前世の胸糞展開を物語の主人公と防いで見せます
当初タイトル案は聖女に横恋慕した挙句聖女の恋人を殺して自分の婚約者に罪を押し付ける男の婚約者に転生したにするつもりでした。
脂汗を浮かべて目が覚めた。
ドクンドクンと早鐘の様に心臓の音が響き、思い出したくない夢を反芻する。
「クロフォード!!」
着替えもせずにバタバタと先日自分が拾った子供の元に向かって走り出す。クロフォードは従者見習いの制服に着替えていて、先輩従者から仕事を教わっている最中だったが、泣きそうな顔で必死に走ってくるわたくしに気付いてどうしたのかと駆け寄ってくる。
その顔を見てわんわん泣きだしたのは仕方ないだろう。わたくしは恐ろしい夢を見たのだ。その夢がいずれ起こる未来だと気付いて――。
「聖女リーフ。この私と結婚してもらおう」
この世界におけるいわゆるクリスマスに我が国の王太子が聖女に求婚をした。
「えっ……」
意味が分からなくてきょとんとしている聖女は可愛らしい。その愛らしさに聖女と王太子が結婚すれば国が安泰だと思っている輩は聖女の返事を聞かずに、
「おめでとうございます。聖女様。殿下」
と寿ぎをして拍手喝さい。
聖女が何か言おうとしているのだが、お祝いの言葉を述べる者たちの声やら拍手で聖女の声はかき消されている。
まあ、中には聖女が王太子の言葉を断ろうとしているのに気づいて邪魔をしている者も居る様でしょうし。
誰もがその結婚を祝う仲。当然その話に眉を顰める者も居る。その者達はこちらを窺うように視線を向けてくる。
「――殿下」
正直、ここで相手の独壇場になると身の破滅なので緊張する。一つのミスも出来ない中王太子の求婚で湧き上がっている場所に水を差す。
「殿下はわたくしと婚約を為されていますのにこれはどういう事でしょうか?」
そう。わたくしジャスミン・フレーバーと王太子は婚約を王命で決められている。
「何を言う。お前のような娘よりも聖女であるリーフと結婚した方が国のためになるだろう。そんなことも分からないのか」
こちらを馬鹿にするような口調。ほんと小説で読んだ時ですらイラッと来たのにそれが言語化されるとますます不快だ。
実は、この会場の上では、展望席のような形になっている場所に陛下達が居るのだが、王太子は気付いていない。まあ、そんな場所がある事すら知らないのかもしれないが、そこでこの状況をじっと見ていて出番まで控えてもらっている。
「こっ、困りますっ!!」
わたくしが口を挟んだことでやっと口を挟めると聖女様が口を開く。
「あたしは村に恋人がいます。彼以外は……」
「ああ。その事だが」
王太子の合図とともにどこからともなく騎士が現れてわたくしを拘束していく。
「君の行いに嫉妬した愚かな令嬢が君の故郷を火で焼き払ったんだ」
その令嬢の名前は伏せられているが、騎士たちの動きでそれがわたくしだと思ったのだろう誰もが責めるように視線を投げてくる。
「えっ……村が……う、嘘よね……」
呆然と目を大きく見開いて信じたくないと声を漏らす聖女。
ホント、胸糞な展開だったわよね。これ。
「――クロフォード」
だから、この世界に転生した時思ったのだ。絶対この胸糞展開を防いで見せると。
騎士たちに槍や剣を向けられて内心怖いのを必死に表に出さないように声が震えないようにその名を呼ぶ。
「――お待たせしました。主」
心に届く綺麗な低音の声。その声と共に扉が開かれて、小説の主人公であったクロフォードと………。
「リーフ!!」
「っ!! ハープ!!」
聖女リーフの幼馴染兼恋人のハープ。そして、場違いな恰好で次々と入ってくる聖女の出身地の村の皆様。
「よかった!! リーフの晴れ舞台に間に合って!!」
「ハープ……どうしてここに……? 今っ、村が燃やされたと聞いたけど……」
今しがた聞かされたことは何だったのかと目を白黒させている聖女様を安心させるために抱きしめるハープ。そうそうこのシーンが見たかったのよねと頑張ったかいがあったと涙を流……したいけど、今流したら怖いのだろうと思われそうだから必死に耐える。
きっと、クロフォードにばれているのだろうけど……。
「ああ。村が燃やされたのは事実だよ。それと鎧を着た集団に殺されかけたんだけど……」
ハープがどこまで話していいのかとこちらを窺うのは剣を突き付けられているこちらを案じてだろう。
大丈夫だと伝えるために頷く。その時一瞬喉元に剣が当たりそうでビビったけど、顔に出さない顔に出さない。
「フレーバー侯爵領の騎士たちが助けてくれたんだ。で、証人になってほしいと」
「はっ。語るに落ちたな。自作自演の襲撃事件で聖女の恩寵を得ようとでもっ」
王太子が内心動揺しているのだろうが、それを押し隠してわたくしに罪を被せたいのは見事としか言えない。
「ならば、聖女さま。わたくしは神の名前で村を襲っていないと宣言します。神判をお願いします」
神の名前を使っての審判は偽りを告げる者には天罰を真実を述べた者には加護を与える神殿関係者のみ使える術である。
今では廃れたけど、犯罪者を裁くのに使われた。
「――了承しました。神の代理人である聖女が願い奉ります、神の名の元この者が正義か悪かお告げください【神の審判】」
聖女が術を発動させると、ゴゴゴゴゴゴという音と共に6枚羽の大天使が天井に浮かび上がる。天使の持っている天秤が揺れたと思ったらすぐに傾いて止まる。
天秤から金色の光が現れてすぐにわたくしの身体を包み込む。
「――どうやら」
優雅に勝ち誇ったように笑うと同時に加護の影響かわたくしに向けられていた武器はすべて光の粒になって消えていく。
「わたくしが罪を犯していないと神が証明してくれたようですね」
にこやかに告げると、
「では、誰が聖女の家族を殺そうとしたのでしょうか?」
「神の名の元真なる悪を示したまえ【神の怒り】」
聖女の声と共に巨大なハンマーが現れて、ハンマーが一振りすると雷が生まれ、王太子に直撃する。
「お見事です。聖女さま」
まず聖女様の御力を褒め称え、
「クロフォードありがとうございます」
兵士たちを一瞬で倒して助けだしてくれたクロフォードに礼を述べる。
「主のためなら当然です」
とそっと微笑むクロフォード。その微笑みを見て、やっと安心してずっと無駄に入っていた力が抜ける。もっともまだすべては終わっていないが。
「――嘆かわしいことだ」
王太子に雷撃が直撃してそろそろ出番かとずっと待っていてくれた国王陛下妃殿下が現れる。
「聖女を自分のものにしたいがために聖女の家族が暮らす村を襲わせて、婚約者であるジャスミン嬢に罪を擦り付けるとは」
王が合図すると同時に正規の騎士が現れて、雷で火傷を負った王太子と王太子の命令に従った騎士たちを拘束していく。
「神の裁きだ。手当てだけして檻に入れておけ」
まだ生きているのを確認させての命令に、神の裁きの影響だろうか、かなりひどい火傷だが、意識はしっかりある。触れられるたびに激痛でも走るのだろう僅かに抵抗しようとするが、無駄な足掻きであるし抵抗する方が痛みが襲ってくる。
完全に姿が見えなくなった王太子を一瞥する事もなく陛下は聖女とわたくしに頭を下げる。
「聖女さま。ジャスミン嬢申し訳ない」
「えっ⁉ いえっ、頭を下げてもらう程では……」
あたふたと戸惑い恥ずかしげにしている様を見て、聖女さまの恋人であるハープは微笑ましげに目を細めている。
「過ちを犯し、国に混乱を招くわけにはいかないという臣下としての役目なだけです。お気になさらずに」
聖女さまのあたふたを気にせずに陛下に頭を下げて言葉を返すと、
「じゃ、じゃあ……あたしも聖女としての役目だったので……」
わたくしの真似をして同じように頭を下げる聖女さま。
(ああ。本当に……防げたんだ……)
あの胸糞悪いストーリーを。
家族や恋人。故郷の知り合いを全員殺されて、闇落ちして魔王になる聖女も。聖女の村を滅ぼしたという罪を被せられて処刑されるわたくしも。王太子に主君の罪を償えと命じられて魔王を討伐に行くクロフォードも。
――すべての原因であるのに悠々自適に暮らし続けていく王太子という胸糞キャラがのさばっている世界など。
「よかったですね。主」
傍で控えているクロフォードが耳元で囁く。
「ありがとう。クロフォードのおかげよ」
そう彼がいたから守れたのだ。
あの悪夢を、前世の記憶を思い出してすぐにクロフォードに抱き付いて泣き続けた。
この世界は前世読んでいた小説の世界と似ていて、わたくしは王太子の婚約者であるが、殺される立場だと。
『何があったんですか? 主?』
ずっと背中を撫でながらこちらが落ち着いたタイミングで尋ねてきたので信じてもらえないと思いつつもすべてを話した。
聖女に横恋慕した婚約者のいる王太子は邪魔者である聖女の恋人と自分の婚約者を消すために聖女の恋人と家族を殺すように命じて、その罪をすべて婚約者に押し付けて断罪する。
それによって聖女が闇落ちしたのもすべて婚約者の所為だと婚約者であったジャスミン・フレーバーは魔女だと民に広めて、ジャスミンの名誉は地の底まで落とされた。
そして、主君の罪を償うためにとクロフォードが魔王を討伐していく。
最終巻が出る前に亡くなったのでどんな結末を迎えたか分からないが、最初は主君の無罪を信じて真実を知らないクロフォードがやみくもに戦っているだけだったが、真実がそうだったと知った時の慟哭は印象深かった。
『大丈夫ですよ。主』
一緒に何とかしましょうと夢だと一蹴せずに手伝ってくれたクロフォードのやさしさにずっと支えられていた。
「いえ、主がいたから防げたのですよ。主が助けようと思わなかったらきっと俺も動けませんでした」
おかげで守れたと笑う様に、つい顔が赤くなる。
小説の挿絵にあった悲壮感の無い表情にほっとしてしまうけど、ドキドキして胸が苦しい。
「ところで主。いえ、ジャスミン様」
そっと跪き、
「婚約は相手の有責で破棄されました。話を聞いていただけでしたが、あの馬鹿が貴女さまの婚約者じゃなくなってほっとしていますが、次の婚約者に……」
一度言葉を切り、
「旦那さまから許しを得ました。俺と結婚してもらえますか」
緊張したような声。
「クロフォード……」
前世の話を聞いてすぐにもしもの時のためにと剣技を極め、知識を高めた。
従者として拾ったはずなのに気が付いたら我が領地の騎士団に勤めていた。
「いいの?」
前世から推しだった。記憶を取り戻す前も実は一目ぼれで、ぼろぼろになって死に掛けていたのを見付けて拾ったのだ。
断る理由など身分の差ぐらいだった。
だから、許しを得ているのならとその手を取ることに躊躇いはなかった。
クロフォード:拾われた時点で恋愛感情を抱いていた。(小説でも原作でも)




