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皇城


 オイドクシアはそのまま氷の大陸へと移動した。

 その後はザカリアス帝が彼女の世話をしてくれることになっている。

 皇国との戦闘でタージ公国が前面に出るのであれば、現地の統治者となるべきオイドクシアの戦後の地位は約束されたも同然だろう。

 もし、皇国が今回の示威行為で萎縮し、戦争を取りやめるのであれば、また別の方法でタージ公国を盛り立てる必要がある。それならそれで構わない。


 おれは騒然となっている皇城の中庭で周囲に注意を向けていた。

 オイドクシアの空飛ぶ船の編隊を見て、動揺していない者が何名もいる。

 事前に氷の大陸の様子を見聞きし、その技術の存在を知っている者たち。

 むしろ戦意を高めている者もいる。


 おろおろするイドゥベルガと、そんな彼女を見てけらけら笑っているグリゼルディス。

 そんな二人の間におれは立っていた。ベータがちらりと群衆のほうを見る。

 人だかりを分けて入ってきたのは二人の男女だった。

 見たことのない顔だ。男は禿頭矮躯、顔には深い皺が刻まれている。膝下まで隠すロングコートは傷だらけで、鉄錆のような汚れも付着している。

 女のほうは中肉中背、どこにでもいそうな顔立ちだったが瞳が絶え間なく七色に変容している。蛇のうろこのような光沢を持った長髪が特徴的で、足取りが幽鬼のようだった。


「あら、リオンちゃん、ヤスちゃん」


 禿頭の男はグリゼルディスに一礼した。女のほうは直立したままおれとベータのほうをねちっこく観察していた。

 禿頭の男が口を開く。

 

「グリゼルディス様。お久しぶりです。そちらの方が、例の御仁で……」

「ええ。スズちゃん――スズシロさんよ。なかなか良い男でしょ?」


 禿頭の男はおれのほうにも頭を下げた。頭頂部には魔法による傷と思われる痣があった。


「グリ派幹部、及びギルド西地区支部の統括を任されております、アドリオンと申します。普段は中立の立場でギルドの運営に携わっております」


 以前ほんの少し話に出ていた、グリ派の実力者の一人アドリオン。この禿頭の男がそうか。

 おれは女のほうに目を向けた。


「すると、そっちの女が東部統括のヤスミン、か?」


 女――ヤスミンは瞳の色を青に固定した。そして穏やかな表情で笑んだ。


「よくご存じで。同じくギルド東地区支部の統括を任せられている、ヤスミンです。グリゼルディスさんの推挙でこんな地位を託されていますが、未熟な若輩者です。どうぞよろしく」


 おれは二人を改めて見渡した。老兵アドリオンと曲者らしき雰囲気を醸し出すヤスミン。同程度の地位を与えられているとは思えない二人だった。

 アドリオンがしわがれた声で、


「スズシロ様。既に事情は大体お察しだとは思いますが、皇国は氷の大陸との戦争に向かって、後戻りできない段階まで来ています。ギルドの精鋭たちも、本来の業務から外れて動員されるでしょう。となれば、敵国の情報をお持ちのあなたにも興味が湧くというもの。情報の開示にはどれほど積極的で?」


 丁重な口調だったが遠慮のなさも感じる。個人的な興味というより、使命を帯びていると思わせる振る舞いだった。


「ああ。聞かれたことは全て答えるつもりだ」

「もし、よろしければ、我々が話を聞きましょう。軍部の人間に囲まれて詰問されるより、幾らかマシでしょう」


 グリゼルディスがうふふと笑う。


「あらあら。リオンちゃん、閲兵式にも参加してたわよね。もうすっかりそっちの人?」


 アドリオンは佇まいを正した。


「グリゼルディス様、そっち、とは?」

「アドルノ派は自由主義。最もギルドの信念に即した組織。モル派は権威主義。軍部とも密接に関わっている。皇国からすれば最も動きが読めないのがグリ派。だからこそギルド内での重要な役職を匂わせつつも、軍部出身のあなたがグリ派に参加していた……。戦争を機に昔のことを思いだしたかしら?」


 老兵アドリオンは表情を硬くしたが、グリゼルディスがくすりと笑いかけてきたので、一息ついた。


「……グリゼルディス様。私がグリ派に参加したのは、多種多様な人材を積極的に登用し、従来のギルドの枠組みから逸脱しようとするその積極的な姿勢に共感したからです。軍部とのパイプの存在は否定しませんが、私はあくまでグリ派の人間ですよ」


 アドリオンは取り乱すこともなく、そう説明した。

 それに対し、ヤスミンは瞳の色を黄色に変容させ、


「私は軍部からギルドに転向して二年です。まだ軍部の人間との付き合いのほうが多いですね」


 そう平然と答えた。猛禽類を思わせる感情の読めない瞳をおれに向けた。


「スズシロさん。我々が最も知りたいのは二点……。氷の大陸の戦力。そしてあなたが我々の味方かどうか。それを見極めさせていただきたい」


 おれはそんな彼女の目を真正面から受け止めた。


「ちょうどいい。おれもそのことについて、是非皇国のお偉いさんたちに分かって欲しかったんだ」

「と、いいますと?」

「氷の大陸の兵力規模をおれは把握している。はっきり言おう、このままだと皇国は氷の大陸に上陸する前に、大敗するぞ」


 彼らがおれの話を盲信するなら、いくらでも細工のしようはある。氷の大陸の無人兵器の量は完璧におれがコントロールできる状況にある。

 もし皇国が無人兵器を欲しがるなら、同程度のものを彼らに提供すればいい。戦争を茶番で終わらせるには、皇国の戦力もおれが掌握する必要が出てくる。

 アドリオンが鋭い目でおれを凝視する。


「……スズシロ様。あなたはギルドの協力を得て、皇国各地に工場を建設していますね。何を作っているのかいまいち判然としませんが、凄まじい生産量だ。空飛ぶ船や運搬車両が頻繁に行き交っている」


 当然、おれの兵器工場は監視されているだろう。しかし何を作っているのかは、実物を見てもはっきりとは分かるまい。


「……工場を各地に作っているのは、危機感を覚えていたからだ」

「危機感?」

「氷の大陸は、ほとんど皇国の情報を持っていない。それに向こうは大陸内部で戦乱を繰り返している。だから何もなければ皇国への侵攻はよほどのことがない限り考えないだろう。しかし、皇国が戦争を仕掛けたなら話は別だ。連中が皇国の戦闘力を把握すれば、向こうから侵略戦争を仕掛けられても不思議ではない」


 アドリオンとヤスミンは顔を見合わせた。


「……それで、皇国が負けると?」

「ほぼ確実にな。だからおれは氷の大陸の技術を使って、皇国各地に兵器工場を建設し、有事に備えていた。皇国の要請があればすぐにでも提供できるように。これさえあれば氷の大陸とも互角以上にやり合えるだろう」


 アドリオンは三回、拍手をした。ここまで感情を込められないものかと思わせる、淡白な動作だった。


「それは素晴らしい。だが、本当に有効なのでしょうか? 仮に氷の大陸の戦力が我々を遥かに凌駕していたとして、あなた一人の働きでそれを埋めることができるとは思えません」

「常識的に考えればそうだろう。しかし、氷の大陸は資源が乏しい。大陸内部の戦争も盛んだ。製造できる兵器には限りがあるんだ。その点、皇国は資源調達に困ることはない。互角の兵力を即席で準備することは可能だと思っている」


 それっぽいことをおれは言い連ねる。アドリオンはしばらく黙ってしまった。

 ヤスミンが首を傾げ、


「スズシロさん。あなたの目的はなんですか? 氷の大陸の出身なら、我々の味方をする理由がない」

「氷の大陸がその気になれば全世界を掌握しかねない。それを危惧しているのさ。今、氷の大陸内部は凄惨な状況だ。戦争に次ぐ戦争で、多くの被害、難民が生まれている。もし、氷の大陸が皇国を撃破し、世界侵略の橋頭保としてしまったら――今、氷の大陸内部でとどまっている戦争が、全世界で行われることになる。想像もしたくない未来だ」

「なる、ほど……」


 ヤスミンは一応頷いた。まだ釈然としていない様子だが、これ以上突っ込んでくる様子はなかった。


 おれはその後も、氷の大陸について色々と喋った。事実も言ったが嘘もついた。ベータが逐一発言内容を記録しているので、その後の整合性も確保している。アドリオンとヤスミン以外にも、おれの話を聞いている人間が周囲に何人かいた。


 中庭付近の騒ぎが治まった頃、おれのもとに軍服を着た男が現れた。


「スズシロ殿。皇帝陛下が貴殿を招きたいと仰せだ。同行願えるか」

「もちろん」


 おれのここでの話が、早くも上に届いたのか。あるいは魔法か何かの手段で、直接聞いていたのかもしれない。

 おれは皇城の通路を延々と歩かされた。途中でベータを引き離され、おれ一人で行くことになった。ベータは心配していたが、おれは大丈夫だと合図した。


《危ないと思ったら全力で逃げてくださいね》

《ああ。いざとなったらSOSを出す》


 おれは皇城の奥へと導かれた。

 皇帝が待っている場としては、どんどん華やかさからかけ離れていく。

 湿度が高く、通路の壁も湿っている。


 厳重な鉄扉を幾重も潜り抜けた先に、皇帝は待っていた。

 巨大なベッドに萎びた体が乗っかっている。

 想像を絶するほど老齢の男が、簡素な衣服をまとって、丸まった寝具に凭れるようにして体を起こしていた。

 

 ベッドまではかなり距離がある。おれと皇帝の間には、軍人や、医者、魔法使いなど、数十人の配下が挟まっていた。

 皇帝は震える体を隠そうともせず、その今にも死にそうな痩躯からは想像もつかないほど明朗な声で、


「スズシロ。私の最後の希望……。待っていたぞ」


 深く刻まれた皺の向こう、黄金色の瞳が爛々と光り輝いている。おれは臆することなく、前へと進み出た。




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