プロローグ
真桜町は中部地方の山あいにある小さな町だ。
三方を山で囲まれ、町の中に二つの川が流れている。それぞれの川の上流には神社と寺院がたたずむ。どちらの古刹も桜の名所となっている。
町のキャッチフレーズは「小春日和の小京都」。
冬でも晴れている日が多く、地形が京都に似ていることからそんな愛称がついた。
気候が穏やかなだけではなく、土地柄も穏やかだった。凶悪な犯罪はもう数十年も起きていない。
町内の人口は約五万人。毎年三百人前後の子供が生まれる。そのうちの七割は中学校を卒業した後、町内にある公立の真桜高校に進学する。
真桜町にはこの真桜高校の他に私立のサンノウ学院があり、こちらに進学するのは二割。残りの一割は隣の市にある高校へと進む。
その真桜高校には二人のスーパースターがいる。
一人は緒方道祐。
超が二つ三つつくほどの秀才で、入試の点数がオール満点。入学後の中間・期末はもとより、授業で行われる小テストにいたるまで、テストと名のつくものはすべて百点を更新し続けている。
現在は二年生。秀才にありがちな人を見下すタイプではなく、性格は穏やか。勉強で悩むクラスメイトの女子にわかりやすく教えたことがきっかけで「私も私も」という女子生徒たちが増え、やがて放課後は緒方を教師役とした居残り勉強をする集団ができた。誰が名付けたか、その集団はいつしか「緒方塾」と呼ばれるようになった。
塾生はすべて女子で固められている。
もう一人のスーパースターは、同じく二年生の坂本暖。
彼はスポーツが万能で、身体能力の面で超が二つ三つつくほどの人間離れした動きを見せる。新入生の仮入部時、サッカー部・野球部・陸上部・バスケットボール部・テニス部に一日ずつ入り、誰もが度肝を抜くようなパフォーマンスを見せつけた。「ぜひ、うちの部に」という申し出をすべて受け入れ、日替わりでそれぞれの部に顔を出している。それが入部の条件だった。
普通なら反感を集めるところだが、坂本の実力の前では誰も何も言えなかった。真桜高校の運動部は県内において存在感が薄かったが、坂本が入部をして以来、あらゆる大会で優勝候補校となったのだった。
この坂本もまた性格が良く、人望もあった。当然、女子たちからも熱烈な思いが寄せられ、いつしかできたのが「坂本団」というファンクラブだ。もちろん、彼の名前をもじったものである。
団員はすべて女子で固められていた。
緒方も坂本も二年生ということから、真桜高校の二年生女子はほぼ全員が緒方塾か坂本団に入っている。なかにはどちらにも所属している者もいた。
ただ、すべての女子が「塾生」もしくは「団員」あるいはその両方だったかといえば、そうではない。例外が四人いた。
その四人は緒方にも坂本にも関心を持っていなかった。
彼女たちは等しく、一人の男子生徒に思いを寄せていたのである。
その男子生徒は真桜高校文芸部の部長を務めていた。
名を、岩志木星児という。