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コメディ系短編小説

革ジャン仏の不満

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

 山中

家主。


 革ジャンの霊

幽霊。山中の両親の仏壇に突如現れる。

「クソッ、んだよこれ…クソッ、クソッ…舐めやがって…クソッ…」

 黒い仏壇の観音開きの中で、革ジャンにジーンズというロックな服装をした男が体を丸めて収まっていた。そこへ、この家の主である中年の男が襖を開けて入ってきた。

「どうですか? 御加減は?」

 家主の男・山中(やまなか)は、革ジャンの男の前で正座をして聞いた。

「良いわけねぇだろ! こんなクソ狭い空間でよぉ! こんな風に体育座りの強化版みたいな窮屈な姿勢でよぉ!」

 革ジャンの男は仏壇の中で喚く。仏壇はピクリとも揺れない。

「はぁ…ならそこから出ればいいんじゃないですか?」

「それは無理だ。俺は仏さんだぞ?」

「仏さんとは思えない有様なんですけど…」

 お察しの方もいるだろうが、革ジャンの男はもう既に息を引き取っている故人…つまり『仏さん』である。

「そりゃ仏さんだって元はお前と同じ人間だぜ? 感情のある人間だったんだぜ? 不満の一つや二つは持つだろ?」

「まあまあ、そうですよね。それはわかります。同じ人間として…あ、今は違うか。」

 山中は、仏壇の前で頷いた。

「それから、これ。昨日置いた供え物の饅頭。これ食ったから新しいやつくれ。」

 革ジャンの霊は、()(もつ)(だい)の上に置かれた団子を示す。

「あ、はい。わかりました。しっかし驚いたな。饅頭が幽体離脱するんだもん。」

 山中は革ジャンの霊が饅頭に手を伸ばして摘まみ上げる光景を目撃した。その際、饅頭は浮かび上がらず、饅頭の中からもう一つの饅頭がすり抜けるように現れ摘まみ上げられるのを目撃していた。

「物にも魂が宿るって言うだろ? あれは俺みたいな幽霊が触った瞬間、幽霊仕様に変換されたヤツが出てくるんだよ。」

「え⁉ そうなんですか? なんかすごい事聞いちゃった。」

「でもたま~に失敗してそのまんま掴みあげちゃうんだよ。それが所謂”ポルターガイスト”ってやつ。」

「そんなに深い意味無かったんだあの現象…」

 怪奇現象の思いがけない真相に山中は絶句した。

「そんなことより早くお供え物くれよ。」

「あーはい。わかりました。少々お待ちください。」

 山中は襖を開けて仏間を後にする。一人だけ…正確には幽霊なので「一”人”だけ居る」と言えるのか微妙だが、革ジャンの霊だけが残された仏間には沈黙が流れる。

「やっぱり死ぬと痛みを感じないのか…」

 長いこと窮屈な恰好をしているが、体には痛みは無い。窮屈なのは精神的な方だけだ。

「お待たせしました。新しいお供え物です。」

 山中は新しい供え物を供物台の上に置いた。

「おう。来た来た。おーはいはいはい…あーなるほど。そうね、そうなるよね。やっぱり結局そうだよね。」

 革ジャンの霊は不満気だった。

「どうかされました?」

「そうだねぇ…お前さんにとって、お供え物といえばなにを想浮かべる?」

「あーそりゃまあ。このリンゴとか、さっきのお饅頭とか。果物と和菓子が一番に思い浮かびますね。」

「そうだよな! そりゃそうだよな! それが一番メジャーだな。供え物界隈では。」

「”供え物界隈”ってなんですか?」

 革ジャンの霊は観音開きの中で体を縮こませたまま声だけを張り上げている。

「お前さんさぁ、なんでも食えるレストランに行ったときさぁ、何を食べたいよ? 思いつくままに教えてよ。」

「はあ…お肉とか揚げ物とか、麺類とか食べたいですね。」

「でしょ? お客様として行くってことはそういうの食べたいから行くんだろ? だから俺もそういうの食べる権利あるでしょ? お客様でしょ? 俺。」

「あんた勝手に来たんでしょ! ここに!」

「肉とか麺類とか…出せよ!」

「出さないですよ! 知らない変な仏に!」

「もっとバリエーションを出せよ! 料理に!」

「”料理”ってなんだよ! 私はあんたのシェフじゃないんだよ! 和菓子と果物で妥協しろや!」

「あとお前、封は開けた状態で供えろよ! 仏にゴミ処理までさせるのかお前は!」

「後で私が食うんだよ! 湿気るだろうが!」

 仏と思えぬ傲慢且つ支離滅裂な理論に思わず口調が荒くなる山中。もはや倫理観の面では人と仏の立場が逆転していた。

「お前! 仏に対してなんだその言葉遣いは!」

「あんたに言われたくないよ! 大体あなた不法侵入でしょ? 他人のくせに勝手に人の家に入って、私の親の仏壇の中に入って…」

「不法侵入ではないよ?」

「どうせ『俺は幽霊だから法律が適用されません』とか言うんでしょ?」

「違う、違う、違う。許可得てるから俺は。」

「は?」

「この家の元家主。」

「まさか…死んだ親父?」

「そう。」

 革ジャンの霊は、深々と頷いた。

「なんでこんな奴うちに入れたんだよ…」

 山中は得体の知れない革ジャンの霊を自分たちの仏に迎え入れるという両親の支離滅裂な決定にあきれ顔を浮かべた。

「あなたの親御さんの許しは得ているんですよ? 俺は。」

「あーそうですか…あ、そうだ! 私の両親はどうしてるんですか⁉ 本来ならこの仏壇、私の両親が収まってるはずですよね?」

 知らない霊が急に存在していたことの驚きで本来この仏壇に収まっているはずの両親のことを失念していた。

「親のこと、知りたいか?」

「そりゃ知りたいですよ! 子供なんだから、自分の親があの世で元気にやってるか。」

「お前さんの両親はな、お墓にいるよ。」

「お墓に?」

「ああ、なんでだと思う?」

「……仏壇が狭いから?」

「はい正解。この仏壇はどう考えても一人用だからな。」

「仏壇に人数制限…?」

 山中の死後の世界に対する価値観がバグっていった。

「ずっと親父さんが仏壇占領してたからな。お袋さんかわいそうだったな~。ずっとその冷たい畳の上で座っていたんだ。」

「そっちの方が楽でしょ…俺の親父バカだったのか…」

「あ、あともう一つ理由がある。なんだと思う?」

「もう一つ? 供え物に満足出来なかった?」

「不正解。正解は、線香が臭すぎるからだ。」

「なんでだろう、不思議と申し訳ないという感情が湧かない。」

 仏壇に線香の煙を焚くのは故人への挨拶と供養であるはずだが…

「お前は考えたことがあるのか? この狭い仏壇の中、至近距離で煙を浴びせられる親父さんの気持ちを。」

「はあ…俺、死んだ後の親にも親不孝してたんだ…」

 山中の顔が一気に暗くなった。

「なんだ? なにか親御さんに申し訳ないことでもあるのか?」

「私、ずっと独身なんです。恋人はいたことはあるんですけど、自分の不甲斐なさゆえにあまり長続きしなくて。両親は孫の顔を見たがってたんです。それで僕もなんとかそれに答えようと努力してたんです。でも、気づいたらもうこの通りおっさんですよ。それで、結局孫の顔も見れずに両親は二人とも…。はぁ…本当に自分が情けないですよ。」

 山中は寂し気な顔をしながら天井を見上げた。木造建築の家の天井は微動だにしない木目が広がっていた。

「そうか。それは確かに無念だったな。」

「どうすれば良かったんだろう。何をすれば両親に悔いなく送り出せたんだろう。」

「俺思ったんだけどさ、あんたさ、真面目過ぎるんだと思うんだよね。」

「真面目過ぎる?」

「例えば今みたいに見ず知らずの故人である俺に供え物をくれたり、ちゃんと仏として見てくれてるだろ? 本当だったらこんな得体の知れない幽霊、全力で追い出そうとするだろ?」

「まあ、最初は流石に追い出そうとしましたけど、仏さんなら嫌でも敬わなきゃなと思って…」

「そうそう。そういうところ。あともう戻ってこない両親に対する後悔をいつまでも引きずってる。そんなもうどうにもならないこと引きずってたら前に進みにくいだろ。」

「まあ確かに。」

「だから、もう少し軽く考えてちょっとだけやんちゃにならないか? 俺みたいに。」

「あなたは、生前やんちゃだったんですか?」

「ああ。その通り。こんな格好だしな。」

 窮屈な体勢から革ジャンを身に纏った体の腕だけを広げる。

「彼女とかもいたんですか?」

「ああいたとも。まあ俺が馬鹿をやらかしたせいで永遠の別れになっちゃたけどな。」

「何があったんですか?」

 山中に問われた革ジャンの霊は窮屈そうな体勢のまま生前の思い出を語り始めた。

「俺は高校を卒業してから、ずっとフリーターをやってた。勉強なんてまともに出来るような脳ミソは俺には無かったからな。ただ稼ぐためだけにバイトやって、資格取るやら就活やらそんな真面目なことはしようともせずに、酒飲んだり仲間と遊んだり、完全に思考停止してた。そんな時に〝ミカ〟っていう子と出会ってさ、なんかすごいウマがあうし、あっという間に仲良くなっちゃった。」

 革ジャンの霊の表情は段々と切ないものになる。

「それで俺、『もうこのコしかいない!』って思って、ある日、いつも通り一緒に酒飲んだ帰り道に思い切って告白したんだ。全然ロマンチックでもなんでもない夜景とかイルミネーションとか何にもない、ただの無機質な水路沿いで。そこで『君の顔見て心拍数只今急上昇~! アルコールのパワーをここで開放! 俺は君がメッチャ好っきやー!』って言ってやったんだ。そしたら少し引かれたけど、OKもらえた。」

 革ジャンの霊の表情が少しほぐれる。

「それで俺、嬉しくなって、本当に嬉しすぎて、それでその場で狂喜乱舞したんだ。飛び跳ねたり、走り回ったり、下手なブレイキンやってみたり…」

 革ジャンの霊の表情が曇り始める。

「そんでもう俺、周りが見えなくなってた。酒が入ってたってのもあると思う。水路沿いに生えてる木の枝にぶら下がったんだ。それで逆上がりをしようとしたんだと思う。もうわかったかもしれないが、木の枝が俺の体重を支え切れず、根元から折れた。そんでそのまま水路に落ちて、わけもわからないまま…」

 仏間がしばらく沈黙に包まれる。山中は目を閉じ、顔を下に向ける。革ジャンの霊の壮絶な最期。自分自身の無思慮により、これから始まるはずだった好きな人との幸せな日々が失われてしまった悔恨の念が今、この仏壇に詰まっている。

 革ジャンの霊が再び口を開く。

「済まねぇな。こんなくだらない話をして、他所の家の仏壇を占拠してる身の奴が偉そうな事を言ってしまって。」

「んふっw、はぁいww」

「何笑ってんだお前!」

 山中が顔を上げると、にこやかな表情が革ジャンの霊の前に現れた。

「もう…w、ダッサい最期だなーとw」

「お前、人の死に様に”ダサい”は無いだろ!」

「なんですかその、『心拍数只今急上昇中~!』ってw」

「やめろ!お前! あーもう確かにちょっと恥ずいわ~」

「しかもさぁw、アルコールでそんなに酔った状態で告白するってなんかダサいなぁw」

「いいだろ! 告白の形なんてよぉ人それぞれじゃねぇか!」

「いや~見て見たかったな~木の枝が折れて水路に落ちるところw」

「お前…俺それで死んでるんだからな。なにお前、人があの世行きになった様子で笑おうとしてるんだよ。サイコか?」

 革ジャンの霊がそう言うと、山中の家が振動を始める。

「な、な、なんだ⁉ 地震⁉」

「いや、違う。俺の羞恥心がこの家を揺らしているんだ。」

「やっぱ恥ずかしいんじゃんw」

 家の揺れと山中の笑いが同時に起きる。家は更に激しく振動する。

「ちょっと…さすがに揺れ過ぎじゃない? 襖が凄いガタガタいってるよ!」

「お前がそうやって笑うからだろ。」

「あんたがそんな恥ずかしいエピソードを自分で語るからでしょ。」

 窓にヒビが入る。

「言うな、言うな。心にくるから。」

「わかった、わかった。もう言わない。笑ってすみませんでした。」

 家の揺れが収まる。

「止まった。」

「とにかく。俺ほどでなくても、少しやんちゃになってみてもいいってことだ。」

「わかりました。なんかありがとうございました。」

「おう。」

 話がまとまったと思いきや、再び家が振動を始める。

「なんだ⁉ あなたまだ恥ずかしがってんの?」

「これは俺じゃねぇよ! 知らねぇよ!」

 この振動は、革ジャンの霊にも身に覚えが無いらしい。

「なになに⁉ もしかして祟り⁉」

「祟りだったら俺やべぇよ‼ ここにいられなくなるよ‼」

 山中も革ジャンの霊もパニック状態に陥る。霊も霊的現象にビビっていることは、ここでは置いておく。

「お前! なんか心当たり無いのかよ! こうやって祟られるとか、呪われるとか!」

「知らないですよ! というかあなた方こそなんか無いんですか!」

「知らねぇよ! 生前は不真面目な生き方してたけど、一線を越えることはしてねぇよ!」

 二人が言い合っている間にも家の振動は収まらない。襖が倒れ、壁にひびが入る。

「「うわ~~~~~!!!」」

 仏間の電気が消える。暗闇の中、家の振動が収まった。

 部屋中を見渡す山中。

「収まった…なんともなかったですね…あれ?」

 先程まで仏壇に体を丸めて収まっていたはずの革ジャンの霊がいなくなっていた。仏壇の中には山中の両親の遺影や仏具だけが収まっている。

「嘘…消えた?」

 仏壇の中に手を当てる山中。その温度は人肌のように温かい。

「あったかい……やっぱ恥ずかしかったんじゃん。」


  ――終わり

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