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ザカリアス帝


 ザカリアス帝はどこからどう見ても若者だった。治世80年と言っても、国民には知られない形で、こっそり代替わりしていたのだろうか。

 しかしそれにしては、堂々と姿を現している。突然やってきたおれたちにあっさり姿を晒しているところを見ると、国民もこの姿を知っているはずだ。

 ならば魔法で姿を誤魔化しているのだろうか。ベータが今、やや距離はあるがスキャンを試みている。肉体年齢がすぐに分かるはずだ。


 ベータがここでスキャンを終えた。すぐに結果を報告しない。

 おれは声に出さず、通信で彼女に尋ねた。


《どうした。年寄りなのか、若者なのか、どっちだ》

《おそらく、齢は80を超えています》

《そうか。……おそらくというのは?》

《彼は人間ではありません。魔族です》

《魔族?》


 ザカリアス帝は困惑するおれを知ってか知らずか、玉座から下りて、近づいてきた。衛兵が四名いたが、君主が犯罪者の近くまで来ても意に介さない。

 近くに控えていたレーム将軍がそれを見てこの場から退去しようとしたが、ザカリアス帝は彼の肩を掴んで逃がさなかった。


「レーム将軍。きみに特命だ。彼の乗って来た船が近くに隠しているはず。それを探してきてくれ」

「船? 我が賢しき君主よ、ラズは内陸国だ。船なんて……」

「空飛ぶ船だよ。私は先ほどこの国に飛来する船を見た。それにこのスズシロが乗っていたんだ。是非、空飛ぶ船が欲しい。押収してきてくれ」


 ベータがすぐさま遠隔操作で飛行艇を離陸させた。レーム将軍が謁見の間を出て行こうとしたとき、ザカリアス帝がハハハと笑った。


「なるほど、味方がいるか、それとも遠隔で操作できるのか。船を逃がしたね、スズシロ。ますますきみのモノが欲しくなった」


 ザカリアス帝はここからそれなりに距離のある飛行艇の動きを敏感に察知した。

 なかなか出し抜くことが難しそうな人物だ。おれはザカリアス帝の一挙手一投足に注目した。


「……ザカリアス帝、おれはこの国に兵器を売りに来た。空飛ぶ船や、先ほど暴れさせた機械人形も、ザカリアス帝が欲するなら、提供したいと考えている」

「ほう? ありがたい話だ。なにせ戦争間近の状況だからな。しかし幾つか疑問がある。きみはこの大陸の人間ではないね?」


 誤魔化すことは不可能だと判断した。おれは頷く。


「ああ。旅の者だ。先日まで皇国にいた」

「皇国!」


 レーム将軍が声を荒げる。ザカリアス帝が手を持ち上げて制した。


「しかし、皇国の人間というわけでもないようだが?」

「ああ。あくまで一時的な逗留先といったところだ。そこで皇国が氷の大陸への侵攻を計画していることを知り、稼ぎ時だと判断して、ここまで飛んできたというわけだ」

「……きみの優れた技術は、皇国も持っているのかな?」


 おれは少し考えて、


「おれは皇国の事情をよく知らない。そしておれは世界最高の技術者ってわけでもない。同じ水準の技術を皇国が持っている可能性は十分ある」


 ザカリアス帝はおれの言葉を聞いてにやりと笑った。


「そうか。きみが皇国にこの技術を渡さない理由は何かな? 金を稼ぎたいだけなら、皇国だって商売相手になるはずだ」

「向こうの人間は、おれを強引な方法で利用しようとしてきたからな。気に食わないのさ」


 おれは適当に答えた。ザカリアス帝は値踏みするようにおれを観察し続けている。


「……きみは本当のことを言っていない。そうだろう? だが、私たちを騙したいわけでもないようだ。何となく、私には分かる……。いいだろう、きみの持ってきた商品を全て見せてくれ。前向きに購入、導入を検討しよう」

「それはありがたい。だがおれが売りたいのはそれだけではなくてね」


 ザカリアス帝は玉座まで戻り、勢い良く腰かけておれを見下ろした。


「と、言うと?」

「築城技術、造船技術にも自信がある。聞くところによると、タージ公国の奴隷に前線基地の建設や海外線の砦の建築などをやらせているそうだな。おれならもっと効率的にそれをやれる」

「奴隷ね……。その件か」


 ザカリアス帝は嘆息した。


「それについては私も頭を悩ませている。諸国の代表者を集めた合同軍議で決まったことだが、敗戦国の人材の有効活用などとのたまって、非人道的な統治が行われているようだ。実際に挙兵したのは私ではなくタージ公国の隣接国で、我がラズ国からは一切派兵していない。ゆえに容易には口出しできない状況だ」

「ラズ国は各国の中でも一番の発言権があるのでは?」


 おれの言葉に、レーム将軍は盛大に嘆息した。ザカリアス帝は苦笑する。


「まあ、国力的にはそうだ。だが、元々、皇国という共通の敵がなければ、いがみあっていた国だ。私が出過ぎた真似をすれば、あっさり内部分裂するだろう。私が治世に就いてからは戦争が極力起きないよう配慮してきたが、どうしても身を守る為に武力を行使しなければならないこともあった。国を発展させていく過程で、他国から恨みを全く買ってこなかったかと問われれば……」

「そうか……」


 ザカリアス帝はぽんと手を叩いた。明るい表情になる。


「しかしスズシロ。きみが言いたいことは分かった。今の状況を改善できるというのなら、きみの力を借りたいと思う。現地に降り立ってある程度の裁量を振るえるよう、こちらから話を通そう。きみの技術がどれだけのものか、分からないがね……」

「すまない。恩に着る。商品については、おれの部下が後で持ってきてくれるだろう。早速現地に向かいたい」

「分かった。きみがこの国でしでかしたことは一旦咎めないでおく。より大きな恩恵をこの国にもたらしてくれそうだ」

「どうも」


 ザカリアス帝はおれがアンドロイドを使って施設を破壊したことを、不慮の事故ではなくわざとだと分かっている様子だった。深く尋ねてこないことに若干の居心地の悪さを感じる。

 おれとベータはそのまま謁見の間を出た。ベータは釈然としない顔だった。


「どうした、ベータ」

「魔族が王の座に就いているというのも妙ですが、それはいいとしても、魔族とて人間と同じように老いるはずです。それが彼は若々しいまま……」


 まだそんなことを考えていたのか。おれたちのやるべきことは変わらない。些細な問題のように思える。


「奇妙だが、今はそれはいいんじゃないか。彼が物分かりの良い男で助かった」

「ええ……」


 まだベータは微妙な顔をしているので、おれは少し考えた。


「おれたちが学んだ魔法の技術の中には、若返りの技法なんてなかったな。治世80年と言いながらも実は代替わりしている、なんてこともなさそうだ。可能性があるとすれば……」

「一つだけ、あります」

「なんだ?」

「彼は魔族の肉体を乗っ取った魔王である、ということです」


 それはとんでもなく荒唐無稽な推測だった。おれは最初笑ってしまったが、ベータはこんなときに冗談を言うようにはプログラムされていない。


「……本気で言っているのか?」

「ええ。彼が人間に友好的な存在で、事実80年にも渡って国を立派に治めているのは事実ですから、我々がどうこうするという話でもないですが」

「……よく分からないな。この国のことは、色々と……。魔王、ね……」


 彼が魔王なら、超人的な魔法使いであることにも納得がいく。しかし魔王が国を背負って人間を導いている現状はあまりに不可解だ。やはり、魔王などではないのでは?

 そう思いつつも否定する材料がなかった。おれとベータは疑問を抱えつつも、一度上空に待機させていた飛行艇を呼び戻して、氷の大陸北部のタージ公国跡へと向かった。



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