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タージ公国



 タージ公国に向かうにあたり、輸送船を準備していた。

 皇国各地の兵器工場にて、大型の飛行輸送船を建造させ、物資や兵器を円滑に輸送できるように手配していた。

 目立つのを避ける為に、実際に輸送飛行船の運用は行っていなかったが、この度解禁した。

 

 おれたちが飛行艇に乗り、タージ公国の上空で待機していると、皇国各地からやってきた輸送船が続々と集結し始めた。

 おれはそれを確認するとまずおれたちが乗っている飛行艇を着陸させた。

 そこは海岸沿いの、防壁近くだった。海岸線に沿って石垣が築かれており、敵の上陸を防ぐためのものだ。

 労役に就いているのは半裸の男たちであり、ろくに食事も摂らせてもらっていないことは見れば分かった。

 監督役と思われる兵士が数人、飛行艇を遠巻きに見ている。突然空から降ってきたので恐怖しているらしい。

 人間らしい感情を失ったタージ公国の人々――奴隷たちは虚ろな目で飛行艇を見たが、仕事を放棄することのほうが恐ろしいらしく、作業を進めた。


 おれはそんな奴隷たちに聞こえるように言った。


「もうそんな作業はしなくていい! おれはラズ国から派遣されてきた技師だ。防壁や砦、兵器の建造が専門だ。だからもうこんな非効率な作業はやめろ」


 監督役の兵士たちがそれを聞いて走り込んでくる。


「なんだお前は! そんな話は聞いていないぞ!」

「余計な真似をするな。間もなく戦争が始まるんだよ!」

「これは罰でもある。大陸の意思を統一しなければ皇国に勝てるはずがないのに、タージ公国の愚民どもは足並みを乱したのだ」


 おれは肩を竦めた。


「確かに、現場がこんなんじゃ、皇国に勝てるはずもない。おれは皇国に行ったことがあるが、こんなちゃちな防壁、簡単に突破するぞ。そもそも海岸線に防壁を築いて何の意味があるのかね。もう少しマシな対抗策は思いつかないのか」

「なんだと!」

「しかし防壁を築くのがお望みだというのなら、おれがやろう。計画書か何かあるか? どこから材料を切り出している? おれなら奴隷なんか使わなくとも、従来の100倍のスピードで仕上げてやるよ」


 兵士たちはなおもおれに罵声を浴びせてきたが、遠くから別の兵士が駆けてきた。

 その兵士は伝言を携えていた。おれと飛行艇をちらちら見ながらも、伝言を仲間に伝える。


「……なんだと……。雷剣帝ザカリアスがこいつを派遣した? しかし、ここは現在我々の支配下で――」

「大陸を統一して一丸にならなければ、皇国には負けるんだろ? なら素直におれの力を受け取っておきな。せめて一日、おれの働きぶりを見ておけ」


 兵士たちはおれをじろじろと見た後、いつの間にか作業を止めて話を聞いている奴隷たちを睨み、それから舌打ちしてこの場を去った。


「――ちっ! 奴隷ども、今日は休養日だ。この温情に感謝するがいい」


 兵士たちは去った。しかしタージ公国の労働者たちはまだ戸惑っていた。国が滅んでからまともな扱いを受けてこなかったのだろう。

 おれはベータに命じて、彼らの為のまともな衣服と食事を用意させた。

 彼らをこの場から退去させた後、空から輸送船を下ろす。

 輸送船は物資や砦の部材の他に、重機も積んでいた。

 巨大な鉄の塊が続々と輸送船から出てくるのを見て、タージの民は目を丸くした。


「……具体的にどう防壁を構築するつもりなのかいまいちわからないが、皇国から氷の大陸に上陸できる箇所はそれほど多くはない。防壁と砲台を造り、ついでに近くにある港湾整備も進めよう」


 重機と共にアンドロイドも複数人現れた。彼らが現地の人間と交渉、作業の説明をする。

 タージの民は海岸から少し離れた場所から作業を見守っていた。彼らの住まいがあまりに貧弱だったので新しいのを造った。とりあえず彼らにはその新しい住まいの内装を整える作業をしてもらうことにした。


 重機が石切り場の石材を凄まじい速度で切り出していく。その現場で作業していた人間も監督役も、唖然として作業を見守っていた。重機の駆動音に耳を塞ぐ者もいた。

 切り出した石材はトラックで運んだ。海岸までの道がろくに整備されていなかったので、トラックが行き交う隙間の時間にアスファルトで固めていった。

 海岸線に石材を運び入れ重機のアームがそれを所定の位置に積んでいく。適当に切り出したとしか思えない石材が、現場でぴたりぴたりと接合していく。

 皇国から持ってきた鉄の部材で石の防壁を補強し、完成した防壁部分に砲台を取り付けていく。

 更に、防壁とは別に、上陸した敵を集中砲火で叩けるように、奥まった場所に砲台を造っていく。木や岩に溶け込むように偽装したそれに、現地の兵士たちが興味津々だった。

 操作方法を教え、海洋上に向けて一発だけ試射したところ、簡単に正確な場所に撃ち込めること、着弾地点の爆発規模の大きさに、彼らは驚嘆していた。


「これは魔法を使っているのか? 凄まじい兵器だ……」

「ああ。だが、魔法を使えない人間でも扱える。あとで弾薬の保管方法や扱い方、整備方法も教えるよ」


 しかしこれらの兵器は、実はヒミコに管理されていて、ヒミコの許可がなければ稼働しないように制御されていた。今回の戦争もどきが終わった後、別の目的で使用されるのを避ける為だった。


 おれたちの作業は丸一日続いた。防壁のかなりの部分が完成し、しかもその堅固さは手積みのそれとは比較にならなかった。

 

「作業を任せてもらえるか?」


 おれが監督役たちに言うと、彼らは認めざるを得なかったようだった。


「……分かった。上には私たちのほうで報告しておく。では奴隷たちは別の場所で――」

「奴隷じゃない」


 おれはきっぱりと言った。


「彼らはタージ公国の民だ。皇国との戦争に備えるためにタージ公国を攻め、滅ぼしたんだろう? だが、はっきり言って、おれたちだけで彼らの労働力全てを賄えてしまう。彼らには、もっと人間らしい暮らしをさせて、別の仕事に就いてもらう」


 タージ公国の民の中には、おれたちの仕事を手伝いたいという者もいた。

 正直、作業は全て自動化できたので、彼らには占領前にしていた仕事を再開してもらった。再開が困難な者にはおれたちのほうで可能な限りサポートをした。


 おれはタージ公国全域で行われている非人道的な振る舞いを正す為、海岸線での作業を終える前から移動を開始した。おれたちの重機のパワーの噂はすぐに知れ渡り、現地で歓迎された。もちろん、面白く思わない者も大勢いたわけだが……。


 とにかくおれは必死だった。目の前に横たわる課題をクリアしたら次の課題に飛びついた。やろうと思えばいくらでもこの国を豊かにすることも可能だったがそれは今回の目的ではないし、彼らの自立心を脅かす行為だ。とにかく作業のスピードを重視して国中を飛び回った。


「マスター。ザカリアス帝が、一旦戻ってこい、と」


 ベータが報告する。ラズ国に残していたアンドロイドからの連絡だった。


「戻る? 何のために?」

「マスターが派手に動き回ったおかげで、諸国の合同軍議が執り行われることになりました。怒られるのか褒められるのか、どっちでしょうね」

「それにおれも参加しろと? 国の代表者が集まるものなんだろ?」

「マスターがどんな人物なのか、その思惑が知りたいので、諸国の代表者が軍議の開催を要請したようです」

「うむ……。思ったより早かったが、好都合か。氷の大陸の更に詳細な情報を得るチャンスでもあるな」


 現場に大きな恩恵と混乱を巻き起こし、おれたちはタージ公国を一旦離れた。アンドロイドを何体も配置したのでまた奴隷扱いが横行するようならすぐにそれを阻止できる。

 おれとベータはラズに向かった。タージ公国に滞在していたのは僅か九日だった。




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