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暗殺


 皇帝の容態が悪化したとき、おれとベータは彼の近くにいなかった。

 普段は寝所で食事を摂る皇帝が、このときは他の皇族や貴族と共に一緒に食事をしていた。


 皇帝は食事中に水を飲んだときにせ、激しく咳き込んだ。

 直前まで食べていたものを吐き戻したものの、息をするのが困難でみるみる顔色が悪くなっていったという。

 看護用に付き添わせていたアンドロイドは食事中別室で待機していたが、騒ぎを聞きつけて現場に急行し、喉のつまりを吸引した。そして救命処置を施した。


 おかげで一命は取り留めたが、衰弱が甚だ進行し、意識が朦朧となった。

 毒物が混ぜられていたのではないかと部下が食事を調査し、アンドロイドも成分分析を行ったが、そのような痕跡はなかった。

 老人の誤嚥ごえんがときに命に関わるというのはよくある話だ。

 負傷や流行り病がきっかけで命の灯が急激に小さくなっていくのは、ある意味では自然な話。たとえ原因となった負傷や病が完治したとしても、もう健康な状態には戻れなくなる。

 もう、全身にがたがきている。天寿を全うしたと言っていいはずだ。


「スズシロ殿。こちらに来てもらおうか」


 おれとベータが皇帝の容態を確認しようと城に入ったとき、軍人数名がおれの行く手を阻んだ。


「なんだ。皇帝が危篤状態にあると聞いたぞ。そこをどいてくれ」

「駄目だ。貴殿の助手の女も、今は遠ざけている。貴殿らには皇帝陛下の暗殺を企てた疑いがかかっている」

「……あ?」


 おれはベータを見た。ベータは静かに首を振った。彼女もよく分かっていないらしい。


「……どういうことだ?」

「皇帝陛下の食事に毒物が混ぜられていた。証拠は上がっている。犯人とおぼしき人物は例外なく拘束している。貴殿も容疑者の内の一人だ。悪いがこちらに来てもらおう」


 明らかな嘘だ。謀略が皇帝の命を奪おうとしている。おれは唇を噛んだ。


「必死に皇帝の命を救おうとしていたおれが、皇帝を暗殺? 最近の皇帝の健康状態が良好だったのはお前らも知っているだろう」

「確かに貴殿の腕は確かだ。それは認める。しかし人を救う腕があるということは、人を殺める手段にも精通しているのではないか?」


 そんな屁理屈で納得するわけがない。おれは薄く笑った。


「人を一人助けるのにいったいどれだけの労力とリソースが費やされるのか、考えたことがあるか。おれは一度立ち直らせた人間を殺すような無為なことはしたくない」

「知らん。とにかく来い」

「もし、断ったら?」


 軍人たちの表情が氷のように冷たく、険しくなった。


「その選択肢はない。無傷で牢に向かうか、それとも腕の一本でも失った状態で牢に繋がれるか。このどちらかだ」

「うむ……、仕方ないな」


 おれがそう言ったことで、軍人たちはおれとベータを拘束しようと近づいてきた。

 ベータの肘の一部がスライドし、銃口が覗く。それに気づいた軍人が一人だけいて、素っ頓狂な声をあげた。


「な、なんだお前は!」


 銃口から放たれたのは極小の麻酔弾だった。軍人たちの衣服の上からめり込み、麻酔成分を注入する。

 ものの数秒で彼らは昏倒した。麻酔は数時間で体内で分解される成分で構成されている。強力だが後遺症はないはずだ。


 近くにいた城の兵士たちが怒声を上げながら走って来た。おれとベータは城から脱出するしかなかった。城の奥深くに残しているアンドロイドは見捨てるしかない。


 おれが逃亡を図ったことで、皇都にいるニュウたちにも危険が及ぶかもしれない。

 もう悩んでいる時間はなかった。二人を船に乗せて空に逃れさせる。

 郊外に停めていた飛行艇が既に出撃し、おれたちをピックすべく空で待機していた。ワイヤーがするすると下りていく。

 城の入り口で軍人に囲まれたが、なんとか外に出ることができた。ベータがワイヤーを自分の体に接続、固定し、おれもろとも引き上げていく。おれの足の先を兵士の剣がかすめた。誰かが魔法を撃ったが見当違いの方向へ飛んでいく。

 なんとか逃れられたようだ。おれは飛行艇に乗り込むと、やっと一息ついた。


「どこかで追われる展開になるかもしれないと思ったが……。これからどうなるかな」


 飛行艇の僅かな揺れでも、おれはふらふら倒れそうになっていた。疲労感で少し眩暈がする。


「当分は皇国を拠点に動くことは難しいかもしれませんね」

「そうなると、無人兵器の提供も難しくなるが……。いっそのこと、あえて工場を接収させるか?」


 無人兵器のコントロールはおれたちが完全に握っている。なのでいざ戦争になって、彼らに無人兵器を使わせることは可能だ。非道な運用をさせることはない。


「それは構いませんが、マスターを皇帝暗殺の犯人に仕立てようとした人間がいるのは、あまり良い展開ではありませんね」

「そうだな……。このままだと皇帝は間違いなくトドメを刺されるだろう。その犯人がおれということにされると、氷の大陸へのヘイトが高まるかもしれん。戦争の口実になる」


 もしこの形で戦争が始まったら、どちらかが大損害を被るまで、停戦することはないだろう。最悪の状態と言っていい。


「マスターへの信頼が失墜すれば、そもそも無人兵器を軍隊に組み込むことも見送るかもしれません。このままだと氷の大陸の無人兵器が、皇国の生身の人間を虐殺する展開にもなりかねませんが」

「そのときは氷の大陸に渡した無人兵器の大半を機能停止にし、専守防衛に徹する。虐殺はさせない。だが、死人が出るのは間違いないな」

「ですが……。その場合、穏便に戦争を止める手段が思いつきません。我々が皇国の兵站を叩き、戦争継続を困難にさせるくらいですか。しかしその場合でも、皇国の出方によっては、罪のない皇国民が困窮することになるでしょうね」

「そうだな……」


 おれは飛行艇の中で、これからどうするべきか考えた。皇国がこれから先どう動くのか、判断がつかなかった。

 そんなとき、皇城内部にいるアンドロイドが兵士たちに捕まったと報告があった。

 さすがに逃げるのは難しかったようだ。

 機械の体であることがばれるのも時間の問題だろう。彼らはそれを見てどう思うだろうか。


 しかし、アンドロイドは大人しくしていたため、いきなり拷問めいたことをされることはなかったようだ。牢に押し込められる。


 おれたちは自前の兵器工場に着陸し、付近を哨戒した。皇国の軍隊が、早速おれのテリトリーに攻め込んできてもおかしくはなかった。

 やがて、ニュウとレダを回収した別の飛行艇がおれたちのもとへ到着した。

 最低限の説明しかしていなかったので、ニュウもレダもひたすら困惑していた。

 だがおれへの信頼はあったようで、文句を言うことはなかった。


「スズシロ、あなたのやろうとしていることは、きっとこの国にとって、必要なことなのよね?」


 レダはそれだけおれに確かめた。おれは頷く。


「ああ。このままだと、この国は間違った方向に向かうだろう」

「そう。きっと正しいのはあなた。いつだってそうだった。もし、私にできることがあったら言ってね」


 まずは安全な場所までレダとニュウを連れて行く。もしかすると皇国にそんな場所はないのかもしれない。その場合は国外に脱出することになる。

 とりあえずしばらくは皇国の兵隊がおれたちの前に現れることはなかった。

 一見平和な世界――しかしそれがいつまでも続くわけではないことは、おれがよく知っていた。


「マスター……。皇城に残したアンドロイドが発信した映像記録を見てください」


 ベータが言う。おれはすぐに脳内で該当する映像を再生した。



 牢に閉じ込められたアンドロイドが、与えられた食事にも手をつけず、じっとしていると、遠くで扉が開く音が聞こえた。

 看守の悲鳴にも似た声が、石造りの牢に響く。


「こっ、皇帝陛下!? どうして、ここに……」


 看守を押しのけ、現れたのは、間違いなく皇帝その人だった。

 青白い顔。少し歩いただけで息を荒げ、今にも倒れそうだった。

 

「スズシロ、助けてくれ。このままだと私は何者かに殺される。分かるのだ、私を殺そうとしている者がいる。食事中、私がモノを詰まらせたのは偶然ではない。毒ではなく呪いだ。呪いが、私を標的にしている……」


 傍で困惑する看守を無視し、皇帝は鉄格子に縋りついた。その先にいるアンドロイドはほぼ無反応だったのだろう、皇帝は絶望に染まった顔になった。


「こんな仕打ちをしておいて、本当に虫のいい話だ。だが、頼れるのは貴殿だけなのだ……。誰も信用できない。戻ってきてくれ。私は死にたくない。まだ、死にたくないんだ……」


 枯れた肉体から漏れてくる涙。鉄格子に縋ったまま皇帝は動かなくなった。

 看守が皇帝を動かそうとしたが、彼はそれを拒んだ。

 

 皇帝は今にも死にかけている。気分は最悪で、歩くだけでもまさに命がけの状態だろう。それでもこんな薄暗い場所まで自力でやってきた。



「マスター、どうします」


 ベータがおれに問う。おれは小さく息を吐いた。


「皇帝自身はおおむねおれに親切に接してくれた。ここで冷たくあしらう理由はないな。皇帝を救出する」


 おれはそう決断した。つい最近までおれは皇帝の自然な死を望んでいた。しかし事情が変わった。無理なく戦争を止められるとしたら皇帝以外に存在しなかった。おれは結局、その道を模索し続けるしかなかった。



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