不老不死
この皇帝の寝所には、いつも人がたくさんいるというわけでもないらしい。
整列している軍人や魔法使いの中には、緊張のあまり青褪めている者もいる。
おれが平然としているのを見て、信じられない、という顔で固まっている者もいた。
皇帝は巨大過ぎるベッドの上で枯木のように動かなかった。
少しでも触れたらぽきりと折れてしまいそうなほど脆く、儚く、危うげな躰。
もう長くはない。診察するまでもなく、それが分かってしまう。
「希望……。おれが、あんたの?」
今はベータが傍にいないが、当然ヒミコのサポートはある。
おれはこの世界の言語をマスターしていたが、彼らから聞き慣れない言葉が飛び出してきても、翻訳機能が手助けしてくれるはずだった。
皇帝はおれの不遜な態度を気にもしていなかった。周りの人間は抗議するように身じろぎしたが、誰も声を発さなかった。
「私の年齢……。知っているかね?」
皇帝ははきはきと喋る。おれはヒミコが構築したデータベースに接続して、必要な情報を引き出した。
「治世80年……。即位が18歳のとき。だから100歳近いな」
「詳しいな。その通りだ。奇跡的な長命だと人は言う。貴殿もそう思うかね?」
おれ自身、200歳を超えている。しかし不老の技術がない世界においては、確かに選ばれた一部の人間にしか許されない領域だろう。
「そうだな……。長寿だ。しかしあんたは、まだ満足していないのか?」
「いかにも。私は不老不死を求めている……。若い頃から、それが野望だった。魔法技術の発展のため、学校や研究所を整備したのも、冒険者ギルドに権力を与えダンジョン探索を活発化させたのも、そして今、氷の大陸への侵攻準備を進めているのも、全て不老不死を実現する秘術を求めるためだ」
おれは小さく息を吐いた。こういう形で氷の大陸への侵攻理由を知るとは思わなかった。
望んでいた展開のはずだが、その俗っぽい動機にやるせなさもあった。
氷の大陸に不老不死の技術なんてありはしない。
敢えて言うなら、おれが持っている。皇帝の肉体を徹底的にメンテし、人工臓器に置き換え、脳機能を機械で補助すれば、寿命は数倍に跳ね上がるだろう。
しかしそんなことをしてやるつもりはない。不自然な生き方になる。この技術を生み出した地球でさえ、今では禁忌とされている生き様だ。
おれは、倫理観など度外視で自らの肉体を改造した。宇宙を旅するために、人間の寿命はあまりに短過ぎると思ったからだ。実際、おれは200年かかってやっとこの星イフィリオスを発見することができた。これでも運が良かったほうだ。
だから、おれはこの老皇帝に説教する資格を持たない。ただ、静かに彼の死を看取ることしかできないだろう。
「どうして、不老不死になりたいんだ? 何かやりたいことでもあるのか」
おれの問いに、皺だらけの彼の顔が歪んだ。笑ったのだと気づくのに少し時間が必要だった。
「どうして? 分からないかね? 死とは恐怖だ……。全てが無に帰す。この世の全てを手に入れたとしても、死んでしまったら意味がない。その恐怖は、全人類共通だと思うがね?」
「死が怖いのは分かる。だが、不老不死なんて実在するかも分からないもののために、国ごと巻き込んで行動しているのはどうかと思ってね。何か明確な目的があるなら、聞いておきたいと思っただけだ」
皇帝は渾身の力で腕を持ち上げ、そして拳を固く握った。
「私は、こう見えて若い頃から優秀でな。私が皇帝の座に就いたとき、この世のほとんどを手に入れたようなものだった。国内はもちろん、国外の為政者や実力者も私に媚びへつらった。手に入れたいと思ったものが手に入らなかったことはなかった。不老不死を除いては……」
「まあ、分かったよ。あんたの動機については。だが、どうして氷の大陸に不老不死の技術があると思ったんだ?」
「氷の大陸の為政者の中には、80年以上治世を続ける者がいるという。奇しくも私と同じだ」
おれははっとした。ザカリアス帝……。まさか、この皇帝……。
「80年も統治していれば、当然老いているはず。この私のように……。だが聞くところによると、今もなお若く健康的な姿を保っているという。大陸最強の魔法使いでもあるらしい。氷の大陸には、不老不死に関する秘術が眠っている。私はそう確信した」
さすがに何の根拠もなく氷の大陸を攻めていたわけではなかったか。おれはここで真実を述べるかどうか考えた。
ザカリアス帝は人間ではない。魔族、それも魔王の魂を宿している。だから人間の常識ではかることはできない。
しかしそれを馬鹿正直に伝えることは不可能だった。
なぜなら、おれの言葉が全て信用されたとして、氷の大陸が魔王に統治されている場所だという認識になってしまうからだ。
人間が統治していない呪われた場所ならば、遠慮する必要はない。新たな戦争の口実になりかねない。
皇帝は自らの寿命が近いことを理解している。だから、不老不死の秘術を得るか、氷の大陸にそんなものがないということが分かるまで、止まることはない。どんな無茶でもやってのけるだろう。
この戦争を止める方法が、おれには二つしか思いつかなかった。
皇帝の不老不死の野望を叶えてやる。
もう一つは、皇帝を殺す。
どちらもおれの流儀に反するものだった。しかも、のちに禍根を残す可能性もある。
不老不死を得た皇帝がその後大人しくなる保証などない。欲望が増幅し、とめどない暴走行為に拍車がかかるかもしれない。
暗殺したとしても、このタイミングでの死は、氷の大陸の仕業だと見なされかねない。報復戦争が始まれば、もうどちらかが壊滅するまで戦争は止まらない。無人兵器を派遣して終わり、とはならなくなるだろう。
おれは、無理難題に直面していることを自覚した。戦争そのものが起こっても、しばらくは時間稼ぎはできる。だがいずれは人的被害が出始める。どうこの戦争を止めるというのか。何か策が必要だ。
「スズシロ、貴殿は氷の大陸の兵器を生産するほど、あちらの情報に精通している。我が皇国の優秀な密偵が数年かけてやっと小型の兵器を一つ持ち帰っただけだというのに」
皇帝はおれを見据えている。心なしか、この部屋の軍人がおれににじり寄ってきているような気がした。
「不老不死の秘術。心当たりはないかね?」
おれは思考した。この場で全てを片付ける良い方法がないか、ヒミコにも相談した。彼女は20もの作戦を提示し、いずれもそこそこうまくいきそうだった。しかし、いずれも皇国や氷の大陸の政治にこれ以上に深く関わるものだった。
おれは仕方なく、その中から最もマシなものを選択した。
「不老不死の秘術。おれも多少は心得ている」
「――なんと!?」
皇帝が体を更に起こそうとして、咳き込んだ。近くに控えていた医者が近づこうとする。
「――大丈夫だ。私に触れるな、役立たずどもが!」
皇帝は医者を振り払った。その口調は厳しく、おれに対して向ける理性的な振る舞いは虚飾なのだと分かった。
皇帝はおれに縋るような眼差しを向ける。
「――それで、不老不死の秘術とは!?」
「それを皇帝に施すことは可能だが、多少、肉体的な負荷がある。今のあんたにそれが耐えられるとは思えない。まずはあんたに、健康的な躰になってもらおうと思うのだが」
「……こう見えて、私はかつてないほど健康だ。過去に病気や怪我を患ったことがあるが、今はそれも完治している。今、私が衰弱しているのは、単に加齢によるものだ。そうだろう?」
近くの医者が深く頷いた。おれはその見立てに間違いはないことを知りつつも、首を横に振った。
「いや。あんたは慢性的な病に罹っている。それをおれが治してやるよ」
おれは敢えて傲然と言ってのけた。近くの医者の顔が青ざめる。自分が無能だと言われているような気分なのだろう。おれは心の中で謝った。
皇帝は軽く咳き込んだ。
「そう、なのか……? 貴殿にそれが治せると?」
「ああ。だから約束してくれ。不老不死の処置と治療に効果が認められる限り、戦争は起こさないでくれ。おれの故郷が戦火に包まれるのを見るのは心苦しい」
皇帝は考える間もなく頷いた。
「分かった。約束しよう。それで、治療は……」
「おれの助手をここに呼ばせてもらう。構わないな」
これは賭けだった。今、おれは、皇帝を老衰で自然に死なせるつもりでいる。他に穏便な方法が思いつかない。
そのためにおれは信頼を得なければならない。おれが皇帝の主治医になった途端、皇帝が死んだとなれば、怪しまれてしまう。
実力を見せつけなければ。おれがこの星に降り立った直後、ニュウの村の人間を救ったように。
皇帝は、念願の不老不死に近付ける、と興奮しているのか、笑っていた。
悪いな皇帝。
せめて安らかに死んでくれ。おれはあんたを健康にしてやるが、寿命を一秒たりとも延ばしてやるつもりはない。
あんたが戦争を起こそうとしていなければ、別の方法があったのかもしれない。自業自得だと思って諦めてくれ。




