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示威



 氷の大陸の戦争準備は着々と進んでいる。

 おれはタージ公国の様子を、プローブのカメラを通して確認した。

 戦争によって傷ついたオイドクシアの祖国は、要塞化が進むと共に復興が行われていた。

 港湾の整備も盤石で、無人兵器を搭載した軍船の建造も同時に進行していた。

 皇国との戦争が始まったら、立地的にここが最前線となるだろう。

 無人兵器同士の戦いに終始するなら被害はゼロにできるが、何が起こるかは分からない。

 皇国が無人兵器の運用に後ろ向きで、あくまで魔法使いや兵士をここまで送り込んでくるなら、死人が出るかもしれない。


 ザカリアス帝とは今後の方針について話し合った。


「スズシロ、きみは何を望む? 世界平和、だなんて大袈裟なことを言い出さないよな?」

「それに近い」


 おれがあっさりそう応じたので、ザカリアス帝はけらけらと笑った。


「個人的に何か欲しいものはないのか。今ならいくらでも褒賞を出せるが」

「一つ望むとすれば、タージ公国の復権だな。オイドクシアを国家元首として、再出発させたい」


 オイドクシアの名前が出て、ザカリアス帝は表情を引き締めた。


「オイドクシアとは、どこで?」

「漂流しているところを保護した。今は皇国にいるが」

「是非、我がラズ国に招きたい。タージ公国の復権に動くなら、氷の大陸にいたほうがいいだろう」


 願ってもないことだった。もっと早く相談するべきだった。地盤が固まってからと思っていたのだが。


「頼む。最初、おれの功績を全て彼女にあげるつもりだったんだが、そんなことをせずとも話の分かる奴がいたもんでな」


 ザカリアス帝は本気で分からない、という顔になってから、


「……私のことか? あまり期待されても困る」

「協力すると言ってくれたからな」


 ザカリアス帝は肩を竦め、吐いた言葉を覆すわけにはいかんな、と呟いた。


 おれは氷の大陸でやれることが一旦区切りを迎えたことを確かめた。

 皇国で独り待っているオイドクシアを迎えに行くときが来たようだ。

 それとは別に、アドルノやオットケの様子も気になる。

 おれは皇国に一度帰還することにした。


 皇国の情報は、おれが氷の大陸で動き回っている間にも入ってきていた。

 目立った動きはないが、氷の大陸に入り込んだ密偵が、無人兵器の報告を過不足なく行ったようで、皇国軍部にちょっとした混乱が生じていた。

 

 そしてギルドの中には、スズシロが手を貸したのではないか、と勘づいている者もいた。

 リーゴスのダンジョンでおれが派手に動いたおかげで、無人兵器といえばおれ、というイメージが根付いた者もいたようだ。

 ただしその連想は、おれが事前に氷の大陸の出身者だと偽っていたおかげで、突飛なものだと片付けられた。

 おれが氷の大陸の軍備を手伝ったのではなく、氷の大陸の技術をおれが持ちだしただけ。そう捉えられたわけだ。


 おれは皇都に帰還し、オイドクシアを氷の大陸に安全に護送するように命じた。

 本当はおれも付き添うつもりだったが、皇都ではいよいよおれを探し出して情報を引き出そうとする動きが強まっていた。

 氷の大陸の物騒な情報が入り、もはや悠長なことは言っていられないといったところだろうか。

 皇都に入ってすぐ、皇国の兵士がおれの前に立ちふさがった。


「ご同行を願う。スズシロ殿」


 表面上、丁重に出迎えられた。しかしその要請を断れば力づくに連れて行かれるのは明らかだった。


「いいだろう。茶くらい出せよ」


 おれが皇城に向かうと、何らかの大規模な会議が行われていたらしく、貴族らしき者が大勢廊下を歩き回っていた。

 その中にギルドの幹部たちもいる。

 ひときわ目立つのはグリゼルディスだった。人の往来が激しい廊下のど真ん中に机を置き、お茶会を開催している。

 優雅に茶を啜る彼女に文句を言う者はいなかった。威厳、というよりも、奇人という評判が知れ渡って、いちいち驚かれないようだ。


「あら、スズちゃん。久しぶりね」

「どうも、グリゼルディス。この集まりはなんだ?」


 グリゼルディスは立ち上がり、ぽんと黒い日傘を出した。ちょうど窓から光が差し込み、彼女の白い肌を優しく灼こうとしているところだった。


「大したものじゃないわ。貴族さんたちは大袈裟にしたいみたいだけれど。戦争の相談ね」

「……氷の大陸について、頭を悩ませているといったところか?」


 グリゼルディスが一瞬、探るようにおれを見たが、すぐに笑顔になった。


「あらあら、スズちゃん。そうなのよねえ。みんなスズちゃんの話を聞きたがってるみたい。期待に応える自信はあるかしら」

「実を言うと、ある」


 きらり、と彼女の瞳が輝いた。


「あら。カッコイイ。でも、残念なことに、ギルドとしては戦争にそれほど関われるものじゃないからねえ。こういう荒事はモルちゃんが専門なんだけれど」


 モル派の頭領モル。確かに戦争や謀略に向いてそうな人物ではある。


「モルはここにいないのか?」

「モルちゃんは、若い頃魔王を討伐したことが心の拠り所になっていたところがあったからね。実は倒せていなかった、と知ってからはもうヤケクソよ。皇国のみならず、国外へも魔王の足跡を追って飛び回ってる。ベルちゃんがいるからなんとかモル派もまとまっているけれど、首領がどっしりと構えてこそ、組織は機能するものでしょう?」


 魔王を倒せていなかった責任を感じているのだろうか。リーゴスとアイプニアは多くのギルドメンバーを死に追いやった。その雪辱を期しているのか。


「そういうものかね。やる気があって結構だと、おれは思うが」

「モルちゃんはともかく、アドルノ派も、トップが行方不明だからなかなか厳しいわよねえ。さっきイドちゃんが軍の偉い人に呼び出されて泣きそうになっていたけれど、普通ならこんなところに呼ばれないのに」

「イドちゃん……。ああ、ギルドマスターのイドゥベルガのことか?」

「そうそう。あ、ほら、噂をすればなんとやら」


 イドゥベルガが城の奥からふらふらと姿を現した。今にも倒れそうなステップを踏んでいたのに、おれの姿を見つけるやいなや、猛然と走り込んで来た。


「スズシロさん! スズシロさん! オイドクシアさんのことで話が」


 泣きかけている。目の下の隈が悪化していた。


「どうした。落ち着け」

「皇帝陛下にオイドクシアさんのことをご報告申し上げたのですが、だましてでも何でもいいからここに連れてこいとおっしゃられて……。どうしましょう」


 おろおろと彼女は慌てふためている。おれは彼女の肩を掴んで無理矢理じっとさせた。


「オイドクシアのことを話したのか」

「はい。スズシロさんに、皇国と氷の大陸の橋渡し役になれと言われたので、私なりに頑張ってみたのですが」

「そうだな……。良い機会かもしれない」


 おれは少し考えて、ヒミコに相談した。おれの考えにヒミコは難色を示したが、結局折れた。


 おれは詳細をヒミコに任せ、グリゼルディスが用意した飲み物でも飲んで、ゆっくりすることにした。

 イドゥベルガは辺りをうろうろして、落ち着かない。グリゼルディスがちょんちょんと彼女の肩をつつくと、必要以上にびびって飛び上がるので、グリ派の頭領はいたく楽しそうだった。


「スズシロさん! オイドクシアさんはどうするんです?」

「ここに呼ぶ」

「でも、ろくな目に遭わないですよ! 可哀想です」

「大丈夫だ。じきに分かる」


 間もなくして、皇城のいたるところでざわざわと騒ぎが起こった。

 中庭だ、中庭に出ろと、人々が口にするようになる。

 おれはゆっくりと中庭の様子を見に行った。

 皇城の人間の大半が、中庭の近くに集まっていた。

 なぜ集まっているのか……。その原因は明らかだった。


 空飛ぶ船の編隊が上空に降臨している。

 空中に静止するひときわ大きな船の上に、困惑気味のオイドクシアが立っている。

 氷の大陸の人間の示威行為。

 無人兵器が中庭に向かって銃弾の雨を降らした。

 誰にも命中しなかったが、その威力は見ればすぐに分かる。

 あちらこちらで恐怖と怒りの声が上がった。


「お、オイドクシアさん……。こわぁ……」


 イドゥベルガが震えていた。知り合いも怯えているくらいだから脅しとしては十分だろう。 

 オイドクシアが何かを言っても言語の問題から通じることはないだろうが、ボロを出す前にさっさと退散させる。

 空飛ぶ船の編隊が悠々と南の空に飛び去っていくのを、皇国の実力者たちは見送ることしかできなかった。


「もうちょっと派手にやっても良かったんじゃないか?」


 おれがベータに言うと、彼女は仏頂面で、


「マスター、楽しんでませんか?」

「そんなことはない。マジメだよ」


 おれはそう言ったが、たぶんヒミコは信じていない。それが伝わってくるほど、彼女は不機嫌そうだった。


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