禁書
土地の所有者との交渉は一朝一夕で完了するものではなかった。金銭面での折り合いがついても、そこでおれがすることはあまりに大規模かつ、彼らの理解を超えるものだった。おれは自ら交渉の場に出向くことをやめ、アンドロイドに任せることにした。皇国各地にいる彼らの間を飛び回って交渉を継続することは骨が折れるし、並行して交渉を進めれば時間短縮になる。
皇国は、魔王復活の報せを受けて、一応動き出していた。モル、グリゼルディス、アドルノ三名の進言により、これまで攻略したダンジョンの再点検を行い魔王の拠点にされていないか調査した。また、ディガム王国に魔王復活と魔王アイプニアの健在を報せた。ディガムの聖騎士たちは確実にアイプニアを討伐したと主張したそうで、下手をすると皇国と険悪になりそうだったが、説明と仲裁にモル自ら出向くことになった。
怪我が癒えたギルドメンバーはダンジョンに出向き、今日も魔物を狩っている。しかしアイプニアが見せた大量の魔物の軍団は、彼らの意識を変革させるのに十分だった。
今、ギルドメンバーは魔物一体を狩るのに創意工夫し、命がけで戦っている。その仕事に誇りを感じている者も大勢いただろうが、あんな規格外の大軍団を見せられると、自分のしていることに意味はあるのかと不安になる者もいる。焼け石に水なのではないかと。
実際、そうだ。魔王は今潜伏しているが、いったん攻勢に出たら、人類は大損害を被るだろう。もしかすると国一つ滅びるかもしれない。そこから人類全体の衰退がはじまるかも……。そのとき個々人にできることなんて限られる。彼らの戦意が喪失してしまうのも無理はない。
おれは皇国だけでなく、この星全体のことをできるだけ多く調べた。皇都には魔法に関すること以外にも、様々な本が集まっていた。今更ながら、この皇国という国が世界屈指の軍事強国であることが分かった。特に、魔法技術に関しては最先端を走り、それがここの国民の誇りでもあるらしかった。
瞬く間に数日が過ぎ、十日が過ぎ、一月が経った。ギルドメンバーの大半がリーゴスのダンジョンでの傷を癒し現場に復帰していた。魔法による治癒効果は絶大で、この世界では医術は発展しようがないかもしれない。あまりに魔法が有効過ぎる。
「マスター、魔法学校の書物を全て読み尽くしたそうです」
ベータがおれに言う。おれは毎日のように流れてくる魔法の知識量が、日に日に減っているのを感じ取っていた。随分前から目ぼしい書物は読み尽くし、新しい知識を仕入れるのが難しくなっていることには気づいていた。
「そうか。で、どうする。退学するか? 魔法学校に在籍し続ける意味はあまりないだろう。あとは禁書くらいか」
禁書はどれも興味深い内容が書かれている。普通の魔法使いなら知らないことも、そこからなら知ることができる。かなり魅力的だった。オットケの件もある。
「禁書は厳重に管理されており、常に司書が監視しています。特に、ガンマが派手に読書生活を勤しんでいたおかげでかなり目立っています。禁書を見せろと言ってくるんじゃないかと司書や教員が警戒しています」
「それもそうか。とんでもないペースで本を読む奴がいたら、当然警戒するな」
禁書を読みたいと申し出てみるか? 純粋な知識欲としか捉えられないかもしれない。
「イングベルトも禁書閲覧には反対するでしょう。ヒミコ一人だけでは確実に失敗します」
「超小型機を潜入させるのはどうだ。指先一つぶんくらいの大きさの探査機ならばれにくいだろう」
「それが、禁書周りには防護魔法がかけられているらしく……。更に禁書にはそれぞれ個別に封印帯が巻かれ、解錠が必要だそうです」
極めて厳重だ。そこまでしてガードするとは、さっさと破棄したほうが良さそうな気もするが、邪悪な事態を引き起こしかねないとはいえ、貴重な知識が失われるのは惜しいのだろう。
「本一つ一つに鍵がかけられているのか。司書の監視、防護魔法、封印帯……。三重の壁が阻んでいるわけだ」
「禁書の中にどうしても閲覧したい本がない以上、無理はすべきではないかと」
そう、どうしても読みたいわけではない。ただ、オットケの件を打破する鍵がそこに眠っている気もしている。
「そうだな……。だが一つ気になっていたんだが、禁書目録は閲覧できたんだろう。それは公開されているのか」
「いえ。司書の机に置いてあったものを偶然盗み見たものです」
「その目録は頻繁に更新されているのか」
「そうそう新しい書籍が禁書に指定されることはないそうですが」
おれは司書とは会ったことがないが、ズボラな人間に務まる仕事とは思えなかった。
「司書の机にどうして禁書目録があったんだ? 滅多に使わないなら机の上に置きっぱなしということもないだろう。直近に、禁書に関して何かしらのアクションを起こしたということか」
「定期的に禁書に異常がないか見回りでもしているのではないでしょうか」
「ふむ。司書の行動を監視すれば、禁書を盗み見るタイミングが掴めるかもしれないな」
ベータは首を振る。
「一応、監視自体はずっと行っていました。しかしこれといった好機は……」
「……禁書とは言っても、図書館で管理している以上、閲覧を許可されている人物もいるはずだな? 在籍中、一人くらいいなかったか」
「いました。一人だけ」
「学者か?」
「いえ。ベルギウスです」
おれは思わぬ名前を聞いて一瞬黙った。あの黒い包帯を身に巻き付けた、モル派が誇る武闘派。
「……どんな本を閲覧しに来たんだ」
「それが、特殊な例でして。本自体に魔力が込められているものらしく。何らかの魔法を利用しに来た、という噂です。詳しくは何も」
さすが禁書となるだけあって、単なる書物だけではなかったか。魔法の力が宿った本……。
「ベルギウスが来たというのはいつの話だ」
「一昨日です。今ベルギウスはギルド内にいるはずですが、話を聞きに行きますか?」
「禁書を見せてもらえるにはどうすればいい、と聞くのか? まさかそんなこと……」
おれはしかしここで考えた。禁書の中にはオットケの著作がある。魔物に関する本だ。ベルギウスも無縁ではない。もしかすると読んだことがあるかもしれない。
「――会いに行ってみるか」
おれはベータを連れてギルドのモル派詰所に向かった。モル派のメンバーが睨みをきかせて排他的な雰囲気があったが、おれに対しては友好的だった。おれがリーゴスのダンジョンで活躍したことは彼らも知っている。中にはおれやベータが治療をしてやった人間もいた。
ベルギウスは個人の部屋を持っていた。ドアにノックすると、無愛想な声が返ってきた。
おれがドアを開けて中に入ると、ベルギウスは窓辺に立ったまま、不機嫌そうな声を発してきた。包帯にぐるぐる巻きにされた男からは表情が分からないが、今、険しい顔をしていることはなんとなく分かる。
「スズシロか。我に何の用だ」
「挨拶を、と思ってね。最近皇都に帰ってきたと聞いて」
ベルギウスは窓辺から離れた。おれのほうを見ている。胡散臭いとでも感じたのだろうか、不審がっている。
「今、攻略中のダンジョンがあるが、なかなか封印が突破できないでいる。リーゴスのダンジョンは色々と特殊だったな。行き詰まって、人員を削減し、こうして作戦を練っているところで」
ベルギウスは卓上の会議録を指差した。おれは頷き、思い切って、
「魔法学校に立ち寄ったようだが……。何の用で?」
おれが聞くと、ベルギウスは鬱陶しそうに腕を振った。
「……禁書の件か? 何か読みたい本でもあるのか?」
さすがに鋭い。おれがそのことでここに来たことがすぐにばれてしまった。
「まあ、な。魔物に関する本があると聞いて」
「オットケの奇書に興味があるのか。お前らしいが……。力になれないこともない」
まさかの返事におれは驚き、そして喜んだ。
「本当か!?」
「ああ。ただし交換条件がある」
「交換条件?」
「貴様の技術を我に寄越せ。特に転移魔法のマーカー。あれがあるのとないのとでは、ダンジョン攻略のやり方がまるで変わってくる」
「ああ……。そんなことか。ベータ」
少し離れた場所にいたベータが、頷いた。ゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。
しばらくして戻って来た。ベータは新たに小さな袋を持っていた。それをベルギウスに渡す。
ベルギウスはそれを受け取った。そして小型の転移魔法のマーカーが何十個も入っていることに気づくと、驚きのあまり落としそうになった。
「これは……!」
「ギルドの連中は控えめだな。もっと要求してくれれば、喜んで協力するのに。それで、禁書はどうやって閲覧するんだ?」
ベルギウスは袋を卓上に置くと、小さく息を吐いた。
「……簡単だ。禁書の封印帯には、我が関わっている。こう見えて、我は封印術に関して、皇国で最も詳しい。詳しくならざるを得なかった、と言うべきかもしれないが……。封印帯の調子を確かめたいと言って、禁書に近づくことは簡単だ」
「おお……!」
こんなことになるとは思わなかった。ベルギウスに会いに来たのは正解だった。
「しかしもちろん他人を帯同させるのは無理だ。禁書の封印帯を解くまではやってやるから、あとは自分で何とかしろ」
「それで十分だ。ありがとう。マーカー以外に欲しいものはないか? 何か役立てるかもしれない」
「とりあえず、いい」
ベルギウスは小さく言った。そしてそのまま余計なことを言わずに部屋を出て行った。この足で魔法学校に行き禁書を閲覧するつもりか。
「ベータ。いますぐ超小型機をベルギウスに」
おれはさすがに慌てて言った。準備を急いで整えなくてはいけない。おれとベータはベルギウスの後を追いながら、魔法学校にいるヒミコに連絡し、探査機を複数用意し、あらゆる場面に対応できるように配慮した。
ギルドから魔法学校まで徒歩で10分足らず。もたもたしている時間はなかった。




