最新部
アドルノは地上とダンジョンの中を何度も往復した。
往復するたびに階層を三つ四つ踏破し、どんどんダンジョンの最深部へと近づいていった。
今回はリーゴスやカスパルの妨害はない。深部に行けば行くほど魔物が手強くなる傾向にあったが、皇国最強の魔法使いと、ダンジョン攻略に最適化されたアンドロイド、オットケ自慢の小人軍団の前では無力だった。
しかし今回のダンジョンはかなり深かった。二〇、三〇、四〇……。五〇階層を突破してもまだ奥へと続いていた。
しかも深い階層になればなるほど、一階層あたりが広くなり、攻略にかかる時間が増していった。
魔物の数も増え、破壊されるアンドロイドや殺される小人もちらほら現れるようになった。
アンドロイドはいくらでも増産できるし、小人も全滅したとしても問題ない。が、アドルノが負傷するのは避けたかった。
かと言ってアドルノが最前線から退けばダンジョン攻略は一気に遅滞するだろう。それはアドルノ自身が望まなかった。
「増援を最寄りの兵器工場から寄越します。一〇〇体ほど増やしますか」
ベータが言う。転移魔法はアドルノの担当だが、既におれたちはアンドロイド自身に転移魔法を使わせることに成功していた。極端な話、アドルノがいなくともダンジョン攻略自体はできる。
ただ、純粋な魔法戦闘において、アドルノ以上のパフォーマンスを発揮することはまだできていなかった。一〇〇体アンドロイドを増やしても、アドルノの働きを代替することはできない。
だからこそ慎重にいきたい。アンドロイドをもっと増やして、アドルノの負担を減らしたかった。
「一〇〇体と言わず、もっと投入してもいい。資材には困っていないだろう?」
「ええ。資材もですし、電力にもかなり余裕が出てきました。反物質の貯蔵も進めているところです」
「いったいこのダンジョンがどこまで続いているのか……。段々怖くなってきた。このままこの星を貫通するんじゃないかってな」
冗談のつもりで言ったのだが、ベータはマジメ腐った顔で、
「階層を進むたびに一階層あたりの広さが拡張されています。このままのペースでいくと、一四〇階層あたりで星の中心部に到達しますね」
「意外とすぐだな……。この星も、地球と同じプレートテクトニクスが支配する星だと思うが、プレートの厚さは大体30キロメートルだ。そろそろそこも突破するんじゃないか?」
プレートテクトニクス――プレートの移動があると考える根拠は色々ある。大気組成や気温の関係から、二酸化炭素の星全体の循環が温度調整機能を果たしていることが予測できる。この二酸化炭素の循環はプレートテクトニクスがなければ成立しない。地質学的な観点からも、特にプレートの移動で形成されたと考えられる褶曲山脈が世界の随所に見られた。そもそも生命の発生にプレートテクトニクスは必須の条件だとする話もある。
「既にマントル層に突入していてもおかしくはありません。とはいえ、ダンジョン周辺は分厚い壁に覆われており、計算上はマントルやコアの超高圧環境にも耐えられるはずです。どこまで伸びているか分かりませんね」
「プレートより深い位置にダンジョン構造があると、プレートの移動やマントル対流に影響が出る可能性がある。さすがにそこまでで終わりじゃないか?」
「逆に言うと、地殻の調査をすることで地下深く伸びるダンジョンの存在を予測することができるかもしれません。それにこの世界は魔法の影響で何が起こるか分かりませんから」
魔法の知識を得ても、その影響がどれだけ世界に波及するかは未知数だった。研究が足りない。
この世界の住民の魔法への探究心は凄まじいものだが、科学的手法というより、一部の天才たちが好き勝手に自らの直感を信じて研究している。
研究で得た学識を共有する動きが限定的で、魔法理論全体の発展はスピーディとは言えない。
それならばおれがアンドロイドを使って魔法の研究を強引に進めていくほうが、より深く魔法の真理を理解できるかもしれない。
「結局、魔法が支配している世界だからな、ここは……。本をあらかた読んで、理解できた部分ももちろん多いが、分からないことも無数にある」
「はい。発展途上なのでしょう。だからこそ可能性を感じますし、ワクワクする部分でもあります」
「……お前、ワクワクとかするのか?」
「あら。私がそのようにプログラムされていることをご存じない?」
「おれはお前の開発者じゃないからな……。そういえばそんな感じだったような気もする」
ダンジョン攻略は日に日にどんどん進行が遅れていく。一日に一階層突破できなくなり、効率がガタ落ちになった。
ダンジョンの一階層が広くなったのに加えて、魔物の数が五〇階層を境に飛躍的に増えた。
定点観察をすると、何もないところから出現する場面もあった。
無限に湧くというわけでもないようだが、かなり厄介だった。
踏破した地点を行き過ぎた後、背後から魔物に襲われる――かなり危険な状況だったのでアドルノもダンジョンに潜るのを避けることにした。攻略はアンドロイドを中心に行う。
一応、これでも問題はないはずだったが……。
大幅に増やしたアンドロイド軍団がどんどん消耗していく。アンドロイドを送り込む転移魔法を使用したときの負担もバカにならない。
五一、五二、五三……。それでも階層を進んでいく。もし一〇〇階層くらいあるダンジョンなら、攻略に年単位の時間がかかりそうだった。
しかしそんな懸念も無意味だった。六〇階層に到達したとき、アンドロイドのレーダー探査でそれ以上深い部分がないことが明らかになった。
「最深部だ。あと少しでダンジョンを制覇できる」
おれはオットケにそう報告した。彼はとっくに魔物の軍団を派遣することをやめていた。
「……ぞっとするな。もし俺一人でダンジョンを攻略しようとしていたら、生きている間に最深部まで到達することはなかっただろう」
「それが普通だ。今のうちにダンジョン内部をどう実験施設に作り替えるか考えておいてくれ。魔物を養殖し、その性質を調査するんだろう?」
「ああ、そうだな……」
しかしオットケはどこかくたびれているように見えた。おれと共同で実験を繰り返していく内、自信をなくしてしまったようだった。
おれが何気なく取り出す実験道具や知識を目の当たりにして、自分ではかなわないと考えてしまったのかもしれない。
「オットケ。実験を主導するのはおれではなくお前だ。このダンジョンはお前の土地……。そうなんだろう?」
「ああ、もちろんだ」
オットケは力なく頷いた。そして、ダンジョン攻略完了の報せを待つ為に、横穴の中でじっと待機していた。
おれはアドルノと共にダンジョンの入り口を陣取った。入口の前には転移魔法のマーカーが置いてある。
「ダンジョンの最深部――魔王がいなければいいんだがな」
おれが言うと、アドルノは小さく笑った。
「そうそう全てのダンジョンにいるわけでもないはずだ。仮にいたとしても、魔族の体を乗っ取らないとまともに動くこともできない」
「そうだな……」
最後の階層の攻略には一週間以上かかった。何度も増援を送り込み、大量に出現する魔物を掃討した。
魔物の血と肉で内部は凄惨な有様だった。アイプニアの作り出した魔物とは違って、討伐しても泡となることはなかった。
最深部には、何もなかった。ダンジョンはただ魔物が出現するだけの、がらんどうの構造物だった。
おれはアンドロイドの目を介して、それを確認した。徹底的に内部を調査しろと命じたが、これ以上何もないことは何となく察していた。
これでこのダンジョンを、実験場として使える。それだけではなく、魔族の避難場所にもなる。復活した魔王にもギルドにも知られていないこのダンジョンは、魔族にとってかなり居心地が良いはずだ。
しかしまだおれには不安があった。根拠のない不安だった。なぜダンジョンにこれほど大量の魔物が湧くのか……。その理由がよく分からなかった。
ここに魔王が封印されているのなら、理由は分かる。魔王は魔族の体を欲している。魔族は魔物を食料としている。つまりダンジョンに魔物を配置することで、魔族がダンジョンに集まり、魔王がその躰を奪うことができる。
魔王のいないダンジョンに、魔物を生み出す意味があるのか? 自然発生しているだけなのか? もしそうならその原理を突き止められるはずだ。おれはアンドロイドたちの最終的な調査が終わるのを待った。




