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疑心暗鬼


 おれは非情だろうか。

 死から免れようとしている男を騙して、静かな死を与えようとしている。

 やれもしないことをやれると豪語して、皇帝の歓心を買っている。

 もしかすると、皇帝の周りの人間からすれば、詐欺師としか思えない振る舞いをしているのかもしれない。

 しかしやるしかない。

 他に戦争を止める方法が分からない。現皇帝の後にどんな人物が皇位を戴くのか分からないが、不老不死を求める戦争を継続する可能性は低いだろう。


 おれは皇帝の寝所にベータを連れてこさせた。彼女がその痩身から医療器具を次々と取り出したので、取り巻きの人間は驚いた。


 ろくに食事が満足に摂れていなかったので点滴をして栄養補助をする。

 意識がはっきりとせず視界も狭窄していたので、それに対応した興奮剤等を処方した。


 たったそれだけで、本人にとっては歴然たる違いがあったようだ。

 ベッドの上で体を起こすのがやっとだった皇帝は、杖を使えば自分の足で歩けるまでになった。


「素晴らしい……。過去10年で最も体調が良い」


 皇帝は満足げだった。そしておれへの信頼をより固いものにしたようだ。

 しかし、おれは大したことはやっていない。今、皇帝が元気なのは、本人の生命力の賜物だ。

 おれが本気で老人の肉体をどうにかしようと思ったら、たとえば脳機能を補助する為に極小機械を脳の広い領域に潜り込ませる。免疫機能を代替する為に人口免疫細胞を作ったり、血液を交換したり、新鮮な臓器に替えたり、いくらでもやりようはある。

 しかしそこまでやるつもりはなかった。ベータの見立てによると、皇帝は半年以内に寿命を迎える。何か特定の疾患があるわけではないが、もう全身ががたつき、いつ命の灯が潰えてもおかしくない状態だという。


 皇帝は既存の医者を寝所から遠ざけた。そしておれとベータだけが体に触れることを許した。

 信頼されるのは結構だが、皇帝が元気になったことで、寝所から離れて戦争に向けての指示を自ら下すことも多くなった。

 彼は戦争をする気がまだあった。おれとの約束で、治療の結果に納得がいっている間は戦争開始を告げることはないと思いたいが、準備だけは盤石にしておきたいようだ。


 そういうことなら、おれの持っている無人兵器をプレゼンしておかないとならないだろう。幸い、今はその絶好機と言える。


 おれは中庭にて、兵器工場で作った無人兵器の数々を並べた。

 それを皇帝が直接見る機会を設ける。軍部の幹部も大勢集まっていた。


 無人兵器――機械人形や飛行偵察機などの編隊が、おれの合図一つで陣形を変え、正確な射撃を披露した。

 三十分ほどの演習を終え、皇帝は満足げに頷いた。


「想像以上の技術だ。諸君、先日見た氷の大陸の尖兵と比べても、遜色はないか?」


 オイドクシアの飛行編隊と、今見せた無人兵器の数々は、本質的には同じものだ。

 しかし軍部の幹部は、これなら敵軍を圧倒できると太鼓判を押した。

 本気でそう思ったのか、それとも皇帝の機嫌を取ろうとしたのか。


 中にはおれの功績をこれ以上増やしたくないと考えたか、所詮氷の大陸の技術を剽窃したものだと貶す者がいたが、相手にされなかった。

 少なくとも、既存の皇国軍より遥かに強力なのは明らかで、皇帝はおれへ賛辞の言葉を贈った。


「もっと早く、貴殿を引き入れておけば良かった。許せよスズシロ。私は部下の報告をあのじめじめした石棺の奥で聞き、それで判断するしかなかったのだ」


 自分の寝所を石棺と表現した皇帝に、周りの人間はぎこちない笑い声を上げた。おれはあえて笑わなかった。


「……皇帝。おれは皇国に属するつもりはない。ただ、この戦争を避けたいと考えているだけなんだ」


 皇帝の機嫌の良さそうな顔がすっと真顔に変化していった。取り巻きたちがおれのことを睨んでくる。


「スズシロ。私の味方でいろ。悪いようにはしない」

「もちろん、敵にはならないさ……。だが、おれはこの世界を自由に飛び回っていたいんだ。魔王の件も気になるし、皇城の近くに縛り付けられていたら、対応が遅れるかもしれない」


 皇帝は意外そうに眉を持ち上げた。


「魔王? そんなこと、他の連中に任せていればいい。モルが躍起になって、対策を進めているところだと聞いている。グリゼルディスもいる。本当に危険なときはアドルノが動くだろう。それで十分ではないか?」


 周囲の軍人幹部たちが居心地悪そうに佇まいを正した。おれはそんな彼らをちらりと見る。 


「ギルドの人間を信用しているんだな。確かに、優秀な人材が揃っている。だが、おれにもできることはある。あんたの治療はもちろん続けるし、兵器の提供も滞りなく行うが、譲れない点もあるんだ」


 皇帝は急に疲れたように、長く息を吐いた。


「……ふむ。いいだろう。貴殿に袖にされては元も子もない。だが、約束を忘れるな。私の願いを叶えることを最優先とせよ」

「ああ。分かっているよ」


 皇帝はしかし、おれを落ち着かない様子で見つめ続けた。

 いつかおれが傍から離れてしまうのではないかと考えたようだった。


「マスター」


 周囲に人がいなくなったタイミングでベータが言う。


「どうした」

「皇帝は疑心暗鬼に陥っているようです。少し、馬鹿正直に話をし過ぎてしまったかもしれません」


 おれは声を潜めた。


「と、言うと?」

「我々の身辺を徹底的に洗っています。その結果、魔法学校に入学したニュウの周辺に軍部の人間が張り付いているようです」


 おれは飛び上がりそうになるほど驚いた。


「ちょっと待て。ニュウが魔法学校に入学した?」

「ええ。つい先日」


 データベースを探ると、確かにそんな報告が上がっていた。皇帝の挙動を常に気にしていたおかげで、報告を聞き流していた。


「時が経つのは早いな……。そうか、合格したのか、あいつ」

「ニュウくらいの年齢の子が合格するのは、過去にあまり例がないらしいですね。皇都にはレダも付き添いで来ています。村の人たちが旅費や滞在費を出してくれたそうですが……」


 ニュウとレダが皇都に来ている。もちろんアンドロイドが遠巻きに護衛についているが、皇国の人間と交戦でもしたら面倒極まりない。


「……二人を村に帰しても、軍がそこまで追いかけていくだろうな。それくらいは造作もない。人質のつもりか?」

「でしょうね。いかがいたしましょう」


 人質作戦。やはり口約束だけでは信用しきれなかったか。あの老いた皇帝は自分の欲望のためなら容赦しないだろう。


「……ニュウには、魔法学校を入学するにあたって、勉強を教えたんだったな。どうだった」

「どうだった、とは?」

「魔法を学ぶだけなら、魔法学校に通わなくともいいだろう。いまやおれたちは魔法の知識だけならこの世界の誰よりも蓄えている。ニュウに魔法を教えることは可能か?」


 魔法学校の蔵書は全て読破し、完璧に記憶している。そんな人間、この星にいるとは思えない。ニュウが魔法を学びたいなら、別に魔法学校でなくともいいわけだ。たとえば、探査船の中とか。


「可能ですが……、しかし」

「分かっている。魔法学校を卒業すればその後の社会的地位が約束される。それを捨てさせるのは彼女にとって大きな損失だ。魔法を教えればそれでいいという話でもない」


 魔法の知識があっても、それがあることを証明する方法は限られる。魔法学校から離れるのは村の人たちの後押しを無下にする行為でもある。


「ええ。それに、ニュウやレダを保護しても、次に私たちと関わりのあった人間が捕まるだけです」

「うむ……。それなら方法は一つしかないか」

「皇帝を殺しますか?」


 ベータはおれを試すように言っている。少しでも首を縦に動かしたら銃火器を持って彼女が皇城に乗り込みかねない。そう思っておれは少し緊張した。


「いや。それは最終手段……。こちらから人質を指定する」

「人質を指定……。もしかして」


 おれは力強く頷いた。


「ああ。ガンマを皇都に呼べ。あいつは最近まで魔法学校に在籍して、皇都の人間と多少馴染みもある。おそらくおれと密接な関わりのある人間だと見做されているはずだ。ニュウとレダがいなくなれば、次はガンマが狙われるはずだ」


 ベータは淡々と、しかしうんざりした様子を少し見せつつ、頷いた。


「致し方ありませんね……。ですが、ガンマではなくそれに似せたアンドロイドを用意することも可能ですが」

「ガンマは聖印化している。それだけは他のアンドロイドに模倣できない。そこは誤魔化せないだろうな」


 おれは皇帝の世話をしつつも、その脅威から身を守る日々を過ごさなければならなかった。

 もっとおれが思い切った人間なら、さっさと皇帝を毒殺していたに違いない。

 それができたらどれほど楽だったか。おれは、命令さえしてしまえば、ベータが眉一つ動かすことなくそれを実行することを知っていた。

 

 おれは静かに待つしかない。皇帝の死を。もっと派手に無人兵器の演習を行って彼の心臓麻痺を誘おうか、などと本気で考えた。


 しかしそれを実行する前に、皇帝の容態が悪化した。おれが皇帝の治療を開始して、20日ほど経ったときのことだった。


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