探査
翌朝、おれはアドルノと合流した。アドルノはこの後、皇国の頂点――皇帝とそれを取り巻く公爵議会に出席するとのこと。もちろんおれはそんな場に出るつもりはない。
「その、公爵議会というところで、魔王復活の件を話すのか?」
おれの質問にアドルノは曖昧な表情になった。本人もよく分からないようだった。
「もちろん既に報告はしている。昨日も、公爵議会はグリゼルディスとモルさんを召喚し話を聞いているはずだ。私だけ別日ということは、何かそれ以外の話があるのかもな」
「おれは皇国領地の地質調査を開始したいと考えているのだが、構わないだろうか」
アドルノは深く頷き、おれのすることに興味を抱いているようだった。
「ああ、もうギルドの権限が与えられているから、調査するだけなら問題ない。もちろん、そこで採掘を開始するのは別途許可が要る。もっと言えばカネが必要だろうな」
「カネ、ね……。もしかして稼いでおいたほうがいいか? 稼ぐ手段なら幾つか心当たりがあるが……。経済を混乱させかねないのは気が進まないな」
「必要なときに必要なだけ稼げばいい。スズシロ、あんたならそれができるだろう?」
アドルノはそう言って口角を持ち上げた。それからアヌシュカを伴って、皇城へのだだっ広い石畳の道を歩いて行ってしまった。
おれは探査船で待機しているアルファに、皇国領地の探査を開始するように命じた。探査船はこれより高高度を飛行し、プローブをばらまく。小型探査機は手始めに皇国の詳細な地図を作製し、それから地質調査に入る。有望な場所には直接おれたちが出向き、詳細な調査をすることになる。
おれが資源として求めるのは希少金属。精密機械を製造するのにどうしても欠かせない材料というものがある。手間をかけたり、性能に妥協すれば代替品を用意することもできるが、多様な鉱石を揃えておくことで様々な場面に迅速に対応できるだろう。現状、探査船には全ての元素のストックがあり、素材で不足しているものはない。だが大規模な建造物を今後建てるなら、資源をどれだけ確保しても、多過ぎるということはない。
探査船に調査を任せつつ、おれは皇都を散策した。この国の中枢の有様を肌で感じるのも大事なことだと思ったのだ。 皇都内は区画が幾つかあり、それぞれ特色があった。異世界のこうした街並みは初めてだったので興味津々だったが、予想を超えるものは見つからなかった。住宅地があり、商店があり、ちょっとした魔法道具を店先で見つけたときは少しだけ興奮したが、購入して調べてみると、既におれたちでも作成可能なレベルのものだった。
午後に入ってから宿舎に帰ると、アドルノが待っていた。宿舎の前の広場で、表情を硬くして空を睨んでいる。
「アドルノ。機嫌が悪そうだな」
「そんなことはないさ。ただ、急用があってな。皇都から出なければならない。スズシロの活動を可能な限りサポートしたかったが」
おれは少し驚いた。アドルノがおれにやたら協力的なことにだ。
「おれの活動? 心配しなくても、地質調査は順調に進んでいる。採掘地の候補が上がったら相談するよ。魔法についても、ヒミコが知識を吸収している。色々と新しいことが分かって飽きないよ」
「それなら結構だ。実は、私が保護している魔族の避難場所が、襲撃に遭ったようでな……」
「魔王か?」
アドルノは頷くことも否定することもなかった。
「分からない。ただ、派手にやりあったようで、魔族の目撃情報がギルドに報告されているのを確認した。ギルドから刺客が送られるかもしれん」
「謎の襲撃者に加えて、ギルドからも狙われるかもしれないのか……。苦労するな」
ふっ、とアドルノは笑った。こういう事態には慣れているのかもしれない。
「こういうときに備えて、私はギルドの人間であり続けているわけだから、いくらでもやりようはある。だがしばらくはそちらにかかりきりになるだろう。何か新しいことが分かったら教えるよ」
「それはありがたいが、どうしておれにそこまで良くしてくれるんだ?」
おれの言葉にアドルノは過剰に反応した。目を丸くし、おれの肩を掴んで揺さぶった。
「何を言ってる。お前に一番可能性を感じるからだよ。今まで、私の周りの人間にできることは、私にもできた。しかしスズシロの技術は、私には真似できない。是非、智慧を借りたいと思ってね。不思議なことか?」
「いや。分かった。魔王復活の件、共同して対策に当たろう」
魔王が復活したという情報は、ギルド内では多くの人間が知るところとなったようだが、皇都の人間は知らないようだった。特に混乱などは生じていない。
一般に情報を公開しない。秘密裏に処理するということなら、国家が総力を挙げて魔王と戦うという形にはならなそうだ。
「ところで、公爵議会とやらでは何を聞かれたんだ」
「誰にも話してはいけないことになっている」
「おっと、そうか」
アドルノはいたずらっぽく笑った。
「だが、スズシロとも関係のあることだ。この義肢の件と……。氷の大陸の侵攻計画についてだ」
「義肢はともかく、氷の大陸……。おれとは直接的には無関係な気がするが?」
「実は、スズシロ、お前が氷の大陸出身であるという情報が上に届いてしまっていてな。スズシロを捕縛して情報を引き出せという命令が出かけた」
おれは、覚悟していたこととはいえ、少し動揺した。この国に居場所がなくなるのはまずい。お尋ね者になれば国から出るしかなくなる。
「なに? 出かけた?」
「私が個人的に情報を引き出せると説得したので、手荒な真似に出るのはやめたようだ。ただし監視役がつくことになった。今も影でお前のことを見ているだろう」
おれはベータのほうを見た。ベータは宿舎の敷地外の小道をちらりと見た。どうやらそこにその監視役とやらがいるようだ。
「参ったな。氷の大陸の情報なんて持ってないぞ……」
「今から調べればいい。お前なら簡単だろう? なかなか面白い国だと聞いている。スズシロの知的好奇心を満たしてくれるかもしれないぞ」
「確かに興味深いが、今は優先順位が低いな。いずれ、調査はするつもりだったが」
ここでアヌシュカがアドルノの服の裾を控えめに引っ張った。
「アドルノ様、そろそろ……」
「おっと、そうだな。あまり時間がない。私が保護した魔族は手練れ揃いだから、戦いとなってもそうそう後れを取らないはずだが、危機には違いない」
「ああ。行ってくれ。おれはおれで魔王復活の件に対処する」
魔王が復活したことを多くの人が知るようになった。しかしそれでも、国は大きく動こうとしない。それがおれには気がかりだった。魔王がいったい何をしでかそうというのか、まだ予測もつかない。
おれはアドルノと別れると、宿舎で借りていた部屋を引き払い、皇都から出た。そして隠していた飛行艇に乗り込んで、ばらまいたプローブが見つけた採掘候補地を回ることにした。
空中に躍り出ると、監視役と思われる男女が、おれたちの姿を見失って右往左往しているのが見えた。
「乗せてやるか?」
「正気ですか」
ベータの質問におれはふっと笑った。そして本当に監視役の目の前に飛行艇を着陸させて搭乗口を開けた。
監視役の男女二人が恐れおののいている。
「おれを監視したいなら一緒に乗れ。どこまで行くか分からないが、仕事は全うできるぞ」
十秒だけ待ったが、監視役の足は動かなかった。おれは飛行艇を出発させた。あっという間に地上から見えない位置まで高度を上げる。
「あいつら、上にどんな報告をするんだろうな」
おれが呟くと、ベータは飛行艇を操縦しながら、
「見たままを報告するしかないでしょう。それをどう受け止めるか……。上の器量が試されるかもしれませんね」
皇国の広大な国土を、この飛行艇は凄まじい速度で巡回する。恐らく数日のうちに、全ての候補地を回ることができるだろう。良い山を掘り当てられればいいのだが。ついでに、大規模な工場やプラントを建設できる土地が見つかれば、電力や資源の心配をしなくとも済むようになる。そうなれば魔王がどんなことを企もうとも、対抗手段を打ち出せるはずだ。それが今おれのすべきことだと確信していた。手段はある。理解者もいる。あのおぞましい魔王の好きなようにはさせない。おれは魔王との戦いが既に始まっていると思うことにした。いつ奴らの攻勢が始まってもおかしくはないのだ。




