姉の話.2
「失礼失礼、本当にごめんねエレナちゃん。すっかり忘れてしまっていてね」
「いえ、とんでもないです」
ツヅメが申し訳無さそうに苦笑いをしながら謝罪をした。
それを見てエレナは眉をひそめながら答えた。
あのあと、全裸のミミにエレナから手渡されていた服を着せてから三人は墓場から少し離れた場所で座って話をしていた。
そこからはエレナの住んでいる国の城壁がよく見えた。
日は少し傾きかけていたが、まだまだ暖かかった。
「私はお姉ちゃんともう一度会えただけでも満足です。ね、お姉ちゃん」
エレナは姉の姿をしているミミに向かって微笑みかけた。
ミミは微笑む彼女をじっと見つめて、「おう」とだけ言った。
「エレナちゃん。先程も言ったけれど、君のお姉さんはまだ記憶が曖昧なんだ。だからもう少しだけ待ってほしい」
「はい、大丈夫です。お二人がいてくれるなら、お姉ちゃんのためならどれだけでも待てます!」
「ははは、ありがとう。ずっとここにいるという訳にはいかないけれど、いられる限りは長居させてもらうよ」
「はい!」
エレナは出会ったときとは雲泥の差で、笑顔で返事をした。
ツヅメとミミが街にたどり着いたのは昨日のことだ。
旅の疲れを取るためと食料を買うために立ち寄った。そして食料を買うついでに店の人間に墓地の場所を聞いた。
店主の男性は訝しげな様子をしていたが、昔の友人の墓参りだと告げると暖かく教えてくれた。
墓地は城壁の外にあるようだったので、ツヅメはそのままの足で言われた場所まで向かった。
到着した墓地はツヅメたちが街へ入ってきた門とは真逆にあり、森との境目の小高い丘の上だった。
いくつも並んでいる墓のひとつ、比較的新しいそれの前にエレナは立っていた。
遠目で彼女に気づいたミミがツヅメに合図を送り、二人と一匹は出会った。
エレナからはいろいろな話を聞いた。
街がずっと昔からあること。
彼女の家が小さな宿を経営していること。
数日前に姉が亡くなったということ。
涙ながらに話した彼女に、ツヅメはひとつ提案をした。
お姉さんにもう一度会わせてあげる。そのかわりに一日宿を借してほしいと。
エレナは半信半疑であったが、宿を貸す分には困ることもないので承諾した。
そうしてその日は彼女の家の宿に泊まり、朝一番に再び墓地へやってきたのだった。
「そうだ!わたしお姉ちゃんとツヅメさんにお食事お持ちしたんです。一緒に食べましょう!」
エレナはここに来る際にバスケットを持っていたが今は手元にない。
姉と出会う前に墓前で手を合わせたとき、そこに置いてきてしまったようだった。
それを思い出したエレナは「待っていてください」というと走り出した。
彼女の足音が遠くなってから、ツヅメはミミに話しかけた。
「ミミ。君さあ、もう少し優しくできないのかい?」
「どういうことだ」
「あのねえ、エレナちゃんは亡くなったお姉さんに会えたんだよ?それなのにロクに話もしないじゃないか。それじゃあ彼女が可哀想だよ」
ミミは小さく唸った。
「そういうものか。よくわからない」
「分からないじゃないよ」
「私は人間とは別の生き物だ。人間らしくすることは難しい」
今度はツヅメため息をついた。
「ミミ。君が人間とかけ離れた生き物だっていうのわかるよ。誰が見たってそうさ。獣の耳だけがまるで髪飾りのように地面を這ったりしているんだもの。そりゃあ人間ではないよね」
「わかっているじゃないか。その通り、何度も言ったが私は寄生生物だ。死んだ人間に取り付き、そこから養分を吸って生きている。だから人間の気持ちわからない」
今のミミは人間の姿、エレナの姉の姿をしているが、これはミミの本当の形状ではない。
ミミは寄生生物。
獣の耳のような形状をし、通常は地面を這うなり、死んだ小動物などに寄生して移動する生き物だ。
何かの菌類の突然変異種だろうか、それともまったく新しい生き物なのかは分からないが、彼は旅を共にしている。
いや、しなければならないといったところだった。
ミミはツヅメにも寄生している。
もちろんツヅメは死んではいない。
だがミミの本体である核の部分がツヅメの体内に存在し、一心同体となっていた。
道中では専ら彼の腕や肩からひょっこり猫の耳が生えるという異様な風体だった。
どこにあるかはわからないが、声を出す器官は存在しているようで、傍から見ればツヅメが一人芝居をしているようにも見える。
そして、彼の体から栄養を頂戴して生きている。
「そう言うけどさ。君は寄生した物の記憶を読み取れるんだろう?少しは人間らしくなれるんじゃないかな?」
「こんな短時間でできるものか」
「それだったら努力するんだね。僕らは宿まで借りてるんだよ。少しでも彼女の悲しみを癒してあげることだ」
「宿はお前の体のためだろう?」
「じゃあミミはその死体から君は栄養をもらってないっていうんだね?」
「減らず口ばかり叩くな。殺すぞ」
「どうぞご自由に。その姿で僕に勝てるかね?武器もなしに」
余裕綽々な笑顔を見せるツヅメ隣で、ミミはまた小さく唸った。
「ま、もう少しうまく会話することだね」
遠くから走ってくる足音が聞こえ、ツヅメは話を打ち切った。
「おまたせしました!」
息を切らせながら戻ってきたエレナはまるで疲れなんて知らないように、そのままの勢いでテキパキとバスケットから小さな箱や小皿を取り出した。
中身はサンドウィッチのようだった。
「私が作ったので不格好かもしれませんが、どうぞ召し上がってください」
「ありがとう。いただくよ」
ツヅメは小皿とサンドウィッチを受け取った。
「お姉ちゃんも食べてね!」
「おう」
続いてミミも受け取ったが、ニコニコと笑うエレナとは別にツヅメから嫌な雰囲気も受け取ってしまった。
「...ありがとうエレナ。いただく、ね」
「うん!」
それからしばらく三人は食事と会話を楽しんだ。
そして、段々と空が夕日に染まる。
「少し肌寒くなってきたね。エレナちゃん。今日はそろそろ帰ったほうがいいよ。明日また会おう」
ツヅメがそう言うと、楽しそうに話していたエレナは不思議そうな顔をした。
「明日?今日は宿に泊まらないのですか?一日と言わずにもっと泊まって大丈夫ですよ?」
ツヅメは首を横に振る。
「ありがとう。エレナちゃん。でも今日はやめておくよ。君のお姉ちゃんがいきなり街に、それも君の家にやってきたら皆驚くだろう?だから今日大丈夫。また明日会おう」
ツヅメ宥めるように言ったが、エレナは暗い顔をしていた。
それからエレナはミミの姿を見つめる。
ミミもそんな彼女を見つめていた。
「...わかりました。ではまた明日必ず会いに来ます!約束です!ね、お姉ちゃん!」
そういってエレナは小指を差し出す。
ミミはその行動の意味はわからず、首をひねった。
「約束するときはこうやるんですよ」
エレナはミミの手を取り小指を結ぶ。
「約束。ね?お姉ちゃん」
ミミはコクリと頷いた。