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結.プロローグ

毎日見ているはずなのに今日も怖い。

とても。


暗い暗い、夜。


それは、ずっとずっと続いていて一寸先すら見えないような本当の暗がり。

顔を上げた僕の瞳では星のひとつさえ、月さえ見つけることはできないほどの闇が、ずっと。


見えていないということは、誰だって感じる一生消すことのできない恐怖。


そこに何かがいるかもしれない。

さっきまで僕と話していた人はどこ?

もういなくなった後なのかもしれない。

今、聞こえてくる声は誰?


それに暗闇は、時間が流れているのかすらもわからなくする。

それは自分が何者なのか分からなくなるような、終わりのない時間。


「うまかったか?」


不意に聞こえた声で僕は現実に戻された。

焚き火の音が小さく静寂の中で響いている。

少女のような若い声の残響と虫の音が、草木が擦れる音が、耳障りよく重なり合った。


「どうした?ツヅメ」


声の主は僕と一緒に旅をしているものだ。

名前はミミ。


「うん。とてもね」

「それはよかった」


いつものようにミミは鼻を鳴らすような音を出した。

それから草木を踏み鳴らして、調理に使った道具を鞄に詰め込む音がした。

得意になっているであろうミミに対して、僕は少しだけ茶化す。


「だけれども、僕はもっと味の濃い食べ物も食べたいなあ」


そんな僕の言葉に、ミミはまるで人に慣れた魚のように食いついてくる。


「なんだって?それは駄目だね。あまり濃い食事をとっているとろくなことが無いよ」

「と言うと?」

「味覚は鈍るし第一健康に悪いのさ。それに、そう言うんなら君がもっと稼いでくれなければいけないだろう?」


ふいと軽口を返されて、困ったように小さく苦笑いを見せた。


僕を言い負かしたことでさらに得意になったミミは、再度「ふふん」と鼻を鳴らした。


冷たい風がそっと肌を撫でる。


「そろそろひと雨来そうだね」


ミミはそういって、僕の腕に身を寄せた。

皮膚を通じて優しい温もりが僕に移る。

薄く漂っていた春の花々の匂いの上にミミの香りが混じって、やがてそれだけになった。


僕はコクリと頷いた。


「ツヅメ。どうする?」

「そうだね。ちょっと休んでから進もうか。少し眠いし」

「今休むの?雨が来るっていうのに」

「言われたらそんな香りがするけれどね」


ミミに混じって土埃ような、雨が降る前特有の臭いが微かに鼻についた。


「向こうの空はとても暗いよ。絶対にひと雨くるさ。それもとっても強いのがね。さっさと進んだほうがいい」


ミミはそう言うと少し間を空けて、僕の腕から離れていった。

焚火を消す水音が聞こえる。


「やっぱり休んでから進もうか」

「ええ!?」


ミミは「どうして?」「今すぐたたなきゃ濡れちゃうよ!」なんて喚いていたが、僕は静かに答えた。


「何も今ということはないよ。雨から逃げたっていつかは僕らに追いつくさ。それに休めるときには休みたい」

「そうはいってもなあ......」

「ミミ。僕らにはまだまだたくさん時間があるだろう。急いで進んだってしょうがない。それに、向かう先って特にないんだから。気ままにいこう」


ミミは納得いかないように唸っていたが、僕は気にせず体を横にした。

浮かんでいた土埃の香りがよりいっそう強くなる。

それは雨が近づいているからなのか、ただ単純に地面に近づいたからなのかは分からない。

ただ満腹にまどろむことで、ゆっくりと思考が廻らなくなる感覚だけを味わった。


「ミミ」

「ん?」

「おやすみ」


ミミが小さく承諾の声を発すると、僕は僕の夜に堕ちていく。

...まだまだ時間はたくさんある。

急いで進む理由もない。

行くあてだって勿論ない。

僕らがこれから進んでいく道はどうなっているかすらわからない。

明日死ぬかも知れないし、今日死ぬかもしれない。

だったら、今を少しでも有意義に。

一点に止まって恐怖に慄いているばかりじゃ勿体ない。

一寸先は常に闇なのだから、思うがままに進んでいくだけなんだ。

ただ、固く踏みしめられた土の道は僕の後ろにずっと続いていることだろう。

これからも僕らの旅はずっと続いていく。


「あちゃあ...こりゃ結構早く降ってきそうだな...」


そんな声が聞こえた気がした。




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