4
『魔封じを施されているだけあって、アレの気配もせぬわ……その瞳を見なければ気づかないままだったな』
ふと、幼子に目を戻せば、蒼白な顔色のまま口をパクパクと開閉し続けている。その間、何度も焦ったように喉のあたりを確かめていた。
『……ふむ、今度は言葉か。この呪いをかけたやつはこやつの存在を滅したかったのかもしれんな』
「どういうこと?」
『特定の事柄を語れないようにされているのだろう』
「自分に関することとか……?」
自分の存在を語れない。証明できない。その瞳の色で王族と気づかれたとしてどう扱われただろう。ぼろをまとったみすぼらしい子供。曰くありの王族。谷に落とされなかったとしても、望まぬ人生を歩むことになったかもしれない。
ややあって、幼子は肩を震わせ目を伏せた。
「そんな……そうだ、エデンを呼んでみようよ。何か知っているかもしれない」
とはいえ、なぜか私のそばを離れないディーとは違って、エデンは気まぐれだ。呼んだからと言って、すぐに来てくれるわけではない。
「星が見える夜なら……」
私が持っている「魔法」を使えばエデンに伝わる。この世界では一人一人に固有の魔法が与えられている。私の場合は、「星の魔法」らしい。星の魔法は、文字通り星に力を借りる魔法だ。天の星の光が私に届いていないと使えない。この谷底でもはっきりと星の瞬きが届くくらいの夜でなければ。せめて崖の上であればもっと使いようがあったのに。
「私、今夜、上に行ってくる。ディーはこの子を見ていて」
さすがに崖の上まで連れてはいけない。夜には獰猛な獣がうろつく。うまい具合に星の力が使えればどうにでもなるが、万が一曇っていたりでもすれば自分のことだけで精いっぱいになってしまう。
『サチが望むなら、我がそれを守ってやってもよいが』
「ううん、エデンは呼んだってすぐには来てくれないもの。魔法を放ったらすぐに降りてくるつもり。だったら、ここで待っているほうがいいでしょ?」
威勢は良かったがやはり無理をしていたのだろう。幼子は、今ではすっかり元気をなくしていた。
「お腹すいていない? 何か食べられるものを用意するわ……」
そこまで言って、相手は王族かもしれないことを思い出す。言葉遣いは今さらだが、
「王宮の食事には及ばないけど……」
と付け加えた。
「いらない……」
予想通りの反応に肩をすくめる。
「とりあえず、小屋に戻りましょう。ここは冷えるわ」
彼がまとっているぼろ布では、この気温には耐えられないだろう。震える肩を見てそう思う。
「捨ておけ!」
まだ、そんな元気が残っていたのか。幼子が私の差し出した手を振り払った。駆け出そうにもうまく力が入らないのだろう。そのままへたり込むと、悔しそうに大地に爪を立てた。
「いくわよ!」
見ていられない。王族だか何だか知らないが、こんな谷底で不敬も何もありはしない。本日二回目になるが、強引に彼を抱え上げると暴れるのをそのままに小屋の中へと連れ戻った。