降下
オットケが開拓したと主張する窪地の奥まった場所にすり鉢状に刳り貫かれた巨大な穴があった。
表面に薄い膜が張られ、その上に土がかぶさっており、隠匿されていた。
穴は歩いて下りていくことができ、その途中に横穴が存在した。
横穴の中には小人の魔物が棲んでおり、キーキー鳴きながら共同生活を営んでいた。
最低限の知能があるらしく、小人たちは平和に暮らしている。
会話をしたり、持っているモノを交換したり、住んでいる部屋を交換して気分転換したり、なかなか興味深い生態が観察できた。
オットケはこの小人たちの共同体を構築しておきながら、どこか冷めた目をしていた。
魔物が好きで研究をしている、というわけではなさそうだ。
オットケの魔物を見る目を確認すればなんとなく察せられる。
オットケは魔物を憎んでいる――憎んでいるからこそ研究をしている。
おれは彼を見てそう確信していた。
「ギルドの連中は無分別で、向こう見ずで、反知性的集団合だ」
オットケはぶつくさ言いながら、すり鉢状の穴をどんどん下っていく。穴の底は暗くてよく見えない。
おれとアドルノ、ベータは彼についていった。
オットケの傍にいる限り小人は襲ってこない。逆にいえば、離れてしまうと襲われるかもしれない。
襲われても撃退する自信はあったが、小人たちは敵ではない。
無駄に殺したくはなかった。近くで見ると醜悪なつらをしていたが、どこか愛嬌もある。
自らの臭いに気を使っているらしく、小人たちは清潔だった。頻繁に布に石鹸のようなものを付けて、自分の体をこすっている。
おかげで、近づいてもあまり臭いがしなかった。大量に小人が生活しているのに、生活臭のようなものも希薄だ。
「ギルドの人間が嫌いなんだな」
おれがオットケに言うと、彼は振り返らずに、拳を振り上げた。
「もちろんだ。この俺の家を燃やしやがった。背徳的で危険な研究を繰り返している、と難癖をつけてな。俺が魔物に耽溺しているとも」
とんでもない言いがかりだ。オットケは叫んだ。
「耽溺……。小人の研究が、そのように見做された原因か?」
「いかにも。この小人の拡張性は凄まじい。ありとあらゆる魔物の器官を取り込める可能性がある。うまくやらないと死ぬがな」
オットケは突然上機嫌になってすらすらと答える。おれは歩を速めて、彼に近づいた。
「おれはリーゴスのダンジョンというところで多様な魔物と戦った。しかしここの小人のような魔物とは遭遇しなかった。ここにしかいない固有種なのか?」
「そうかもしれねえ。俺も皇国とそれに隣接する四国しか知らないが、小人が生息しているのはここのダンジョンだけだ」
オットケは躊躇することなく穴を降りていく。段々湿度が上がってきた。
気温は低いのに、体を動かすとすぐに汗ばむような、不快な感覚。
オットケは光魔法を行使して、前方に照明を用意した。穴はまだまだ続いていく。
「――おれはあんたの著作を読んだ。ここの小人についても詳説していたな」
「ほう。禁書に手を出すとは。相当なアウトローだな、貴様」
おれは、ベータに小人たちのデータをこっそり取らせていた。スキャンは一瞬で済む。
それで得た知識を改めて確認する。解剖しないと得られないようなものだった。
小人の脳容量が人間に匹敵することを指摘すると、オットケは驚いたように振り返った。
「よく、分かったな。小人の頭蓋は人間の頭蓋の半分以下だが、無理矢理脳容量を増やす為に、首の後ろから背中にかけて脳領域を拡張している」
うまくおれの話に乗ってくれたようだ。初めて自分の研究をまともに他人と共有できたとあって、少し嬉しそうだった。
「それにしては人間ほどの知能はなさそうだな」
「まあな。実験の途中だ」
「魔物を殺す最も効率的な方法は、魔物自身に殺させること……。あんたが魔物を研究しているのは、それが理由だな」
おれが一切を理解しているので、オットケは苦笑した。
「そうだ。俺の著作を読んだというのは嘘ではないようだな」
「魔物自身に知恵を与え、魔物を狩らせる……。だが、それを危険視した学会はギルドを使ってあんたを排除させた。知能を持った魔物なんか生まれたら、人類にとって大きな脅威になるのは目に見えているからな」
おれの言葉にオットケは当時の怒りを思い出したか、舌打ちした。
「頭でっかちの、旧体制の学者に理解などできない。魔物は無限に増える。有限の数である人間に、無限の敵の相手はできない。無限を排除するには無限の戦力だ。魔物同士を戦わせるしかねえんだよ」
理屈の上では正しい。
「道理だな……。制御できるなら有効だろう。自信はあるのか?」
「ある。そもそも、なぜ魔物は人間を襲うのか? そんな基本的なことさえ、学会の連中は分かっていない」
おれは身を乗り出した。
「どうしてなんだ。著作には書いてなかったな」
「命令されるからだよ。人間を殺せ、とな」
「誰に?」
オットケは肩を竦め、そして空に向かって指を差した。
「さあ。知らん。だが、魔物が何者かの命令をキャッチしているのは確実だ。俺はその命令を遮断する方法を二年かけて突き止めた。小人たちにはその技術が施されている」
命令……。魔王だろうか。おれはニュウの村を襲ったイビルホークが別の魔物を使役していたのを思い出した。ああいうことが魔物全体で起こっているということだろうか。
「それ、教えてくれないか?」
「ダメだ。悪用されかねん。とにかく、魔物は命令がないと動こうとすらしない生き物だ。生き物と言っていいかも分からないがな」
命令がないと動かない。まるで機械だ。おれは横穴でのっそり生活を続ける小人たちを一瞥した。
「――さあここだ。ここがダンジョンの入り口だ」
霧が立ち込めている。すり鉢状の大きな穴の中、ひときわ大きな横穴があり、そこがダンジョンの入り口だった。
魔力の濃度も高い。ベータは内部を探査する為に簡単にレーダーを向けた。魔法による索敵を併用することによってより解像度が上がる。特にダンジョンの探査は魔法を併用したほうが有効だった。
「このダンジョンには大量の小人を派遣し、他の魔物を駆逐している。魔物の駆除は時間をかければ可能だが、階層を区切る封印を突破する方法が分からない。貴様らは本当にそれができるのか」
オットケがおれとアドルノを疑わしげに見る。おれはオットケとの交渉を進める為に、おれたちはダンジョンの封印を解くエキスパートだと紹介していた。
実際、魔法の知識を得たベータなら封印の解析と解除が可能になっている。
「ああ。任せておけ」
「ダンジョンを小人の養殖場にする。そうすれば研究の進捗は飛躍的に速度を増す」
オットケの目は血走っていた。本当に研究のことしか頭にないようだった。
「ギルドの連中はダンジョンを自分のモンだと勘違いしている……。ここは俺のモンだ。貴様らが俺のダンジョン掃除を手伝ってくれるのなら、多少は研究成果を分けてやってもいいと思ってる」
「そりゃどうも。アドルノ、準備はいいか」
おれは転移魔法のマーカーとなる装置をダンジョン入り口に配置しながら言った。
アドルノは頷く。
「ああ。スズシロ、遠慮なく、効率的に行こう。リーゴスのダンジョンのときのようなギリギリの攻略はもうやめだ」
「了解だ。どうせ誰も見てないしな」
このすり鉢状の穴を降り始める前に手配はしていた。
探査船を使って輸送を進める。
空輸で運ばれてくるのはアンドロイドの戦士たち。
ヒミコの頭脳を共有した明晰な兵士たち。魔法能力を有し、それぞれが封印を突破する術を心得ている。
空を見た。
アンドロイドたちが空中でぱっと開いたパラシュートの柄が、まるで空に咲いた花のようだった。
大量のアンドロイドが現地に届けられ、ダンジョン攻略作戦が実行されようとしていた。




