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イドゥベルガ


 ヒミコの魔法学校入学が決まった。ヒミコが得た情報は即座におれに共有される。イングベルトにヒミコを任せて、おれたちは魔法学校を後にした。

 学長は早速ヒミコを図書館に連れていったようだ。魔法学校でどのような授業が行われるか分からないが、うまくやっていけるだろうか。知識面は問題なくとも実習となるとかなり難しいだろう。全ての授業を受けずに図書館だけで過ごすわけにもいかないだろう。


 おれはその後、ギルドの宿舎に案内された。ギルドの特別構成員とやらになれば、かなり行動に幅が出る。その手続きのため、ギルドに向かいたいところだったが、今はまだ混乱が治まっていないようだ。


 おれがしばらく宿舎の部屋で大人しくしていると――ベータを同室にしたおかげで、他のギルドメンバーの中にはおれたちをそういう仲だと勘違いする者もいた――アドルノが入ってきた。彼は見知らぬ女性を連れていた。


「待たせたな、スズシロ。必要な書類に記入を頼む」


 女性は部屋にあった小さな机いっぱいに書類を並べた。おれは渡された大きなペンを握り、自分の名前をイフィリオス語で書いた。


「綺麗な字ですね」


 女性はおれの手つきを見ながら微笑む。女性は貧血で倒れそうなほど青白い肌をしていた。後ろで束ねた黒髪にも、つやがない。ギルドの制服と思われる黒と白の衣装は埃っぽく、あまり清潔な印象が持てなかった。


「……今にも倒れそうな顔をしているが。アドルノ、彼女はギルドの職員か?」

「ん? ああ、ギルドマスターのイドゥベルガだ」

「は? ギルドマスター? ということはお前らのボスか?」


 女性――イドゥベルガは力なく微笑む。どう見ても若いし、覇気がない。とてもじゃないがそんな要職に就いているとは思えない。


「驚きますよね……。そうですよね、私、威厳ありませんよね」

「え、あ、いや……。そうだな」


 否定しきれずにおれは正直に頷いた。イドゥベルガは遠い目になった。


「代々、ギルドマスターは平民の出から選出されることになっているんです。魔法使いは貴族出身の方が多いですから、実力でのし上がってくる方は、大体高貴な生まれでして……。つまり私がギルドマスターなのは他に候補者がいないからなんです……」


 平民と言われて納得できる程度には、彼女には華がなかった。普段あまり良いものを食べていない感じもある。


「平民出身しかボスになれないというのは、つまり組織の私物化や王侯貴族との癒着を防ぐ目的があると?」

「過去にそういう諍いがあったとかないとか。平民出身ならなんの後ろ盾もないから、不祥事一つで簡単に首を飛ばせますしね」


 アドルノは近くの椅子に腰かけて、腕を組んだ。


「事実、ギルドマスターは平均して数年に一回、早いときは半年に一回、頭がすげ替わる。その点、イドゥベルガは優秀だぞ。17歳のときに選出されて以来、5年間もトップに君臨している。大したものだ」

「アドルノさん、やめてくださいよ。無難に生きているだけです……」

「本人はこう言ってるが、魔法使いとしても一流だ。さすがに半端な実力じゃあ、私やグリゼルディス、モルさんの上には立てないさ」


 イドゥベルガは赤面し、うつむいた。組織のボスとは名ばかりで、実際には三派閥の長のほうが実権を握っている雰囲気だ。


「組織のボスが、おれみたいな奴の為に、雑用みたいなことをしてくれているのは……」

「私が頼んだ。受付の下っ端から手続きを始めていたのでは、承認まで何日かかるか分かったものではないからな。上から始めれば、色々と省略できるだろう?」

「そりゃそうだが……。随分疲れてそうだな。激務なのか?」


 おれが気遣う様子を見せると、アドルノは笑って首を振った。イドゥベルガは力なく笑い、どこか気まずそうにした。


「スズシロさん……。私のことを気遣ってくださっているのですね。でも、違うのです。正直ギルドマスターの仕事は暇です。暇で仕方ないので、私は自分の体を実験台に、色々魔法薬の研究をしてまして……」


 実験。研究。おれは彼女に関心が湧いた。


「ほう」

「特に、私は虚弱体質なので、それを解消する薬を主に開発しています。なかなかうまくいかないんですけど」

「そんなことないぞ」


 と、アドルノが割って入った。ここでイドゥベルガが慌ててアドルノの言葉を遮ろうとする。


「アドルノさん!? 何を言おうとしてます?」

「我らがギルドマスターの功績をさ。彼女は自分の虚弱体質を改善することはできなかったが、画期的な精力剤の開発に成功してな。一時期、壮年男性の間でとんでもなく流行ったんだ。服用者からも、その配偶者からも、大好評だったらしい」

「へえ」


 おれは感心した。特に何か言ったわけでもないのだが、イドゥベルガはこれ以上ないほど赤面してしまった。そして小さな声でおれに次の書類の書き方を指示するだけになってしまい、これ以上彼女との話が困難になってしまった。


「開発して日の目を浴びたのは、その精力剤だけなのか?」


 おれが辛抱強く何度か尋ねていくと、彼女をバカにする意図がないと感じ取ったのか、少しずつ話してくれるようになった。 


「その……。精力剤が売れまして。スポンサーもつきまして。今も売れてるんですけど。バカ売れなんですけど。資金面に余裕ができたので。協力者もいましたので。ギルド内に研究所を作って、色々と開発しています」

「そうか。今度見せてくれないか? おれとそこのベータは医学の心得があってな。もしかするとイドゥベルガの虚弱体質を改善する手助けができるかもしれない」


 イドゥベルガの表情がぱっと明るくなった。


「スズシロさん……! あなた、良い人なんですね……! アドルノさんとは大違いです……!」

「うん? なんだって?」


 アドルノがイドゥベルガに凄む。彼女は縮こまってしまった。なかなか親しみやすいギルドマスターだった。おれは手早く書類を書き終え、それを彼女に渡した。

 イドゥベルガは書類を素早くチェックし、それからもう一度チェックすると、深く頷いた。


「完璧です。スズシロさん、これであなたはギルドの特別構成員として活動が可能です」

「それはありがたい。ところで、特別構成員とはなんだ?」


 おれが訊ねるとイドゥベルガがアドルノのほうを信じられないという目で見た。


「まさかアドルノさん、説明をなさっていない?」

「ん? どうだったかな……。宿舎の外でアヌシュカが待ってるから、そろそろ行く。スズシロ、翌朝にまた来る。それまでくつろいでいろ」


 アドルノは退室した。イドゥベルガは大きくため息をついた。


「アドルノさんは、本当に凄い人なんですが……。ときどき信じられないほど適当になるんです。よく失踪しますし、勝手に弟子を取ってギルドに入れろと迫ってきますし。見ない内に義肢になっているし……」


 おれはダンジョンでの壮絶な戦いを思い出した。誰も彼も命がけだった。アドルノだけではない、負傷した者は大勢いる。


「あれは名誉の負傷だ。それより、特別構成員とは?」

「ギルドの業務提供者――ギルドの加入条件を満たしてはいないが、特殊な技能をもって、ギルド活動に貢献できる者に、ギルドメンバーの権限を与えるものです」


 おれは腕を組んで、書類をじろりと見た。


「ほう。大体、想像通りのものだったが。その権限は限定的なのだろう?」

「いえ、今回はアドルノさんのゴリ押しで、あなたは通常のギルドメンバーと同等の権限を得られました。あまり例がないのですが、スズシロさんは今回のリーゴスのダンジョン攻略に多大な貢献をしたと複数の報告が届いています。ですから、特例です」


 おれたちのダンジョンでの頑張りがここで効いたようだ。おれは純粋に嬉しかった。


「それはありがたい」

「アドルノさんは説明してくださらないのですが、ただ単にギルドに職を求めたわけではなさそうですね。ギルドの権限を得て、何をなさるおつもりですか」

「まずはこの国のこと、それからこの世界について調べたい。書物と、実地調査と。どうするかはそれからだな」


 魔王の件もある。どうやって国家ぐるみでこれに当たるか……。アドルノたちがとっくに報告しているだろうが、ちゃんと危機感を持って動いてくれるだろうか。


「そうですか。何か協力できることがありましたら、気軽にどうぞ。さっきも言いましたが仕事がなくて、大体の時間暇していますので」

「今、忙しいんじゃないのか?」

「本来ならそうあるべきなんですけど、私って実権ないんですよ。私がいないところで大体全て処理されちゃうんです。ですからこの書類も、最終的な決裁は私ではなく部下という名の上役が行います」


 悲哀に満ちた目でイドゥベルガは言った。彼女は笑っていたが疲れた様子だった。


「そうか……。今度、研究室に遊びに行くよ」

「歓迎しますよ」


 イドゥベルガは薄く笑い、おそらく彼女にとってそれが満面の笑みのつもりだったのだろうが、書類を持って退室した。おれはドアを閉じて、ベッドの上に横たわった。

 窓際に立っていたベータがカーテンを閉める。


「お休みになられますか、マスター」

「確かに少し疲れてはいるが……。ヒミコが魔法に関する書物を読み漁って、情報をデータベースに次々と投げ込んできている。それを確認しておきたい」


 瞼を閉じるとテキストデータと図解がずらりと浮かんでくる。既になかなかの情報量だった。


「情報の整理が済み次第、マスターへ強制学習させることもできますが」

「つまらないこと言うなよ。推理小説を読みたいと言っている奴に対して、犯人とトリックをいきなり伝えるようなもんだぞ」

「失礼しました、マスター。しかしお疲れなら、ほどほどに」

「ああ」


 おれは部屋を消灯させた。ヒミコが次々吸収する知識を確認する。魔法とは何か、活用する方法論、歴史、哲学、それから宗教観といったものが分かってくる。門外秘の魔法の知識がやっと手に入る。おれはいよいよ魔法の全てが理解できると喜びに満ちていた。

 あっという間に時が過ぎ、おれは夜が更けても眠れないほど興奮してしまったので、ベータに軽い睡眠導入剤を作ってもらって、注入してもらった。おれが眠りに落ちかけているときもヒミコは新たな知識を蓄え続ける。その隣にいるであろうイングベルトのげんなりする顔が思い浮かんだ。ヒミコの視覚を一瞬覗き見ると、ノリノリで彼女へ書物を受け渡ししているのが見えて意外だった。

 楽しそうで何よりだ。おれは眠りに落ちた。 


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