採掘候補地
採掘候補地を幾つか巡り、詳細な調査を行った。露頭(地層が露出している場所)を中心に、レーダーを併用して出来る限り詳しく調べたが、なかなか良い候補地が見つからなかった。
飛行艇で高速移動を続ける。皇国内を飛び回り、本格的に採掘できる場所を探す。資源を得られるのもそうだし、学術的な面でも重要だった。この星のことを知るのに、地中を掘って調べるのは有力な方法ではあった。
「マスター、次の採掘候補地ですが」
飛行中、ベータが操縦席で言った。おれはその隣で、ヒミコが得た魔法の知識を吟味していた。
「どうした」
ベータは操縦桿を握ったままおれのほうを見た。自動操縦はもちろん可能だったし、何ならベータなら操縦桿を握るまでもなく自在にこの飛行艇を操作できたが、あえてアナログな行動をするという彼女なりのユーモアだったのかもしれない。
「ギルドを通じて皇国の国土管理部門のデータと照会していて気づいたのですが、その採掘候補地は未開拓地ですね」
「未開拓地……。誰のものでもない土地ってことか? この国は結構文明が進んでいるようだが、そんな場所がまだ残っているか」
考えてみれば当然か。極地の冒険は命がけだ。どれだけ魔法技術が強力で便利でも、踏破されない場所があってもおかしくはない。
「正確には国有地です。ただし管理は全くされていないようですね。試しに掘り進めるのも良いかもしれません」
「ああ、いや、一応許可を取って掘ろう。最大限配慮はするが、周辺の環境にも影響が出るかもしれないしな」
しかしおれたちが辿り着いたのは秘境中の秘境だった。山林の奥、険しい山嶺を幾つも超えた先にある、ちょっとした窪地だった。先んじて調査をしていたプローブが何機か周辺を飛んでいる。採取した岩石のサンプルに褐鉛鉱が僅かに混じったケイ酸塩鉱物群があり、バナジウム等の希少金属を得られる可能性があった。
飛行艇を空中に静止させたまま降下する。山林の真っただ中に落ち、木の枝にぶら下がって緩やかに下りていく。山林の中は野生動物の王国でありむせ返るほどの生命の気配に満ち溢れていた。
おれとベータは窪地の地質を調査した。虫や小型の動物を払いのけながら進めていくと、かなり有望な鉱脈が眠っていることが分かった。鉄のほか、主にバナジウム、アルミニウム、ガリウムなどが採れる見込みがある。採掘と、それから鉱石から希少金属だけを抽出し精製する工場も併設したい。ちょっとだけならベータが分解して破砕、元素を取り込めるが、効率が悪過ぎる。
「採掘地の一つ目としては上等だ」
おれは採取したサンプルを掌の上で転がしながら言った。
「私もそう思います」
「しかし、国有地か……。ここに鉱脈がありますと言って掘らせてくれるものなのかね」
ベータは頭の中のデータを参照しているのか、虚空を見つめた。
「調べたところ、この国は採掘業がさほど盛んではないようです。金属資源は輸入に頼っているようですね。友好国からの太いパイプなので、現状困っている感じではないですが」
「これから戦争を起こそうって国が、鉄を欲しがらないわけがない。魔法でどれだけカバーできるか分からないが、剣や鎧、船やちょっとした留め具まで、鉄が幾らあっても困らないだろう」
この国の産業がどうなっているのか分からないが、皇都での豊かな暮らしぶりを見た感じ、資源に興味がないということはないはずだ。産業が発展し、人口が増え、人類の経済が拡大するにつれ、資源の需要は増大していく。
「交渉の余地はあるということですか。国と交渉……。そういえばマスター、監視役をつけられていましたね」
「ああ。そうだな。氷の大陸の情報を渡すと言えば、それなりの地位の人間と簡単に会えそうだが」
「アドルノを介して話をつけるという選択もあります」
アドルノ……。魔族の保護に奔走する彼に、半端な用事では声をかけづらかった。
「うむ……。だがあいつは今、色々と多忙そうだ。むしろあっちを手伝ってやりたいくらいだが」
「とりあえず、皇都に戻りますか」
「そうだな。氷の大陸についても調べ始めたほうが良さそうだ」
おれたちが飛行艇に戻ろうとしたとき、空中に静止させていた飛行艇に向かって巨大な岩石が飛来するのが見えた。
一瞬の判断だった。ベータが飛行艇を遠隔操縦しくるりと一回転させる。岩石は飛行艇のすぐ傍を行き過ぎた。
「どこから飛んできた? 家一軒くらいの大きさがあっただろう、今の岩」
「ええ。発射地点は窪地の向かい側ですね」
飛行艇の高度を上げて避難させる。そしておれとベータは山林に紛れて姿を隠した。何かがいる。十中八九敵だ。人間か、魔物か、魔族か、ひょっとしたら魔王か。プローブを何機か、岩石を放ったと思われる場所に向かわせた。
プローブのカメラを介しておれは見る。それは奇妙な生き物だった。巨大な腕と、やや大きめの腕。それを生やしているのは褐色の肌の小人だった。身長は五〇センチメートルもないが、大きいほうの腕の大きさは全長二〇メートルを超すだろう。そのいびつな生物は、近くに置いてあった巨大な岩石を掴むと、もう片方の腕を地面に突き刺して、自らの体を固定し、腕を大きく振って再び岩石を放った。
狙っているのは、おれたちのいるほう――しかもかなり精確だった。
「伏せて!」
おれとベータは身を低くした。数メートル手前で岩が着弾し、すぐ傍を転がっていく。
土埃が気管を刺激する。おれは咳き込んだ。
おれは薙ぎ倒された木々を見て冷や汗をかいた。
「なんだあの生き物は……。それに、おれたちの居場所をかなり正確に読んでいる」
「先ほどまでの探査では、あのような生物は見られませんでした。どこかに潜伏していましたね」
おれとベータは後退した。下手に飛行艇を近づけると撃墜される恐れがある。ここから逃げる方法を考えていた。
プローブのカメラが更に別の映像を届けてくる。
地面を刳り貫き、手頃な岩石の弾を供給する小人……。こちらはさほど腕は大きくないが、腕の先端に、指の代わりに複雑な形状の刃が備わっている。
それから、腹に巨大な眼球のような器官を持った小人。パラポラアンテナのような器官が背中から生えている小人。足の長い小人。様々な小人が続々と見つかった。
「あいつらはなんだ……。ああいう種族がこの世界には存在するのか?」
「それにしては機能的過ぎますね。デザインされた生き物というか……」
次の岩石弾が飛んでくる。このままだとおれたちのいるところに直撃する。ベータが立ち上がって腕関節を曲がってはいけないほうへ曲げた。腕の中に収納されていたロケット砲が射出される。まっすぐロケット弾が飛び、岩石と正面衝突する。魔法技術と混合して作り上げた爆薬が、岩石とぶつかって弾ける。
粉々になった岩石弾の破片が、おれたちのかなり手前に降り注いだ。うまく勢いを殺してくれたようだ。
「物騒だな、お前の体」
「ええ。一度破壊されたので、武装を増やしておきました」
小人たちはこの爆発に驚いたようだった。手を上げて後退を始める。露骨に逃げる個体もあった。
これで無事にこの場を離れられる。そう思ったとき、小人を蹴り飛ばす存在がいた。
目つきの鋭い金髪の男だった。無精ヒゲを生やし、服はずたぼろ、履いているブーツは破けて、足の指が何本か見えている。
小人たちは金髪の男に発破をかけられ、整列した。そして次弾の準備をする。
金髪の男がカメラを向けているプローブに気づいた。不審な飛行物体を見て、驚くでもなく笑う。
「聞こえているか?」
その男は、虫歯だらけの歯を剥き出しにして、
「聞こえているか、ええ、魔術師さま? 何度来たって無駄だ。ここは俺の家だ。誰にも立ち入らせねえからな」
よく分からないが、おれたちのことを別の誰かと勘違いしている。こんな秘境で人と出会ったのも驚きだが、金髪の男と会う為にこんなところまで訪れる誰かがいるらしい。誤解を解く方法はないものか……。いや、誤解を解いたところで、彼の敵対心が薄らぐとも限らない。どうしたものか……。おれは次なるロケット砲を準備するベータを横目に考えていた。