王族
魔族たちを探査船に乗せて出発した。
追手らしき存在は認められなかった。この潜伏地点はギルドにも魔王にも察知されていないようだった。
仮に見つかっていたとしても振り切れる。探査船は雲の上を飛ぶ。
オットケのダンジョンに到着し、この奇妙な地に着陸した。
出迎えた小人たちに、魔族たちは困惑したようだった。オットケが勢揃いした魔族をしげしげと眺める。
彼は近くにいた小人の首を鉈で刎ねた。歓迎するつもりなのだろうが、同胞が屠殺されても特に反応しない小人たちはやはり異常だった。
「魔族ってのは、魔物の味の良し悪しにうるさいものなのかね? とりあえず数日分の食料は用意してある」
オットケは魔族それぞれに部屋を用意していた。ダンジョンへと続くすり鉢状の穴にあるそれぞれの横穴を整理して待ってくれていた。
魔族はオットケが用意した魔物を口にした。すんなり殺されてくれる魔物が初めてだったらしく、違和感があるようだった。
しかし彼らは口々にその味の良さに驚いていた。オットケは得意顔だった。
「食料用に改良したわけじゃないんだが、ここの小人たちは育成環境が良いせいか、死骸が毒をもちにくい。もしかすると味が良いんじゃないかと思っていたんだ」
おれたちが魔族を輸送している間に、ダンジョンの魔物の掃討が完了していた。
だから、ダンジョン内に魔族を案内して、そのまま暮らしてもらうことも可能だった。
しかし念には念を入れて、ダンジョン内に魔王の残滓がないか確かめている。
もし魔王が潜んでいたら、魔族の体を乗っ取られてしまうかもしれない。
結論を言ってしまえば、それは杞憂だった。ダンジョン内は完全に制圧していた。
「スズシロ」
アヌシュカが駆け寄ってくる。心なしかおれを見上げる瞳がきらきらしている。
「アヌシュカ。久しぶりだな。少し背伸びたか?」
「子ども扱いしないで。……また、私たちのために働いてくれたのね。なんと言っていいのか……」
アヌシュカはもじもじしている。大き過ぎる感謝の念をうまく言葉に変換できない様子だ。
「きっかけは偶然だがな。基本的にはアドルノ主導だ。だからおれに礼を言う必要はない」
「そんなわけにもいかないわ。私たちにできることがあったら、何でも言って」
「それなら一つ。魔王に見つかるな。お前らが魔王に体を乗っ取られると厄介なことになる」
アヌシュカは納得していない顔だったが、その一方で、頭ではそれを理解しているようだった。しばらく唇を噛んでいたが、やがて頷く。
「そうね……。しばらく潜伏生活を続けないと」
「何か欲しいものがあるなら調達してきてやる。不自由な生活はさせないさ」
「ありがとう。でも、どうしてそんなに良くしてくれるの」
「別に、お前が魔族だろうと人間だろうと、関係ない。おれは罪のない奴には優しいのさ」
アヌシュカは苦笑した。それから手を振って、アドルノのもとへと去った。
おれは魔族たちがここでの生活に慣れそうかどうか心配だったが、これまで狭苦しい場所に押し込まれていた反動か、彼らは随分楽しそうだった。
食事の心配もない。オットケは大量の小人を繁殖させている。養う魔族の数が数倍に膨れ上がっても食料の問題はないだろう。
「マスター」
ベータがおれの隣にわざわざ立って報告に来る。
「どうした」
「ダンジョン内のチェックが終了しました。問題はなさそうです。事前にオットケから魔物の繁殖方法について説明を受けていましたから、今すぐにでもダンジョン内を改築し、小人の繁殖に向けて準備を進められます」
小人を増やし、魔物の研究を本格的にスタートする。ヒミコのサポートがあれば飛躍的に研究が進むはずだ。遺伝子操作等の手法を解禁すれば、正直もうどうにでもなる。さすがに魔物の遺伝子の解析には多少時間がかかるが。
「ああ。オットケとアドルノから許可を貰えたならすぐにでも実行だ」
「それと、氷の大陸から脱出した王族ですが……。無事救出できました。現在は兵器工場に付設している宿舎にて匿っています。直接会って話をしますか?」
氷の大陸で戦争が起き、それに追われる形で漂流していた王族……。貴重な話を聞けるかもしれないが、政治的な動きがあればおれでは対応できない。
「おれが? 確かに興味深いが、今後の為にも、皇国の人間を伴って話をしたほうがいいだろう。アドルノはもう魔族の傍を離れたくないだろうし……」
「いったん皇都に向かい、信頼できる人間を連れていきますか」
「候補としては、グリゼルディスやグリ派の幹部、それからイドゥベルガか……。モル派は好戦的過ぎてどうもな」
「ここはアドルノに任せて、我々は出発しましょう」
おれはアドルノに事情を話し、ここから離れることにした。
雑務はアンドロイドたちに任せればいい。彼らにはいつでもヒミコが干渉して行動を指示できる。能力的にはアルファやベータにも劣らないことができるはずだ。
ここまで魔族を連れてきた探査船は、世界中の探査や、資材の運搬などの業務に戻った。
おれとベータは飛行艇に乗り込んで、皇都に向かった。
ギルド宿舎に入ると、暇そうにしている幹部がいないか探したが、知り合いが見つからなかった。
氷の大陸の件に柔軟に対応でき、皇国の中枢部に進言できるほどの権力を持ち合わせている人物。
おれは、ギルドや宿舎をうろついた後、渋々、ギルドマスターのもとへ向かった。
イドゥベルガは自身の研究室に引きこもって、何やら薬品の調合を行っていた。
おれが研究室に入ると、ちょうど何かの薬品の反応が起こったらしく、小さな爆発が起こってガラス瓶を破壊した。
茶色の煙が立ち昇り、イドゥベルガはごほごほと咳き込んでいる。
「楽しそうだな、イドゥベルガ」
「スズシロさん。薬品の開発を手伝いしに来てくださったのですか」
そういえばそんな約束をしていたな。イドゥベルガの虚弱体質を治すと。
「いや。実はギルドマスターに会って欲しい人物がいるんだ。もっと他に適任はいると思うんだが、おれの知り合いはそんなに多くなくて……。おまけに皇国内でおれの身を狙っている人間がいるとなると、頼れるのはお前しかいないんだ」
「た、頼れる人……」
その言葉の響きを、イドゥベルガはしみじみと味わった後、
「分かりました。何が何やら分かりませんが、その会って欲しい人物とやらと会いましょう。その方はどちらへ?」
「ちょっと移動する。どうせ暇だろ?」
「ええ。暇です。よくご存じで」
今日も自虐に余念がないイドゥベルガを連れて研究室を出る。郊外に停めていた飛行艇を見て、イドゥベルガはひえぇと声を漏らした。飛行中は驚きのあまり常時絶句していた。
氷の大陸の王族を保護しているという兵器工場に到着する。
おれはふらふらのイドゥベルガの手を取って、兵器工場近くの小屋に向かった。
そこに、氷の大陸から脱出してきた人物がいる。
扉の前に立つと、中から甲高い声が聞こえてきた。
「近づくな! おぞましき侵略国家の狗が!」
どうやら王族は興奮しているようだ。イドゥベルガは、氷の大陸の言語が分からないらしく、首を傾げていた。
「どこの国の言葉です? どうやら怒っているようですが」
「氷の大陸の言語だ。イドゥベルガ、今からお前には皇国と氷の大陸国家の橋渡し役をやってもらう」
「ほ?」
事情が掴めていないイドゥベルガを連れて小屋の中に踏み込む。
色々と世話をしてやっているアンドロイド二体が、小屋の隅に控えていた。
顔を真っ赤にした女が、新たに現れたおれとイドゥベルガに指を突きつける。
「残忍そうな男と、いかにも陰湿なことを好みそうな女! 拷問官のおでましというわけか! 私は屈しないぞ!」
何やら興奮しているだけではなく勘違いをしている。おれはベータと顔を見合わせて肩を竦めた。こういうときはとりあえず怒鳴り疲れるまで待ってから話をするしかない。しばらく王族の女の罵声が小屋とその周辺に響き続けた。