岩石弾
対応策は幾つか思いついた。しかしできれば穏便に済ませたかった。幸い、機械を介して会話をすることができる。金髪の男のところへ送ったプローブから音声を流す機能はついていないので、即席で対話用の無人機を製造させる。
そして改めて対話用の無人機を飛ばしたところで、次の岩石弾が飛んできた。しかしどういうわけか見当違いのほうへ飛んでいった。
「なんだ……?」
眼前の空を横切っていく岩石弾の放物線を眺めながらおれは言った。
「ジャミングを試みてみました。もちろん、魔法によるものですが」
「いつの間にそんな器用な真似を……。というか、あいつらは目視でおれたちの位置を見ていたわけではないんだな?」
おれは巨大な眼球を備えた小人の姿を思い返しながら言った。
「おそらくは熱源探知を利用しているものと思われます。あの目玉のついた小人が我々の位置を捕捉し、攻撃位置を指示しているのだと思いますが、どう考えてもあの大きさのレンズでは我々の位置を見ることはできないでしょうから、魔法を併用した目標捕捉だと分かりました」
「もしかして、ヒミコが魔法学校の図書館で仕入れた知識を早速活用したのか?」
「ええ。聖印化したガンマを介せば、魔法を発動する要件も満たせます。基本的に魔法による探知は魔力を使います。魔力はその量子一つに様々な情報を含有しています。それを回収、分析するのが探知魔法だと理解していますが、逆に言えば魔力を操作すれば相手に誤情報を送り付けることもできるはずです」
おれたちの魔法技術も随分と発展した。おそらく人間では不可能なレベルの魔力操作も、機械制御なら容易だ。あとは知識さえつけば、魔法に関してエキスパートになれるだろう。
「……そんな簡単にいくのか? 実際、うまくいっているわけだが」
「地上においてはかなり有効です。地上の魔力の数は少ないですから、書き換える魔力の量が少なく済みます」
「なるほどな……」
対話用のプローブが金髪の男のところに到着した。ゆっくりと旋回し、八の字に飛行する。友好を表明したつもりだったが、男の表情はこわばったままだった。
「なんだ。ばかにしているのか?」
「いや。違う」
おれはプローブを介して声を発した。男は怪訝そうな顔になる。
「――誰だ? 前に来た奴の声じゃねえな」
「そうだ。初対面だ。攻撃をやめてくれ。こちらに敵対の意思はない。おれたちが気に食わないというのなら、さっさとここを出て行く」
男は意地悪そうな笑みを浮かべ、
「ほう。そして、二度と来ないし、ここのことはけして口外しないと?」
「……申し訳ないが、そのどちらもお前さんの期待には応えられそうにない」
「そうか。ならばいっしょだな? ここで死ね!」
プローブを叩き落とそうとした男に、おれは慌てて声をかけた。
「待て! お前はいったい何者だ。おれはしがない冒険家で、資源を求めて世界を旅している。本当、それだけの男なんだ。名前はスズシロ」
男は振り上げたこぶしをそのままに、
「……お前はここが何の場所か分かっていないのか? この俺様が何者なのかも?」
「ああ。本当、偶然ここに来ただけだ」
「ふん。俺はてっきり、アドルノとかいう男の仲間かと思ったが、そうではないんだな」
アドルノ……。おれは一瞬思考が止まった。アドルノがここの場所に関係しているのか?
だとしたら、全くの無関係というわけにもいかない。しかしアドルノとの仲を正直に言えば、戦闘は避けられないだろう。
おれはベータと目配せし、アドルノの件は触れないようにした。
「……おれは良い採掘地を探している。ここの地質を調べたところ、希少金属が掘れそうな良い鉱床があったので、興味があったんだ」
「ここは俺の家だ! 採掘なんてとんでもない!」
家ときたか。家屋らしきものはどこにもない。プローブによって周辺はかなり探索しているが、人工物らしきものは何もないはずだ。
「そうか。だが、皇都で調べたところ、ここは国有地だそうだが……」
「なに!? 勝手なことを! ここは未開拓地、最初に開拓した者のモンだろう!」
おれはベータを見た。ベータは「そのような法律はこの国にはありません」と小さく言った。
「……昔から、そういう慣習があるのかな?」
「常識だろうが、ええ? 今土地を持っている奴らは、先祖がその土地を開拓したのを受け継いでいってる! あるいはそういう奴らからカネで買っただけ! 土地はそこを開拓した者のモン!」
男のツバが飛ぶ。おれは男とはかなり距離があるのに、無意識に顔を背けた。
「ほう。仮にその理屈が正しかったとして、この土地は開拓されているようには見えないが」
「バカなことを言うな! この平坦で美しい土地を見ろ。俺がこいつらを使って、三年がかりで土地を切り崩したんだ」
おそらく窪地のことを言っている。木々が生い茂り、野生そのものの有様だったが、確かに何かしらの手を加えているようではある。
「……そうか。分かったよ。ところで名前を聞いてもいいか」
「聞いて何になる。今回は見逃してやる。さっさとその鬱陶しい鳥と共に、去れ」
男はプローブを払いのけた。おれは嘆息した。これ以上刺激しても何も得られないだろう。おれは飛行艇を低高度までもってきて、ワイヤーを垂らした。そのワイヤーをベータの腰あたりに通し、巻き上げた。ベータがおれを片手で掴んで一緒に引き上げていく。
飛行艇に搭乗する際、金髪の男を肉眼で見た。男は何か指示していた。嫌な予感がしておれはベータに叫んだ。
「そのまま高度を上げろ!」
岩石弾が装填され、そして勢いをつけて飛んでくる。これ以上ないほど狙いが正確だった。飛行艇は回避行動を取る――ベータとおれはまだ宙ぶらりんの状態で、岩石がワイヤーに触れて大きく揺れた。
飛行艇の激しい機動と、岩石の衝撃で、おれは危うく落ちかけた。しかしベータが咄嗟におれの腰あたりに腕を回し掴み直したので、振り落とされずに済んだ。
ベータはおれを飛行艇に引っ張り上げ、搭乗口を閉めた。そして高度を上げ、安定飛行に入る。
「殺す気満々だったな、あいつ」
おれは喉の渇きを感じ、水筒の水を一気に飲み干した。ベータは操縦桿を握る素振りも見せず、窓の向こうの窪地の様子をうかがっていた。
「……あの奇妙な生き物……」
「あの小人どもがどうした?」
「恐らくですが、魔物です」
「魔物? あの男、魔物を飼っているのか。いや……」
おれは小人のデザインされた形状を思い返した。飼っているというより、開発し、製造している。
「……どうして魔物だと思った?」
ベータは淀みなく答える。
「見たことがあるからです。あの巨大な腕や、眼、長い脚。アイプニアが生み出した無数の魔物の中に、似た器官を持った魔物がいました」
「……それはつまり、小人たちは魔物の器官を一部生やしていて……。あの男があいつらを改造して生み出している。そう言いたいのか?」
「憶測にしか過ぎませんが」
そう言うベータはしかしそれを確信しているようだった。おれは飛行艇のシートに凭れかかる。
「デザインされた魔物……。確かにアドルノがアプローチをかけるのも分かる。魔族の食料問題を解決するような魔物を生み出せれば――たとえば地上で安全に飼える魔物がいれば居住できる場所がぐっと増えるだろう」
「魔物の改造。我々なら遺伝子レベルの操作で自在に可能ですが、倫理上の問題がありますし、そもそも魔族は謎多き生命体です。魔法が関わっているのは確定的ですが」
「ああ。あまりあの男に関わるべきじゃないな。この場所があの男にとって何なのか、興味はあるが……」
飛行艇はひとまず皇都に向かった。他にもあった採掘候補地と合わせて、採掘許可が下りるかどうか交渉してみなければなるまい。地上には岩石弾によるものと思われる山林の剥げた場所があり、その威力を物語っている。あれではアドルノも簡単には話ができないだろうな。おれは彼に軽く同情した。