表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/171

ヴァレンティーネ

 ダンジョンの入り口は山の傾斜の中腹にあった。まばらな木々に囲まれ、つるつるした岩場のせいで足を取られやすい。8人のパーティはダンジョンから少し離れた山林の中で待機していた。なぜならダンジョン周辺は魔物がそこかしこに姿を見せ、思うように近づけないせいだった。


 おれはヒミコと共にパーティの一団に近づいた。周囲を警戒していた痩せた男が、いち早く気づき、持っていた弓矢をおれに向けてきた。ヒミコが咄嗟に盾になるように俺の前に出た。そんな彼女をおれは制した。


「怪しい者じゃない。ちょっとあんたたちの話が聞きたくてね……。おれはスズシロ。冒険家だ」


 おれの言葉に、痩せた男は全く警戒を解かなかったが、ひょっこり顔を出したニュウがぶんぶんと手を振ってきた。


「わぁ! スズシロだ! どうしてここにいるの!?」


 ニュウがぴょんぴょん飛び跳ねるのを見て、痩せた男は拍子抜けした顔になった。静かに弓矢の構えを解いた。


「知り合いか? ニュウ」

「にゅう! そうだよ! スズシロは凄いんだ。村の病を全部治しちゃった。皇都の医師団も手が付けられなかった病を、たった一晩で解決!」

「そういえばそんなことを言っていたな」


 痩せた男はじろじろとおれを観察した。おれは手を軽く上げて、敵意がないことを示した。それからニュウに連れられて一団の長のもとへと向かった。

 パーティのリーダーは女だった。銀色の巻き毛はいかにも貴族風で優雅なものだが、体格は男性顔負けの悠々としたもので、大型の油臭い鎧を着用し、傍らには身の丈ほどもある大剣が置いてあった。目つきがやたら鋭かったが、おれを見るとにっこりと笑み、少女のようなあどけなささえ感じられた。


「ヴァレンティーネといいます。スズシロさん、と言いましたか。もしやレダさんがおっしゃっていた凄腕の医師とはあなたのことですか」


 ヴァレンティーネの隣にいたのはレダだった。おれの登場に目を丸くしている。


「別に、おれは凄腕ってわけでもないが……。医療知識があるくらいだ。こっちのヒミコはかなりのものだがな」


 おれは慎ましくおれの後ろに控えるヒミコを指差していった。ヴァレンティーネは興味深そうにヒミコの全身を眺め渡した。


「ほう。それは素晴らしい。それで、我々にいったい何の用です」

「レダに用があって来た。いったいどうしてダンジョンに挑もうとしているのか、と」


 レダは自分を指差して、「私?」と意外そうにした。それから自信なさげに辺りを見回す。


「……だって……。私の村をめちゃくちゃにした魔物が憎かったから。原因を断たないと、何度でも襲ってくるでしょう?」

「今、このタイミングでか。村はまだ病から立ち直っていない。おれが見た感じ、村の中でもお前は一目置かれた存在だな、レダ。そんなお前がダンジョンで野垂れ死ぬことになれば、村の人たちの絶望たるや……」


 おれの言葉にヴァレンティーネが割って入る。


「スズシロさん。心配せずとも、レダさんとニュウさんをダンジョン内に連れて行くことはありませんよ。彼女らは我々に直談判しに来たのです」

「直談判?」

「我々は皇都に拠点を置く冒険者で、主にダンジョン攻略をして生計を立てています。レダさんが皇都で魔法を学んでいる間、ちょっとした縁で魔物討伐任務をご一緒したことがあるんですよ。そのときレダさんは、村の近くに魔物の巣か、ダンジョンがあるから、討伐して欲しいとお願いしてきました。当時の我々は別の案件を抱えていましたから身軽に動くことができませんでしたが、今こうしてやっと、レダさんとの約束を果たしに来たというわけです」

「魔物の討伐……。あんたたちは腕は立つのか?」

「まあ、それなりには」


 ヴァレンティーネは薄く笑った。おれも一通り武術の心得はあったが――武術の運動情報や知識を直接脳にぶち込んだけというお粗末なものだった――確かにこの銀髪の女戦士は只者ではないオーラを放っていた。

 レダが不安そうな面持ちで言う。


「私は、一緒に魔物を倒したいって思ってたの。魔法で役に立てるって。でも、ヴァレンティーネさんは駄目だって」

「魔法使いなら足りています。私も心得はありますし。それに何より、常人ではダンジョン攻略はままならない。特に、魔法の素養がある人ほど危ないと言えます」

「と、言うと?」


 おれは情報を得るチャンスだと思い先を促した。ヴァレンティーネは口調を少し改め、年少者に講義をする教師のような口ぶりになった。


「ご存知の通り、地上には微量の魔力が散らばっていますが、ダンジョン内のその濃度は地上の比ではありません。魔法を使うのに必要な魔力は、人体には毒ですから、人体内できちんと魔力を安全に循環させ処理する技術が必須です。半端に魔法を使える人間はめいいっぱい魔力を内に溜め込もうとするので、かえって危険なのです」

「地上にも魔力って奴はあるんだな」


 おれはヒミコに目配せした。彼女は小さく首を振った。空気中にそのようなものは検知されていないようだ。珍しいものなら真っ先に報告してくるはずだから、その魔力というものはおれたちにとって既知の物質か、あるいはあまりにも未知過ぎて検出すらできないか。

 前者なら話は簡単だが後者となると厄介なことになりそうだ。おれの唯一の武器である科学の常識というやつが通用しない。


「レダは、その、魔力を人体内で安全に処理する技術を持っていないのか」


 おれの質問にヴァレンティーネは目を見開いた。他のパーティメンバーも少しざわつく。


「スズシロさん、あなたは異国の方ですか? 魔力を無毒化する技術というのは、つまり、これです」


 ヴァレンティーネは鎧の奥から小さな懐中時計を取り出した。


「時計?」

「はい。ああ、いえ、時計が特別なのではなく。冒険者ギルド員は金を出し合って、皇都の上級魔法使いを雇い、魔力を無毒化するアイテムを作ってもらっています。その際、所有者の思い入れのある物品を媒体とすることで効果が高まるとされています。このアイテムを俗に聖印といいます」

「ふむ。聖印」

「簡単に言うと、ギルドに選ばれた人間しかダンジョン内には入れません。入っても魔力にやられて死にます。子どもでも知っていることですよ。異国でもダンジョンはあるでしょう?」

「ああ。無知で済まないな」


 おれがあまりにも堂々としているので、ヴァレンティーネは少し戸惑ったようだった。それから咳払いをする。


「そういうわけで、レダさんをダンジョンに連れて行くことはできないと話しました。しかし彼女は、聖印がなくとも、自力で魔力を無毒化できると言っています。皇都の上級魔法使いがアイテムに託してやっていることを、彼女は自前でやってのけると」


 おれはレダのほうを見た。彼女はぎこちなく頷いた。


「ええ……。皇都で学んだから、その点は大丈夫。ギルドの規則では聖印がないとダンジョンには入れないことになっているでしょうけど、別にダンジョンはギルドの所有物でもなし、私はギルドの人間でもなし、問題はないはず」

「ありますね。一緒に素人を連れて行ったとなると、私がクビになります」


 ヴァレンティーネは苦笑交じりに言った。おれは彼女の苦悩が理解できた。レダは不安そうな顔をしつつも、なんとも強情だった。引き下がろうという気持ちがないようだった。


「なるほど。レダ、ニュウ、お前らは村に帰れ」


 おれの言葉にレダは落胆し、逆にヴァレンティーネは思わぬ援軍に心底ほっとしたような顔になった。


「でも、スズシロ……!」

「ダンジョン攻略のプロが六人、来てくれたんだろう。彼らに任せればいいじゃないか。わざわざ聖印なしでダンジョンに挑むのは危険だ。もし本当に自分でダンジョンを攻略したいなら、聖印というやつを貰ってくるしかない」


 おれの言葉にヴァレンティーネは何度も頷く。


「そうでしょうとも。そうでしょうとも」

「あまり大人を困らせるものじゃない。分かったな」


 レダの隣にニュウが飛んできた。そしてイーっ、と歯をむき出してきた。


「なにさ。スズシロ。わたしたちのこと要らないって言ったくせに。指図するの」

「しかし、お前らな……」

「余所者のスズシロには関係ない。それとも、わたしたちの主人になる気になった? そうしたらわたしたちも言うことを聞くよ?」


 ヴァレンティーネたちが、初耳だとばかりにおれのほうを見た。おれは肩を竦めた。


「こっちの話だ。レダ、ニュウ、村まで送るよ。おれはお前らにこんな風にしてもらいたくって、貰うのを断ったわけじゃない」


 しかしレダは走り出して、姿を消してしまった。おれは、遅れてレダについていこうとしたニュウの腕を掴むことしかできなかった。


「離して、スズシロ! わたしも行くー!」

「どこへ行くっていうんだ」


 おれはヒミコに目配せした。周辺に配置しているプローブのおかげでレダの居場所は筒抜けだった。おれはニュウを連れてゆっくりとレダのもとへと歩み始めた。ヴァレンティーネたちはそれを半ば呆然としながら見送るしかない。おれは彼女たちの復讐心を理解しつつも、それならば自分には何ができるのか、考え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ