ラズ
おれはベータと共に案を練った。まず緊急性の高いタージ公国の奴隷解放の為、氷の大陸に出向き、兵器をプレゼンする。この兵器さえあれば奴隷を無理矢理働かせて軍備を整える必要はないと説得する。
兵器と引き換えにタージ公国の独立を認めさせる。外国に逃れたオイドクシアが優れた手腕を発揮して外国の兵器技師を連れて来たと言えば、戦後の彼女の立場も良くなるだろう。
氷の大陸で兵器の生産を始めたら、そのことを皇国に報告する。氷の大陸の兵器は強力で、とても太刀打ちできない。きっと死人が出ると脅す。
もしそこで皇国が侵攻を諦めるのならそれでよし。そうでなければ、おれのほうから兵器をプレゼンする。氷の大陸出身者だと信じ込んでいる皇国の中枢は、おれが氷の大陸の兵器と同種のものを持ってきても不思議には思わないだろう。
無人兵器同士のやり合いになる。海洋上の戦いになるだろう。おれは皇国に兵器と情報をもたらした功績を盾に、皇国の目的を知る。あるいは、作戦上重要なポストに就けば、おのずと皇国の目的を知ることができるかもしれない。
皇国は何を目的に氷の大陸を攻め上がるのか……。単純に資源ならばおれがその代わりを調達できる。氷の大陸が持つ知識や技術ならば、やはりそれもおれが提供できる。とにかく、戦争を止め、和平交渉が成立するようにする。その時間稼ぎを無人兵器同士の戦いでしてもらう。
これが計画の大筋だった。細かいところはヒミコに詰めてもらうとして、最初の交渉がうまくいくかどうか、それが一番の難関だった。
オイドクシアは氷の大陸内部の情報を話してくれた。氷の大陸諸国は皇国の脅威に団結し、諸王の共同軍議を開催した。その議長が大国ラズの“雷剣帝”ザカリアスであり、交渉するなら彼が一番だろうとのことだった。
「オイドクシア、おれがこれからしようとしていることを簡単に説明する。そんなことが本当に可能なのか疑問に思うだろうが、その辺は置いておいて、このことを望むかどうか教えてくれ」
おれが今後の計画を話すと、オイドクシアは少なくとも10回は驚いた。
「スズシロ……、様。どうして私とタージ公国にそこまでの厚意を?」
オイドクシアは随分しおらしくなっていた。おれは思わず苦笑した。
「あんたと、あんたの国の実情が、見てられないからだ。これがこの星にとって最善の選択になると信じている。それと、様はつけなくていい。さっきまでの威勢の良さはどうした」
オイドクシアは涙の跡を隠そうともせず、おれを見つめた。
「しかし……。もう私には味方はいないと……」
「絶望していたわけだ。ならば、おれに賭けてみないか。おれたちは今すぐにでも行動できる」
オイドクシアは自分を見下ろし、豪華な衣服も装飾品もお供もない現状を再確認した。
「賭けるも何も。私からスズシロ様に報いることはできない。何も持たない私では……」
「気にするな。おれはこれが正しいと思っているからそうするだけだ。おれが求めているのは許可だけだ」
「許可?」
「おれはこれから暴れてくるわけだ。もしかするとお前の育ってきた場所が一変するかもしれない」
「そんなの……。私からは頭を下げることしかできないわ。国を取り戻し、戦争を回避できるなら、これ以上望むことなんて」
「決まりだな。おれは早速氷の大陸に行ってくる。あんたはしばらくこの小屋で過ごすと良い。必要なものはすぐに作らせるから」
「スズシロ様! 命を助けてくれてありがとう。そして、気にかけてくれて……。もし失敗しても恨まないから。だから、無茶はしないで」
「ああ。無茶したくても、こいつらがさせてくれないさ」
おれとベータは飛行艇に乗り、南の氷の大陸へと向かった。
おれ自身が氷の大陸に向かうのは初めてだった。探査船は暇を見つけては氷の大陸に近づき、プローブをばらまいていたようで、地形や国の情報はかなりの量手に入っていた。
オイドクシアが話していた大国ラズは氷の大陸の中央にあった。
氷の大陸とは名ばかりで、大陸中央部は肥沃な大地があり、草花が生い茂っていた。
氷に閉ざされているのは大陸の外縁部であり、ラズでは冬以外で気温が氷点下になることがない。
さすがに温暖な気候とは言えなかったが、けして過ごしにくい場所ではなさそうだった。
ラズはさすがに皇国と比べると栄えてはいなかったがそれなりに人口があり、活気があった。
戦争に備えているだけあって雰囲気が物々しく、特にラズ王城付近の警備は厳重だった。
おれは人気のない岩場に飛行艇を下ろし、ラズ国に降り立った。
どうやって兵器をプレゼンしたものか……。おれは考えていたが、ベータは既に答えを持っているようだった。
飛行艇にいつの間にか格納されていた三体のアンドロイド。
ただし人間にはあまり似せて作られていない。一目で人形だと分かるように、鉄の腕や足を剥き出しにし、頭部も金属フレームが剥き出しになっている。
「王城前に兵隊が随分いましたね」
ベータが言う。おれは頼れる助手を凝視した。
「おい、まさか……」
「プレゼン用に一部施設を破壊することをお許しください、マスター。もちろん負傷者は出しません」
どうせ簡単に修繕できる。考えてみればこれしかない。おれは頷いた。
「……ああ。許可する。暴れてこい」
三体のアンドロイドが駆け出す。大国ラズの中枢部に突撃を敢行したアンドロイドたちは、わざわざ兵隊が揃っているところで銃火器をぶっ放した。王城の砦の一部が崩れ、大騒ぎになった。
兵隊だけでなく、市民も大混乱に陥る。通りが広く造られていたおかげで群衆事故の類は起きなかったようだが少し危ないところだった。
兵隊たちが三体のアンドロイドを追いかける。刀剣で攻撃してもびくともしない。魔法で攻撃しても壊れず、しかも魔法を撃ち返してくる。
兵隊たちがアンドロイド相手に攻めあぐねている間に、三体はおれたちのところに戻って来た。兵隊たちはおれたちを取り囲んだ。
「貴様ら! これは貴様が放ったモノか?」
おれは手を軽く上げて、戦意はないことを示しながら、
「商売道具を誤って暴走させてしまった。申し訳ない」
「商売道具?」
「ああ。おれは武器商人のスズシロ。近々戦争があると聞いて、南の国からここまでやってきたんだ」
「武器商人……。そこの三体の人形は、貴様が造ったのか?」
「いかにも。被害が出てしまったかな?」
「――大人しくしろ! こっちへ来い!」
おれとベータは腕を拘束され、どこかへ歩かされた。アンドロイドは完全に停止させ、兵士が二人がかりで一体を抱えた。
いざとなればいつでも逃げだせるし、彼らはおれたちが大人しくしている限り、傷つける意思はないようだった。
理性的で助かる。もっとアンドロイドたちを暴れさせても良かったかもしれない。そうすればこの強力な兵器の噂が早く上に届くだろう。
さてどうなるか……。おれは不気味そうにアンドロイドを眺める兵士たちの様子を確認した。この圧倒的な戦闘力を、兵士たちはせいぜい誇大に上に伝えてくれればいい。
拘束がきつかったので、ベータがこっそり緩めてくれた。まさか彼らもベータの腕が二本だけではないなんて思いもつかないだろう。ベータが肘から出したもう一本の腕を収納した。近くにいた兵士が一瞬それを目撃してしまったが、自分が見たものが信じられず、自分の目をこすっていた。




