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読破


 おれとベータはベルギウスを追って魔法学校へと入って行こうとした。

 ベルギウスはもちろん大丈夫だったがおれとベータは許可がないと入ることができなかった。

 在校生のヒミコを迎えに来たと言ったのだが魔法学校の敷地に入る直前に門衛に止められてしまった。

 仕方ないので小型機をベルギウスの衣服の中に紛れ込ませた。ベルギウスはそれに気づいたはずだがそれを受け入れた。おれが遣わせた魔法道具だと理解したのだろう。


 おれとベータは魔法学校から少し離れた場所にある学生街の片隅で小型機の活躍を待つことにした。

 小型機にはカメラが付いていることはもちろん、音を拾うことも可能。ページを捲るための触角もあり、静電気を利用して紙を一枚一枚動かすことができるようになっている。


 ベルギウスはそんな小型機を伴って魔法学校の図書館に向かった。足取りに淀みはない。

 司書の女性がベルギウスを出迎えた。不審がっている様子はない。


「ベルギウス様。お加減はいかがでしょうか」


 ベルギウスは外套の襟をいじりながら、


「問題ない。が、先日禁書棚に近づいたとき、他の禁書の封印に干渉してしまった可能性に思い当たってな」

「そうですか。こちらでは異常を確認しておりませんが……」

「しばらく我は皇都を離れる。その間に問題が生じても対応できない。聞くところによると、なかなか意欲的な学生が最近入ってきたようだが」


 司書は嬉しいのかそうではないのか分からないくらい極端にテンションを上げ、声を上ずらせた。


「そうなんです! ヒミコさんという方なんですが……。入学して一月で、図書館の本を読み尽くしてしまったのです! それだけではありません。内容を完璧に暗記していて……。ああいう子が天才というのでしょうか。言動は年相応……、いえ、幼いくらいなのですが!」

「そういう学生が禁書に興味を示せば、簡単に規則を破りかねない。封印帯のチェックをしておきたい」


 司書は深く頷いた。そして頭を下げる。


「了解しました。わざわざありがとうございます。私も同行したほうがよろしいでしょうか」

「我一人で十分だ」

「助かります。実は海外から届いた学術書の翻訳作業を手伝っていて……。教授からも早くしろとせっつかれているのです」


 司書は卓上の分厚い本を指差した。外国語で書かれている。


「読みたければ自分で語学の勉強をしろ、とでも言えばいい」

「そんなわけにはいきませんよ~。こちら雇われですから」

「我の部下になるか?」

「三日で殉死しますよ。私、鈍臭いですから」


 司書はうふふと笑いベルギウスの前から去った。完全にベルギウスのことを信頼している様子だった。

 ベルギウスは一人で禁書を閲覧できるようになった。禁書が収められているエリアは防護魔法がかけられて立ち入りが制限されているという話で、不法侵入者がいると警告音が鳴るらしいが、彼には無効だった。


 あっさり禁書の前に到達する。周りには人がいない。ベルギウスはオットケの著作を手際よく発見し、それを封印している帯をほどいた。

 そして禁書を近くの机の上に置く。小型機が禁書にとりつき、可能な限り早く中身を読み込んでいく。

 その様子を見たベルギウスは禁書棚に寄りかかって小さく息を吐いた。


「……我の声が聞こえているか? もし近くに人が通りかかったら報せるからさっさとひっこめ。適当にごまかしてやる」


 返事代わりに小型機がその場で宙返りをした。それを見たベルギウスはふんと鼻を鳴らして遠くを見た。


 オットケの著作はどれも興味深かった。と同時に禁書になるのも理解できるものだった。魔物への目を覆いたくなるような実験と成果。本の中で最も穏当な内容は詳細な解剖図であり、そこから別の魔物への移植の試み、器官の適合と変異、魔物同士の交配、更には人間への応用……。


 非常に興味深い内容であり、確かに知識としては捨てがたい。だが危険な思想を育みかねないという危惧も生まれる。書物としては保存するが、ほとんどの人間の目には触れさせたくない。禁書として管理されるのも納得の本だった。


「……小型機に喋らせることは可能か?」

「ええ。可能です」

「他の禁書も読めるなら読んでおきたい。ベルギウスに伝えてくれ」

「ダメ元で、ですね」


 小型機を操作して人工音声でベルギウスに話しかける。他の禁書も読みたい。


「ダメだ」


 ベルギウスはあっさり拒絶した。


「オットケの著書は風変わりなものだが人類への加害を目的に書かれたものではない。純然たる学術書だ。だが禁書の中には邪悪な考えによって企図されたものが少なくない。それらを見せるわけにはいかない」

「読ませても問題ないと思えるものを抜粋してくれ。もっと魔法のことが知りたいんだ」


 ベルギウスは一瞬考え、禁書棚から更に三冊ほど取り出した。


「――これだけだ。他は遠慮しろ。我とて全ての禁書を理解しているわけではない」


 ベルギウスが差し出したのは魔法工学の本、どこかに存在するダンジョンについて書かれた本、そしてこの星の神話に関する本だった。


「魔法を利用した肥料の生産に関する本で、特に都市一つを巨大な実験場に見立てて肥料を生産したとある人物に言及した本だ。人口増加に伴う農業生産の効率化の重要性を説いたところまでは良かったがその手段が常軌を逸していた」


 肥料……。それならばおれも安全かつ大量に製造できる。この世界ではまだ窒素固定の技術が確立されていないのだろうか。もしかすると魔法によって可能にしているかもしれない。あるいはこの本がまさにそれなのかも……。


「次の、ダンジョンに関する本だが……。この世界のどこかにあるというダンジョンの情報が載っている。それほど危険な内容ではないはずだがなぜか禁書に指定されているな。読んでその理由が分かったなら、是非教えてくれ」


 ベルギウスはそれから三冊目を指差し、


「最後の……。神話。非常に難解で、詩的で、通読するだけで何日もかかると言われている。いつの時代に編纂されたかも分からない謎多き本だが、この魔法学校が出来た頃には既に読むべきではない本として有名だったらしい。その理由は、読んだ人間が発狂するから」

「発狂?」

「理由はよく分からない。我も一度読んだことがあるが特に危険は感じなかった。一応、心して読め。気味が悪いと思うならそのまま棚に戻せ」


 もちろん、読む。おれは三冊の禁書を瞬く間に読み込ませた。

 他にも禁書を読みたかったがベルギウスの協力が得られないのなら無理な話だ。おれは諦めた。


 ベルギウスは禁書の封印を施し、禁書棚から離れた。忙しそうに翻訳作業に勤しんでいる司書に近づく。


「邪魔したな」

「あ。ベルギウス様。お疲れ様です」


 司書は嬉しそうに立ち上がった。ベルギウスに随分なついているようだ。


「異常はなかった。杞憂だったようだ」

「いえ。ありがとうございました」

「ところで、何語の翻訳なんだ」


 ベルギウスが外国語の学術書を指差す。


「え? サヘル語ですが……」


 サヘル語ならば既にヒミコがマスターしていた。図書館には様々な言語の学術書があり、それを読む為に図書館に存在する辞書も読破していた。図書館にあった言語の本は全てマスターしている。

 ベルギウスは司書が取り組んでいた学術書を取り上げた。


「例の、読書熱心な学生なら簡単に翻訳できるんじゃないか。頼んでみればいい」

「生徒に私の業務の手伝いをさせろと?」

「どうせ本を読み尽くして暇しているだろう」


 ベルギウスは言外に、おれに手伝えと言っている。おれは小型機に極めて小さな声で喋らせた。


「分かった。ヒミコを司書のところに向かわせる。暇しているのは確かだしな」

「……そういうわけだ。じゃあな」


 ベルギウスは立ち去った。去り際にベルギウスが衣服に潜んでいた小型機を放り出した。彼との共同作業もここまでのようだ。


 ヒミコが図書館にやってきて、司書に手伝いましょうかと申し出た。司書はベルギウスの指示だと理解し、何度も遠慮したが、ヒミコが凄まじい速度で翻訳文を口述するのを聞いて、それを書き写すのに必死になった。


 ベルギウスは魔法学校から出た。おれとベータが学生通りに立って待つ。ベルギウスは通りがかる学生たちに怖がられつつも、のっそりと歩いてきた。


「ベルギウス。礼を言う。オットケの著作を読むことができた……。彼の正体について考える取っ掛かりを得られたよ」

「次会うとしたらダンジョンの中だ。我はダンジョン攻略に命を懸けている。貴様は他のことに忙しそうだがな」

「近い内、魔王復活の影響が世の中に出てくるだろう。そのときはおれも力を貸す。再会するとしたらそこじゃないか?」


 ベルギウスは一瞬、そのまま通り過ぎようとしたが、思い直したのかおれとまっすぐ正対した。


「ふん。貴様が味方かどうか……。我にはまだ分からん」

「得意の予言で分からないか?」

「我に今見えるのは、貴様が大地を切り裂き、鋼鉄の島の上でふんぞり返っている姿だ」


 そう言ってベルギウスは立ち去った。おれは彼の後姿を見送るしかなかった。黒い包帯を全身に巻き付けた彼は通行人から露骨に避けられ、道を広く使えるとばかりに通りの真ん中を堂々と突き進んでいった。


 

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