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解剖



 おれが直々にダンジョン攻略に向かうのは、やはりヒミコが同意してくれなかった。

 おれは小人たちが過ごすすり鉢状の穴の中で、アドルノたちの帰還を待つことにした。

 今回はアンドロイドを操縦することはしなかった。

 ダンジョン内の様子はオットケが詳しかったし、アドルノのサポートは百体余り送り込んだアンドロイドが完璧にこなしてくれるはずだった。

 

 おれとベータはオットケと共に小人の共同体を観察した。

 小人はダンジョン内で繁殖が可能だが、ダンジョンの外であるこの“集合住宅”でも不自由なく過ごすことができているようだった。

 高濃度の魔力は魔物を作り出す原料になるが、彼らが生きる上で必須の成分というわけではないのだろうか。

 小人は自らの維持に食料を必要としなかった。

 魔力も多くはいらない。となると、何が彼らの原動力になるのか……。魔物研究の専門家であるオットケにもよく分からないようだった。


「魔力を完全に遮断した環境においても、小人はいつまでも生きていた。もちろん飲み食いもしなかった。空気から栄養でも受け取っているのか……」


 オットケは言う。おれはベータと相談し、解剖実験を提案した。


「解剖なら俺ももちろんやったことがあるが……。他の動物と比較して、格別異なった部分などはなかった」

「おれたちには解剖学の経験値がある。一体、やらせてもらえないだろうか」


 これまでの会話で、おれがオットケの著作の内容を完璧に理解していることを、彼は感じ取っていた。

 少し前までは、こんな提案を受け入れてくれる関係性ではなかったのだが、一体を犠牲にすることに了承してくれた。

 小人の中で長く生き、少々くたびれた様子の個体をチョイスした。他の魔物の器官を移植せず、小人本来の姿であるプレーンな個体だ。

 小人たちの巣穴の中の一つの部屋を解剖室に仕立て上げて、小人を台の上に載せて薬剤を注射し安楽死させた。

 安楽死に使用した薬剤をオットケは興味深そうに見ていた。


「この薬は?」

「強力な麻酔薬、睡眠薬だ」

「ほう。人間にも使えるのか」


 オットケは注射器を持ち上げてまじまじと見つめた。

 

「使えなくもないが推奨できない。量を間違えると死ぬ。依存性もある」

「こんな薬、どこで?」

「どこでというか……。合成できる。方法は教えられない」


 バルビツール酸系薬剤。人間に使うなら、他にもっと優れた薬品がある。合成が比較的簡単ですぐに大量に用意できたので使っているだけだ。効き目がないなら別の薬剤を使うつもりだった。

 小人は安らかに死んだ。暴れることもなかった。おれはベータと共に、解剖を開始した。


 そもそもオットケが魔物の器官を好き勝手に小人に搭載し、改造しているという経緯がある。

 なのでオットケが小人の構造に詳しくないはずがない。

 小人にはきちんと消化器官が存在する。何も食べる必要がないのに。

 臓器が正常に働くかどうか検証した。食事を胃の中に入れると、これが動物の場合様々な反応が現れるが、その兆候は見られなかった。

 つまりこの臓器は完全にお飾りだ。機能していない。

 しかし臓器そのものは生きている。これを維持するだけでもエネルギーを消費するはずだが、そのエネルギー源は何か。

 生き物としてはかなり奇妙――というより間違っている。この世界に神が存在して、普通の動物を参考に粘土で捏ねくり回して作った、と言われても納得できるくらいだ。


 解剖室の隅でおれたちの作業を見守っているオットケに尋ねた。


「この魔物、元々存在する奴なんだよな? お前がいじったものではなく」

「ああ。何か分かったか?」

「どこからエネルギーを得ているのか、細胞レベルで観察しないと分からないな。実は既に目途はついているんだが、少し時間をくれ」


 おれは小人のすぐ横に強力な照明を焚き、ベータが顕微鏡をセットした。そして肉片の一部の組織を取り出して観察する。

 電気、薬品などで細胞に刺激を与えながら観察すると、その細胞が普通ではないことがようやく分かった。


「……なあベータ。他の魔物の解剖なら、この世界に来てすぐにやったよな」

「ええ。こっそりと」

「そのときこんな奇妙な細胞を見つけたか?」

「いえ。この小人特有の細胞だと思います」


 オットケがおれとベータの間に立って、口を出した。


「なんだ。何が分かったんだ?」

「こいつのエネルギー源が分かった。やはり魔力だった」

「しかし、魔力を遮断した環境でも、問題なく生き続けたぞ、こいつらは」


 おれは肉片の一部を持ち上げて、


「実は、小人に限らず、他の魔物も魔力でエネルギーを得ることがある。細胞レベルで魔力をキャッチし魔法の行使と同じ要領でエネルギーを生み出している。実はそんなに効率が良くなくて、機能していない部分が大半だったりするんだが、知っての通り魔法はとんでもない出力を生み出す。一部の細胞が作り出すエネルギーが他の細胞に伝播し働きを補う信じられないような特性もある。普通に食事する個体も珍しくはないがな」

「ほう?」

「それに加えて、この小人の細胞は、常に魔力の影響を受けている。魔力をキャッチしてエネルギーを生み出すだけではなく、魔力に載せられている情報に応じて姿を変えている。おそらくそれが色んな魔物の器官を受け入れられる要因だな。もっと詳しく調べてみるが」

「素晴らしい発見だが。俺の質問に答えていないぞ」

「おれの意見を言おうか。魔力を完全に遮断することなど不可能だ。あんたの作った実験環境を教えてくれ」


 何もないところから魔力が生まれ、そして消えていく。そのことをおれは知っていたから、魔力を遮断する方法など思いつかなかった。

 オットケは魔力を遮断する素材として様々な金属を持ち出して説明をしたが、おれから反論を受けると、脱力してうなだれた。


「なんてことだ。確かに貴様の言う通りだ」


 オットケの使った実験環境下でも魔法が使えること、魔力が増えたり減ったりしていることを、おれは魔力を消費して稼働する極小の魔法道具を使って実証した。


「魔物について誰よりも詳しいつもりでいたが……。こんな若造に言い負かされるとは。俺も老いたな……」


 おれのほうが長く生きているが、それは言わないことにした。

 他にも解剖で得た知識をオットケに惜しげもなく教えた。彼は熱心にそれを聞き入った。

 おれへの信頼が増したのか、オットケはこれまでの自分の研究内容を話し始めた。おれの意見を聞きたいようだった。

 これこそがおれの望んでいた展開だった。オットケが学会を去り、ここで独自の研究を続けていたその成果が、おれは欲しかった。


 小人に魔物の器官を搭載する手段、これまでの数々の成功例と失敗例、この場所にあるダンジョンの特性……。他にも様々な話を聞けた。おれは彼に感謝した。


「たった一人でよくそこまでやったな」

「やるしかなかった。俺の成果など、貴様の知見に比べれば大したことがない」

「随分卑下するじゃないか。おれだって、大した人間ではない。ただたまたま他の人間と比べて手段に恵まれているというだけだ」


 ここで得た知識は、アドルノが望む魔物の家畜化にも役立つ。魔物を品種改良して魔族の食料とする目途が立ちそうだった。もちろん、魔王を全て倒して魔族の呪いを解くことができれば、それに越したことはないのだが……。


 ダンジョンに向かっていたアドルノから報告があった。最初の封印に到達したという。

 そこまでは簡単に行ける。事前に小人たちが魔物を排除していたから障害はない。

 アドルノに随伴しているアンドロイドから封印の詳細なデータが送られてきた。

 それを探査船のヒミコ本体が解析する。

 既におれたちには魔法の知識がある。イングベルトやギルドの幹部たちが封印に対して行っていたアプローチを、超高速で行うことができる。

 現場のアンドロイドがアドルノと協力して封印を破壊する。一時間もかからなかった。


「うまく先へ進めそうだ」


 おれが言うと、オットケは感服したように大きく息を吐いた。


「……俺が皇都を去っている間に、随分な人材が揃ったようだな。正直驚いた」

「ダンジョンを実験場に仕立てる。おれたちもあんたに最大限協力するから、それが終わったらおれたちの願いも聞いて欲しい」

「実験結果を共有する。それだけではないのか?」

「ああ」


 魔族の保護がしたい。ここはその絶好の場所だ。

 しかし魔物を心の底では憎んでいるオットケが、魔族に対しどう反応するのか読めなかった。

 少しずつ探りを入れておきたい。おれが勝手にアドルノの代わりに話すのもはばかれた。


 とはいえ全て順調だ。おれは解剖した魔物を標本化すべく処理を施し、箱に入れて運んだ。小人たちの住居の前を横切るとき、彼らは同胞の匂いをかぎ取ったか、こちらを見てきた。感情の希薄な虚ろな目だった。




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