レーム将軍
おれたちが連れていかれたのは牢屋や留置場というより、兵隊の詰所だった。
殺気を纏った兵士たちがおれやベータを睨みつつも、何も言わずに通り過ぎていく。
小さな空間に椅子が数脚置いてあるだけの部屋に連れられ、拘束もそのままに、座らされる。
拘束を緩めていなければかなり苦しいところだった。
見張りの兵士が四人、おれとベータの周りに立った。じろじろと観察されている。
どれくらいの時間待たされたのか感覚では分からない。何かと質問してみたが全て無視された。
ベータの時計によれば二時間と少し経った後、部屋の扉が開いた。
その辺の兵士より豪華な装飾のついた鎧を着た男が現れた。
見張りたちがかしこまり、敬礼する。
おれもそれに倣ってやろうと思ったがベータにじろりと見られたので腰を少し浮かしただけでやめた。
「そいつが例の機械人形を操っていた人間か?」
男は尊大な態度でおれを見下ろした。そして椅子に凛として腰かけるベータを見て少し驚く。
「この辺ではなかなか見ないレベルの美人だな……。手荒な真似はしていないだろうな?」
「は? いえ、しかし、レーム将軍、こいつらは王城を襲撃した機械人形を操っていた輩で……」
レーム将軍は足を踏み鳴らして激怒した。
「バカ者! 拘束を解け」
「拘束を解くのは……。危険です」
「将軍の命が聞けないか? 心配せずとも危険はない」
「はっ……」
兵士たちはおれとベータの拘束を解いた。レーム将軍は近くにあった椅子を自分に引き寄せ、腰かけた。
「……お前たち、退出しろ」
「え?」
「いいから。私はこの女性――襲撃犯に話がある。いいから出て行け」
兵士たちは狼狽えつつも、命令通りに部屋から出て行った。
部屋を出て行った兵士たちは、レーム将軍に聞こえないくらいの小声で、さすが女好きで有名なレーム将軍、犯罪者でも見境ないな、とぼやいていた。
レーム将軍はじろじろとベータの全身を舐め回すように見ている。
性的な目で見ている……、と最初おれは思ったが、すぐにそうではないと気づいた。
人間かどうか疑っている。レーム将軍の眼差しは鋭く、一分の油断もなかった。
「レーム将軍。うちのベータに興味があるのか?」
「ん? ああ、こんな美人は滅多に見ないからな」
レーム将軍はおれにも随分気安い雰囲気だった。本当に危険はないと信じている様子だった。
「この国の実情はよく知らんが、美人と聞けば将軍が飛んでくるような呑気な国なのか? 有事のこんな時期に? うちの商品――機械人形を見たんだろう」
レーム将軍は表情を緩め、頬をぽりぽりと掻いた。
「うむ……。まあ誤魔化す必要もないか。我が君主、ザカリアス帝が、貴様とその助手を王城まで案内せよと命を下したのだ。ザカリアス帝が間違った判断を下すことは滅多にないが、あまりに危険なので、こうして私自ら様子を見に来たという次第」
「ザカリアス帝はうちの商品を見て、気に入ってくれたか?」
「うむ、だが、それが妙な話でな。商品は四つあるというのだ。つまり、このベータという女性も機械人形だと示唆された。そんなバカな話があるかと、確かめたいと思っていたのだが」
どういうわけか、直接会ったわけでもないザカリアス帝は、ベータが人間ではないと看破している。
「……その、ザカリアス帝は魔法の達人だったりするのか?」
そうでなければベータが人間ではないと見抜けるはずがない。
レーム将軍は今度はおれをじろじろと見た。
「ほう? 国の内外にその名声が轟く雷剣帝ザカリアスの実力を知らない? 治世80年、小国ラズをその気もないのに大国へと押し上げた辣腕を知らないとは、どんな辺境の人間だ?」
「いや……。どれほどのもんかなと思って」
「政治的手腕だけじゃなく、魔法においても大陸最強との呼び声高い名君さ。やる気がないのが玉に瑕だがな」
治世80年と言っていた。ということはつまり相当な高齢だろう。
さすがにプローブを大量に送り込んでも、国家の中枢の様子までは盗み見ることはできなかった。どんな人間なのかは分からない。
レーム将軍は立ち上がり、ベータに近づいた。そしてその腕を手に取る。
「人間にしか見えないが。ザカリアス帝は間違ったことは言わない。人間ではない、のか……?」
ベータがおれをちらりと見た。仕方なく、おれは頷いた。
ベータが手首の部分をポコッという音と共に外した。いきなり手が分離したのでレーム将軍は驚いて退いた。
手の断面には金属のフレームと極細の配線が見えている。明らかに人体とは違う造りだ。
「なんということだ……。き、気色悪いなこれは……。人間にしか見えないのに、人形なのか……」
ベータはくすくす笑いながら手を戻した。ほっとしたようにレーム将軍は息をついた。
「それで? ザカリアス帝がおれたちに会いたがっているんだろう。案内してくれないのか?」
「あ、ああ……。しかし凄まじく精巧な人形だ。人間と同じように振舞っているのも、想像がつかないほど高度な技術……。技師、そなたの名前を聞いておこうか」
レーム将軍はやっとおれに興味を抱いたようだ。おれは肩を竦め、
「スズシロだ」
「スズシロ、我々ラズに商品を紹介したいらしいな。新しいもの好きのザカリアス帝は、戦争がなくとも、そなたの商品を高く買い上げるだろう」
「そうか。それは良かった。だが、ザカリアス帝にはおれからも話があるんだ。」
「ほう?」
こんなに簡単に国のトップと話せるとは思っていなかった。しかし順調過ぎるからこそ、用心してしまう。
ザカリアス帝が一筋縄ではいかない人物であることは間違いない。向こうにも何かしらの思惑がある。それに乗せられるとこちらの目的が達成できない可能性がある。
おれとベータ、レーム将軍は部屋を出た。控えていた兵士たちは拘束もなく歩いているおれたちを見て驚いていた。ザカリアス帝がおれに会いたがっていることは、末端の兵士には伝わっていないようだ。
兵士の詰所から王城へとその足で向かう。もちろん道中、大勢の兵士とすれ違ったが、レーム将軍の手前、睨みつけてくる者はさすがにいなかった。
王城の謁見の間まであっという間だった。ザカリアス帝は玉座に腰かけて待っていた。
治世80年の傑物――そのはずだが、そこに腰かけていたのは浅黒い肌の若者の姿だった。この国の人間は全体的に肌が白く、頭髪は明るいものが多かったが、ザカリアス帝の肌はそうではなく、黒髪、顔立ちもどこか別種のものに思えた。
「スズシロ。待っていたよ。空の彼方より来訪せし者」
ザカリアス帝はにやりと笑っておれを出迎えた。空の彼方――氷の大陸の外からやってきたことがばれている?
いや、ひょっとして、星の外から来たことが? おれは少し動揺してしまった。




