姉の話.5
次の日も空は晴天だった。
ツヅメは期限が短くなった保存食を噛り、簡単な朝食を済ませた。
ミミは未だに宙を見上げたままだったが、体を草の上に横たえている。
エレナが来るまでの間にツヅメは再度香水をミミに吹きかけた。
しばらくして街の方から人影が見えた。
しかしそれは昨日とは違っていて、何やら複数人の大人の影だった。
それに気づいたミミがエレナの姿がないことを口にしたが、ツヅメは表情を変えることはなかった。
やがて二人の前に現れたのは壮年の男性が四人と初老の女性が一人。
うち二名は衛兵のようで全員が全員訝しげな表情を浮かべ、男性に至っては武器を手にしていた。
ツヅメはただ穏やかに木に寄りかかりながら、五人の来訪者に話しかけた。
「こんにちは。今日は大人数なんですね」
五人は皆口を噤んだまま、目の前に座る青年と死んだはずの娘を見つめた。
ミミはその様子を少し離れたところから、腕組をして見ていた。
初老の女性が口を開く。
「今日あの子はここに来ません。朝早くに別の街へお使いに行かせましたから。だから来ません。あなた方は今すぐここを立ち去ってください」
ツヅメは少し間をおいてから、ため息をひとつついて俯きながら顔をかいた。
「約束がありまして。もう少しだけお時間をいただくことはできませんでしょうか」
そう言い切る前に初老の女性が声を荒げる。
「あなた達が何をしているかはわかっています。私はエレナの母親です。そして、そこにいるエレインの」
母親だという人物はミミにむけて手をかざした。
ツヅメはちいさく「そうでしたか」と呟き続ける。
「今日約束をしているのをご存知でしたか。お姉さんともう一度お話がしたいと依頼を受けましてね。あなたの娘のエレナちゃんから」
「娘の名前を軽々しく口にしないで!」
母親はさらに声を大きくした。
「あなた達のような得体のしれないものが口にしないで!死人を生き返らせる方法などあってたまるものですか!あなたのように異型に手を貸すような穢れたものが死を愚弄しないで!」
母親は息を切らせながら吠え、ツヅメに拳を振りかざさんと近づいた。
それを衛兵が取り押さえる。
「死人を、死人が生き返ったように動き出すのは全てあなた達の仕業なのね!そうして取り入って人を殺すの!卑怯者!お前のような穢れたものがいるから!」
興奮する母親を男たちが止め、変わりに衛兵が一人前に出る。
「本当に貴様が死体を生き返らせたのか?」
「ええ。そうです」
ツヅメの表情は変わらない。
「もうひとつ聞く。それは異型の産物か」
「ええ」
答えに衛兵は表情を曇らせる。
「貴様も知っているな。世の異型が死んだ人々を動かす術を使い多くの人を殺しているのを」
「知っています。しかし僕達は危害を加えることはありません。ただ亡くなった人にもう一度会いたいという願いを叶えるためにそうしているだけです」
ツヅメは冷静に答えたが、またしても母親がその声を遮る。
「嘘をつくな!お前は、お前たちは殺した!私の夫を!戦場に行った夫は戦死したと聞いたわ!異型との、他国との戦いで殺されたって!仲間をかばって死んだって!私も、娘たちも泣いたわ!ずっとずっと泣いていた!生まれたばかりのエレナを残して逝ってしまったのよ!でもね、数ヶ月後の夜、...あの人は帰ってきた。夜中に、扉を開いた時どんなに嬉しかったことか。...だけど違ったわ。ええ違ったの!家に招き入れてすぐ、娘が近づいたわ。嬉しさで飛びついたのよ。私もそうしようとした。でも、そうしたら彼は何をしたと思う?娘の、エレナの、エイレンの姉の首を握ったの。片手で。そして、そのまま潰したの」
母親はその場にへたり込んだ。
周囲の男たちも手をほどく。
慟哭だけがその場に響いた。
ツヅメの目の前の衛兵が、口を開く。
「私はその日の晩、たまたま彼女の旦那を目にしたんだ。目を疑ったよ。まさか私を助けて粉々になった人物が目の前にいたんだから。最初は見間違いだと思ったさ。だがそいつは彼女の家に、元々自分が住んでいた家に入っていったよ。そのとき思い出したんだ。異型が死体に寄生して人間を殺すことを。それと同時に悲鳴が聞こえた。急いで家に入ると、後はわかるな。私は自分を助けた人間を自分の手で殺したんだ」
衛兵の声は震えていた。
その瞳は目の前の青年を見ていたのか、ツヅメにはわからない。
「わかったらすぐ立ち去ってくれ。私に、いや、彼女の家族を何度も殺さないでくれ」
昨日と変わらない暖かな風がミミの髪を揺らす。
彼女から舞った花の香りがツヅメを通り過ぎた。
「わかりました。では僕らはここから去りましょう。エレナちゃん、いえ依頼人にはお伝え下さい」
そういってツヅメは静かに立ち上がった。
それに合わせてミミもツヅメに近づいて旅の荷物を手にする。
ミミは華奢な体に似合わない大きなリュックサックを担ぎ上げた。比べてツヅメは小さな荷物をひとつと杖を手に持った。
「待て」
姿を消そうと五人から背を向けたところで、先ほどの衛兵が声を上げた。
「彼女の娘の体を置いていけ」
ミミは首を傾げて衛兵を振り返った。
しかしツヅメは振り返らない。
「先ほど彼女も言っただろう。死を愚弄するな。娘の体を置いていけ。術を解け」
「それは出来ない」
ツヅメはキッパリとそういった。
それから振り向いてにこやかに言った。
「依頼人との約束でしてね。お姉さんに合わせる対価として、泊まるところを一日、それと体を一生頂いたものでして」
それだけを告げると方向を変えて森の中へと勢いよく走り出した。
後ろから男たちの叫ぶ声が聞こえ、少し遅れてから女性の声が混じった。