッコイイよね」
「そうね、カッコイイ」
「イケメンだしなー」
「モ、モテるのも分かるよね」
文芸部員たちの返事に学原鏡子が首を傾げる。
「あら、意外。もっとディスるかと思ってた」
「どうして? 私たちがディスっていいのは部長だけよ」
凛子が首を傾げる。美帆が笑いながら付け足す。
「坂本君より部長の方がカッコイイんだから! とでも言うと思った?」
「……うん。そう思った」
「比べるもんじゃないしね」
「そ、それに部長、補欠だもん、うん。補欠部長」
そうこうするうちにまた坂本がボールを奪い、先ほどと同じようにシュートを決めた。坂本団を中心とする女子の間で歓声が沸くが、文芸部員たちはすでに興味を失ったようで、また部長の方に目を向けている。その岩志木はいつものように平静な顔つきで試合を見ていた。
やがて前半戦が終わり、五分間の休憩の後に後半戦が始まる。
「あ、部長が立った!」
「がが、頑張れー」
岩志木のポジションはゴールキーパーだった。
「あれは走りたくないから選んだポジションだよね、絶対」
「私もそう思う」
「部長、走ってるイメージないもんね」
「岩志木君はスポーツが苦手なの?」と学原鏡子が言う。「けっこうがっしりした身体してるのに」
「剣道三段だよ」と美帆が答える。「部長、中学まで剣道部だったから」
「そうなの」
「いまも道場に通ってる」
紗希が言う。
「へえ、そうなのね。剣道か。ちょっと意外」
「強いよ、あの人」
紗希が再び答える。岩志木の強さを実際に知っているような口ぶりだった。
ホイッスルが鳴り、試合が始まった。後半戦には坂本は出ていない。さすがに差がつき過ぎるので控えたようだ。
坂本は前半戦で瞬く間に三点を取った後、残りの時間は他のクラスメイトたちのアシストにまわっていた。相手チームからボールを奪い、味方にパスを出し、得点のチャンスを与え続けた。
それが実を結ぶことはなかったが、シュートを打った数で四組は三組を圧倒していた。自分だけがイイトコ取りをしないこともスーパースターとしての資質なのだろう。
その坂本が抜けた後半戦では三組が巻き返した。三組にはサッカー部員が数名いて、彼らの活躍で三点を取り戻したところで試合終了のホイッスルが鳴る。
「部長、出番なしだったね」
「あれってさ、廊下に立ってなさい状態だよね。部長、見せしめの刑」
「ここ、これで試合は終わりなの? 三対三の引き分けだよ?」
「PK戦するんじゃないかな」
と紗希。
「サイコキネシス?」
倫子が首を傾げると美帆が鼻を鳴らした。
「どうして超能力バトルが始まるのよ」
「あ、あっぱりPK戦だ!」と紗希がゴールを指差しながら言う。「ああやってお互いにシュートし合うの。五人が蹴って、それで得点の多いほうが勝ち」
ゴールの前では四組の生徒がキーパー役として立っていた。その前方に三組の生徒がボールを地面に置き、その上に足をのせている。
「えーと、ということは、四組がシュートする時は部長がキーパーとして登場するってこと?」
「そうだね」
「わお! 見せ場ちゃんと用意してんじゃん。廊下に立たされてたくせに」
「別に立たされてたわけじゃないけどね」
審判役の体育教師が「サドンデス!」と叫んだ。
「なにあれ? ポケモン?」
「違うよ。どちらかが点数を勝ち越した時点で終了ってこと」
「ふーん」
最初にボールを蹴る三組の生徒はサッカー部員だった。少し緊張しているようだが、斜め左上にシュートを放ち、一点を先取した。
「あれで次に四組がシュートをして外したらサドンデスで試合終了。三組の勝ちってこと」
「でもそれ、無理っぽいね」
倫子がグラウンドを見ながら言う。
「……そうだね」
ゴールキーパーの岩志木に対峙するように立っているのは坂本だった。ボールを指先でくるくると回している。
「何よ、あの不遜な態度。隕石でも落ちてこないかな」
「しっ、倫子。声が大きい」
美帆がたしなめた。
緒方塾は文芸部に対して一目置くようになっているが、坂本団とは接点がないままだ。批判めいたことを口にしたら敵視される。
「ちょっとあなたたちにはつらい場面になるかも知れない」
学原鏡子が言った。
「どど、どういうこと?」
「坂本君はね、PK戦ではいつもまっすぐに打つの」
「それって」と紗希が眉をひそめる。「キーパーを狙ってってこと?」
「そう」
「ほう」と倫子がうなずく。「じゃ、あの殺人シュートを部長に向けてぶっ放すってことね?」
「そうなるわね」
「ふーん」
倫子は冷静に答える。
「坂本君のシュートをまともに受けようとするキーパーはいない。身体が反射的に逃げてしまうから。サッカー部同士の試合でもそうなの」
「じゃ、部長死ぬね」
「死なれたら困る」
「少なくとも保健室行きだね」
「い、痛いだろうね」
「部長が鼻血ぶーかあ。それもまたレアだわー」
「誰か、ティッシュ持ってる?」
「私、持ってる」
「じゃ、大丈夫だね」
「救急車、呼ぶことになったら誰が乗る?」
「私」
「私」
「あ、私も」
「そんなに乗れるの? 走って追いかけようよ」
「あ、その方が青春ぽくていいね」
口々に言い交わす文芸部員たちに学原鏡子は呆れたような声を出す。
「どうして怪我をする前提なの? 岩志木君がまともにシュートを受けるってこと?」
「だって部長野郎だしね」
「それは坂本君に対抗意識を燃やしてってこと?」
「違うわよ」
倫子が肩をすくめる。
「うん、違うよ」
「違うね」
「あのね、学原さん」と美帆が言う。「それは全然違うのよ」
「どういうこと?」
「うちの部長、誰かに対抗意識を燃やしたりってことはしない」
「そうだね、しないね」
「でもいま、坂本君のシュートから逃げないって……。それは?」
「あ、あのね。わた私たちが見てるからだよ、うん」
「え?」
「ぶ、部長は私たちの前でカッコ悪いとこ見せない人なの」
「いいカッコしいなのよ。この前も緒方塾でカッコつけてたでしょ」
「………」
学原鏡子が思わず黙り込むと美帆が苦笑しながら言った。
「表に出ろってやつ」
「ああ、うん」
「大丈夫よ。あの時、緒方君が応じていても私たちが止めたから」
「そう」
「あとね、部長ははっきり言って坂本君には興味がない。だから対抗意識もない」
「……それは緒方君に対してもということだよね」
「そうね。私たちと一緒」
その言葉に学原鏡子は思わず、といったかたちで「あはははは」と声をあげて笑う。
「あなたたちは徹底してるのね」
ゴール前では三組のサッカー部員が岩志木に何かを言っている。時折り坂本の方を示しているところを見ると、おそらくは「キーパーを狙ってシュートを打ってくるから気をつけろ」とでも言っているのだろう。岩志木は肩をすくめてうなずいている。
やがてホイッスルが鳴り、ボールを置いた坂本が数メートル下がる。そして身体を軽く浮かせた後、リズムをつけて足を踏み出した。
その動きに合わせて岩志木が軽く腰を落とし、両腕でガードの構えを取る。その目はまっすぐに坂本を見ている。
坂本の左足が地面を踏み、右足が後ろに伸びた。そしてボールが力強く蹴られる。
ボールはまっすぐに岩志木に向かっていく。
「!」
文芸部員の四人を除く全員が、岩志木が頭を守りながらボールから逃げると思った。ボールの直撃を食らって昏倒する様子を思い浮かべた者もいた。
しかしそうはならなかった。岩志木は微動だにしなかった。しかしボールの直撃を受けることもなかった。
坂本の放ったシュートはギリギリで岩志木をかすめてゴールを直撃した。
しばしの静寂の後、ゴールインを告げるホイッスルが鳴る。
岩志木はガードの構えを解いて背後に転がるボールを拾った。そして次にシュートを打つクラスメイトに渡した。
「え?」
学原鏡子はそこで気づく。文芸部員たちが全員、腰を抜かしたかのようにしゃがみこんでいた。
「ど、どうしたの?」
と言うと、紗希が弱々しく笑いながら言った。
「あはは。ホッとした……」
結局五対四で四組が試合を制した。
坂本の活躍ぶりが話題にのぼったのは当然だが、岩志木という男子生徒もほんの少しだけ話題になった。坂本のシュートをよけなかったことについて、あれは勝負をしたつもりだったのか、それとも恐怖で立ちすくんだだけだったのか……と。
おそらく後者だろう、勝負をするつもりだったらボールを取りに行ったはずだし……という意見が多かったが、間近で見ていた三組と四組の男子たちは違う意見だった。
坂本がキーパーを直撃するシュートを放たなかったのはなぜかという疑問も出た。
それに関しては、
「相手が普通の生徒だから、手加減をしたんだろう」
ということで誰もが納得した。




