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密偵



 兵器工場の建設が氷の大陸各地で始まった。

 皇国との戦争で勝つためのもの――という名目だったが、おれとしては皇国との戦争を避ける為の抑止力として活用するつもりだった。

 一から建設するのが難しい場合は既にある“箱”を改築して兵器工場とした。 

 量産する兵器の設計、規格は既に定まっており、必要な機械は輸送時点で組み上がっていた。

 つまり兵器工場と言っても、資材と完成品の置き場を確保する為のスペースが必要なだけだった。

 発電所を併設する案もあったが電力はバッテリーそのものを輸送して賄うことにした。

 発電施設はどのような形式であっても環境に負荷を与えるし、太陽光や風力に頼るなら必要な電力を安定的に確保するのにどうしても大規模になり過ぎる。

 バッテリーをその都度交換し、充電は別の場所で行うようにする。いざというとき兵器工場を迅速に停止できるという利点もあった。氷の大陸の諸国がおれの言うことをいつまでも素直に聞いてくれるとは限らない。


 おれは氷の大陸各地を飛び回った。

 食料が不足しているとみるや食料品を分け与えるだけではなく土壌の改良や水路の整備など、問題点を改善した。

 家屋を修繕し、民が厳しい気候にも耐えられるように配慮した。

 道を整備して往来が容易になるようにした。とにかく彼らが困っていることを見つけ出し、手を貸し過ぎないように考えながら、尽力した。


 氷の大陸諸国はおれの働きを高く評価した。とはいえ、全ての国がおれを信頼したわけでもない。

 続々と完成し、試運転が始まった無人兵器の数々を不気味そうに見る者も多くいた。

 実戦でどれだけの働きをするのか。きっと疑っている者もいるだろう。


 だがそれも織り込み済みの計画だった。

 おれは氷の大陸全土に監視の目を置いていた。

 だから“それ”にすぐに気付いた。


「マスター。上陸しました」


 ベータが報告する。おれはとある兵器工場の中で、その国の王に工場の設備を案内しているところだった。

 いったん話を切り上げて、少し離れた場所に行く。おれは改めてベータに向き直った。


「来たか。思ったより遅かったな」


 ベータが監視している先にいるのは、皇国の人間――氷の大陸にこっそりと上陸し、内情を偵察する斥候だった。

 氷の大陸に皇国と通じている者がおり、皇国の密偵をこっそり招き入れているようだった。

 おれはその密偵の位置を把握し、最寄りの兵器工場から無人兵器を出動させた。

 整備を進めていた演習場へと飛ばす。


「皇国からご到着の密偵を、演習場まで誘導できるか」

「うーん、おのずと見つけるんじゃないでしょうか。少し待ちましょう」


 ベータの言った通り、密偵は街中に紛れ込み、兵器工場とその演習場の位置を把握した。念入りに兵器工場周りを見て回った後、演習場に向かった。その密偵の姿をプローブが空から監視している。


 演習場で無人兵器同士の模擬戦を行った。実弾を使ったものだ。派手にやり合わせ、演習が行われると聞いて野次馬に訪れていた市民を驚かせる。


 密偵もそれを見て驚愕した様子だった。動きがそわそわしている。

 おれはベータに指示して、あえて兵器工場の警備を手薄にしていた。

 密偵は演習が盛り上がっているのを見ると、兵器工場のほうへ戻り、様子をうかがい始めた。

 そして、ろくに監視がないことを確認すると、兵器工場の中に入っていった。


 おあつらえ向きの、小型の偵察機を入り口近くに置いてあった。密偵はそれを奪取すると工場から脱出した。

 それ以上欲張るなら工場の奥から監視役のアンドロイドを動かして、逃走を促すつもりだった。

 密偵は無人兵器の一つを皇国本国まで持ち帰るはずだ。そして、氷の大陸の新兵器の威力を喧伝してくれるはず。


 これで戦争を回避する方向に話が進めばいいがそうはならないだろう。

 これはおれが皇国に無人兵器を売り込むための布石だった。

 生身の人間同士がやり合うことがないようにする準備……。


 おれはとりあえず一つ仕事を終えてほっとした。

 演習場での模擬戦を終える。

 アンドロイドたちで後片付けを行った。野次馬たちは彼らに歓声を送った。

 戦争が近いことは国民も知っていて、こんな兵器があるなら勝利できると士気を高めているようだ。


 おれは密偵が無意味にこの辺をうろうろしないかどうか、監視をし続けていた。

 皇国と通じている人間が入り江に船を用意している。それで脱出するつもりか。

 今回はこれで大人しく帰るつもりのようだ。おれは小さく頷いた。


「やれやれ、あれでばれていないつもりだなんて、舐められたものだな」


 近くで声がした。おれだけではなくベータも驚いた。

 ザカリアス帝が欠伸を噛み殺しながらおれに近付いてきていた。供も連れていない。彼一人だけだった。


「ザカリアス帝……。どうしてこんなところに。というか、何の話だ?」

「うん? スズシロ、きみはたった今、あえて皇国の密偵に兵器の一部を渡して逃がしたな」


 おれは密偵の動きを、プローブのカメラを通じて監視している。

 それをザカリアス帝が把握しているのは奇妙な話だった。


「ザカリアス帝……。あんたは不思議な人だな」


 ザカリアス帝はふふふと肩を震わせた。


「きみには言われたくないよ。きみにはきみの思惑があるようだ。我々より一つ上の次元で思考しているというか、な」

「おれが信用できないか?」

「いや。きみが我々のためを思って行動していることは、ひしひしと感じるよ。だから、このことをとやかく言うつもりはない。ただ私は世間話をしに来ただけだ。あんなマヌケな密偵を、私はここ数年で50人は見て来た」


 おれが飛行艇でこの国にやってきたこともあっさり察知していた人物だ。皇国からの密偵に気づかないはずがないか。


「皇国の密偵をその都度、見逃してきたのか?」

「密偵に気づいていたのは私だけだったがね。決定的な情報を渡さなければ、それで構わないと考えていた」

「決定的な情報?」


 おれの質問に、ザカリアス帝は意外そうな顔をする。


「皇国が戦争を起こせば、我々は敗北するだろう。彼らがそれを確信させるに足る情報のことだよ」

「……敗北なんてしないさ」


 ザカリアス帝はにっこりと笑み、腕を組んでおれの全身を眺め渡した。


「今はきみがいるからな。皇国がこの地にどんな魅力を感じて戦争を起こそうとしているのかは分からないが、これまでやれることはやってきた。今は少し安堵しているよ」

「そうか。……さっきも聞いたが、ザカリアス帝、どうしてこんなところに? それも、一人で」


 おれはまだザカリアス帝から距離を取っていた。何か不穏な雰囲気がある。

 ザカリアス帝はフレンドリーに腕を広げた。


「きみから私に話があると思ってね。私の勘違いだったかな?」

「いや……」


 おれは氷の大陸を色々と見て回った。

 地形、文化、風土、興味深い点は色々あったが、一番興味が湧いたのはザカリアス帝という人間だった。


「……ザカリアス帝、あんた、人間じゃないよな。どうして人間の国の王に収まっている? そのことを他の連中は知っているのか?」


 ザカリアス帝は微笑んでいた。おれの疑問を予見していたのだろう。余裕が崩れなかった。


「私は何に見える?」

「魔族……」

「正解だ。だが、ただの魔族ではない」

「もしかして、魔王か?」


 ザカリアス帝はすぐに返事をしなかった。笑みを湛えて、おれとベータを静かに見つめていた。



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