表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/171

備え



 おれはこのイフィリオスの世界について本を通して学んだ。

 魔法に関する本も大量に読んだ。

 皇都に存在する有益な本は大抵目を通した。

 娯楽用の絵物語や小説、寓話なども一応読めるものは読んだ。

 おそらくこの世界の住民よりもこの世界について詳しくなった。この短期間で知識が蓄積され、おれのこの世界に対する考えは少し変わった。

 

 翻訳作業を終え、魔法学校から去ったガンマが、おれとベータに合流した。ギルドの宿舎、おれの部屋に入るなり、彼女はふらふらしていた。電力を供給する暇がなく、電池切れ寸前だった。


「さすがにずっと入力作業を続けていたので、消費電力が大きかったですね。データを探査船のほうへ飛ばし続けていたのもしんどかったですぅ……」


 ガンマはもじもじしていた。アンドロイドらしくない挙動は聖印化した彼女ならではだった。


「自前で発電できるはずだろう? それはどうした」

「核融合炉を積ませてもらっていたのですが、なにぶんぽんこつなものでぇ……。不具合が怖かったので停止していたんです。太陽光発電でチマチマ発電していたのですが、全然足りなくて。最近曇りがちで太陽さんが恋しかったですね……」

「まあいい。ベータから分けてもらえ」


 ベータとガンマが向かい合い、手を合わせてエネルギーを送受電した。本来一瞬で終わるはずだが、ガンマがうまく受電態勢を整えられないらしく、時間がかかった。

 おれは二人のヒミコがじっとしている間、部屋から出て談話室に向かった。暇な時間はギルドの人間と話をして情報を得るようにしている。彼らは皇国の中を飛び回り、様々な情報に通じていた。おれに結構気を許している者も多く、もうおれを外部の人間だと言って毛嫌いする者も少ない。


「あ。スズシロさん。ヒミコさん、退学したと聞きましたが」


 談話室にいたのはヴァレンティーネとその一隊だった。任務から帰ってきたばかりらしく、武装している。ヴァレンティーネは着ている重々しい鎧を脱ぎかけているところで、部下たちがそれを手伝っていた。


「ここで着替えているのか?」

「あ、いえ、いつもは自室でやるのですが。ちょうど鎧と服を乾かすのにちょうどいい暖炉の火があったもので」


 外はさっき雨が降っていた。道中濡れてしまったらしい。ヴァレンティーネは重鎧の奥に着込んでいた分厚い布の服を摘まみ上げて水気を絞った。


「……それで、ヒミコさんは……」

「ああ、ついさっき退学届を出したところだ。もうやれることは全てやったからな」


 ヴァレンティーネはあまり良い顔をしなかった。


「普通、何年も在籍して官職やギルドの職を得られるようにアピールするものですが、ヒミコさんは純粋に魔法の勉強をしたかったのですね」

「そうだな。色々と調べてみると、皇都以上に魔法の研究が盛んな場所はないそうだな。良い勉強になったよ」


 ここでヴァレンティーネは天井を見上げて何かを考える素振りを見せた。


「……あの、尋ねてもよろしいか、悩んでいたのですが」

「どうした」

「ヒミコさんや、ベータさん、アルファさんは……。人間なのですか? あの空飛ぶ船や、魔法道具をすさまじい速度で製造する技術……。どうも常軌を逸しているような……。氷の大陸ではあのようなものは普通なのでしょうか」


 ギルドの人間は、気を使っているのか分からないが、その辺のことを深く突っ込んでくる人間がいなかった。薄々察している様子ではあるが、おれたちを命の恩人だと認識している者も多い。おれが話すのを待っているという状況だった。アドルノとアヌシュカにはおれが他の惑星から来たと話したが、それ以外の人間にはまだ伝わっていないようだ。


「……そうだな……。普通の人間ではない、と答えておくか。別に今更隠したいわけじゃないが、おそらく理解が追い付かないと思う」

「そうですか。いえ、話したくないのであれば構わないのです。ただ、スズシロさんたちがこれからしようとしていることに、我々も協力できないものかと思いまして……。少しでもあなた方のことを理解したいと思って」


 おそらく本心から言っている。おれは彼女に感謝した。


「それはすまないな。協力して欲しいときはこちらから声をかける。おれは他人に遠慮しない性格だから、嫌だと言われても無理矢理協力させるかもしれない」


 ヴァレンティーネは少女のように柔らかく微笑んだ。


「それは大変だ。ですが楽しみにしていますよ。魔法学校で得た知識をどのように生かすのか……。あなたがたは普通ではない。何か想像もつかない大きなことをやってくれる気がしています」


 その後ヴァレンティーネの任務の話などを聞いた。雑談していると談話室にイングベルトが走り込んで来た。

 全身汗だくで、おれの姿を見つけるなり掴みかかってくる。


「おいスズシロさん! ヒミコが退学したって本当か!?」


 おれはイングベルトの腕を振り払った。興奮した彼はぜぇぜぇ息を荒くしている。


「ああ。図書館の本を読破したもんでね。担任のお前を通して退学届を出したとヒミコは言っていたが」

「俺の机の上に紙一枚放り出して、それで済むと思っているのか? 無理を言って入学させてもらったのに、とんだ不義理だろう!」


 怒られて当然だ。我ながらやりたい放題やっている。禁書を読んだことはさすがに秘密にしなければならない。


「それは済まない。だがやるべきことがあるんだ」

「なんだ、それは」

「そろそろ本格的に着手するところだが……。一緒に見に来るか?」

「は?」


 おれとイングベルトはギルドの宿舎の外に出た。充電を終えたヒミコと、それに付き添うベータも、おれたちと合流する。

 皇都郊外に飛行艇が停まっている。それにおれたちは乗り込んだ。

 飛行艇は一瞬で高度を上げ、厚い雲に突っ込み、そして太陽の光が眩い雲上の光景をイングベルトに提供した。


「ど、どこへ行くんだ」


 イングベルトがシートベルトを握り締めながら言った。おれはそれに対して返事をしなかった。すぐに分かるからだ。

 数分後、飛行艇はとある山地に到着した。掘削予定地の中で交渉がスムーズに進んだ場所を、既に掘削していた。精錬所が既に稼働しており、資材をストックしておく倉庫が二つその横に建てられている。


「あれは……」

「鉄鉱山だ。二束三文で土地が手に入ってね」


 イングベルトは精錬所に出入りする運搬車を凝視し、声を震わせた。


「鉄鉱山がそんな安く手に入るはずないだろう。ただでさえ資源の少ない国なのに」

「この国の技術では鉄鉱石を取り出すことはなかなかできなかっただろうな。鉱床は地中深くにあったし、純度や質も良くない。それに儲けが出たら元地主に報酬を渡すことになっている。そういう契約だ」


 飛行艇が近くに着陸した。倉庫を見ると既に満杯になりかけていた。精錬された赤い鉄の棒が山のように積まれている。表面が焼成され錆びにくくなっているようだ。


「こんな鉄の山、どうする気だ?」

「これから必要になるはずだ。魔王復活はこの世界に必ず戦乱を呼び起こす。できれば皇国全体で戦いに備えて欲しいんだが、今は氷の大陸に執心のようだな。今日も監視役がおれやベータに付いていたよ。いつ拉致されてもおかしくない状況なんだが」


 イングベルトは鉄の棒に触れ、まだ熱を持っていることに気づいてすぐ手を引っ込めた。倉庫いっぱいに並ぶ鉄材はそこにあるだけで圧迫感がある。


「魔王復活は確かに由々しき問題だが、どう出てくるか読めないからな……。いつ仕掛けてくるかも分からない。戦争の準備をしても数十年何もないなんてこともありうる」

「そうだな。だからおれが準備をしておいてやる」


 鉄だけではない。他の資材を万全に整え、大量の魔物に対抗するだけの兵器を用意しておく。相手が数十万の魔物を呼び寄せるなら、こちらも数十万の無人兵器を揃えればいい。

 資材さえ集まれば機械による大兵団を組織することが可能だ。物量では負けない。人命を守れる。仮に不必要な準備だったとしても、これらの資材は無駄にはならない。


 精錬所も見て回った。しかし中の仕組みは完全に自動化され、見ても分かるものは少なかった。巨大な溶鉱炉から熱が発せられ、どろどろになった鉄を一定の形に成型するところを見て、イングべルトは小さく頷いた。


「……ギルドには話しているんだよな?」

「イドゥベルガには話している。ギルドマスターに話せば十分だよな?」


 ギルドマスターの名前が出て、イングベルトは観念したように瞼を閉じた。


「イドゥベルガさんが噛んでいるのか。じゃあ、俺にとやかく言う資格はないな。しかし、この短時間でこんあ立派な精錬所を作るとは」

「環境に配慮して、水質汚染や土壌汚染がないように設計している。鉄以外に採れる鉱物もきちんと取り出して、保管している。たまに金が採れるようだが、これは今後のための資金として運用するつもりだ」


 イングベルトはハハハと笑い始めた。


「やることが凄まじいな」

「まだまだこんなもんじゃないぞ。これは始まりに過ぎない。リーゴスのダンジョンでは後手に回ったが、今度魔王とやり合うときには万全の準備を整えておく。おれの目の前で何人ものギルドメンバーが死んでいった。それが、とにかく悔やまれてね」

「そうか……。あんたのやりたいことは分かったよ。いつ魔王が来てもいいように、俺たちの代わりに備えている。なら邪魔をするわけにはいかないな」


 ここでの掘削作業が順調に進めば、資金面でも余裕が出てくる。となれば土地の買収も可能になる。新たな掘削地に着手できれば、ありとあらゆる資材を入手できるようになるだろう。無人兵器の製造に必要な資材が集まり次第、兵器工場も造りたい。


 おれの脳裏にはアイプニアが生み出した悪夢のような光景があった。あの大量の魔物に対抗するには半端な戦力では足りない。山を削り、川を消すような変化をこの星にもたらしてしまうのは心苦しいが、早急に対応しなければならない。もうおれは迷わなかった。完璧で無敵の機械兵団を作り上げてみせる。魔王が事を起こす前に戦力を整えたい。時間との勝負だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ