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皇都へ



 ベータを回収し探査船に戻った。あっという間にベータは作り直され、復活した。以前と全く出来であり、それを見たアドルノは感嘆の声を上げた。


「お前たちからすれば、私にくれた義肢など、大した技術ではないのだろうな……」

「そんなことはない。結構苦労したんだぞ、それ」


 ここ数日間は、ギルドの人間がダンジョン周りに集まっては、引き上げていく。ダンジョンの封鎖の前に、ダンジョン内部の魔物を徹底的に探し出しては駆除しているようだった。もし一匹でも残っていたら、繁殖しかねない。

 魔族の住処を確保したいアドルノからすれば、本来この流れは良くないはずだった。しかし今はより大きな問題が立ち塞がっている。魔王たちが魔族を欲しているのなら、奴らに見つからない場所に避難させなければならない。


「既に手は打ってある。こういうときの為に、避難場所はあるんだ。ユリアとシーナもそちらに向かった」


 アドルノはしきりに心配するおれを安心させるように言った。


「あの二人、無事だったのか」


 ユリアとシーナは、ダンジョン前の小屋にいたはずだ。アイプニアの魔物が大量に出現したとき、まともにその渦に飲み込まれた可能性がある。普通なら死ぬしかない。


「魔族は魔物の捕食者だ。そう簡単に立場は逆転しない」

「そういうものか。しかし、避難場所ね……」

「人間――特にツィスカの魔族狩りから逃れるために、魔族は姿を消さなければならない。もしかすると他の国のほうが生きやすいのかもしれないと思うときもあるが、、世界各地から私の評判を聞いてわざわざこの国まで来る輩が多くてな」


 アドルノの名声は国境を隔てても衰えることがないらしい。大したものだ。


「アドルノなら守ってくれるかもしれない、と?」

「他の国も似たような状況なのかもしれない。さすがにそこまでは私も知らないが――他国から流れてきた魔族はほとんどが国境警備隊に狩られるから、私のもとまでたどり着ける者は稀だ。それゆえに他国における魔族の扱いもよく分かっていない。情報が集まれば、国外脱出するという選択肢も生まれるのだが」


 アドルノは魔族を守るために日々悩み、試行錯誤をしているのかもしれない。苦労人だ。おれは彼を元気づけるように、


「情報収集はおれの得意分野だ。近い内に鮮度の高い世界情勢の情報を無制限に収集できるようになるだろう」

「恐ろしい男だな、スズシロ。だが、本格的に動く前に、少なくとも皇国領内で自由に動けるだけの信用を得る必要があるだろう」


 おれはダンジョン内での会話を思い出した。


「ギルドの特別構成員にしてもらえるって話だったな。すぐになれるのか」

「皇都まで来てもらう必要があるがな。魔法学校で魔法を学ぶためにも、すぐに皇都に向かいたいのだが、いいか」

「アドルノが良いのなら」


 もちろんおれに異論はなかった。アドルノは探査船をじっと見つめる。


「……移動はどうする? この探査船は飛行して移動できるようだが、あまりに目立ち過ぎるな」

「考えてある。アルファ、出来ているか」

「はい、マスター」


 探査船の地下空間に、小型の飛行艇が建造されていた。人間の目視では発見が困難な高高度の飛行が可能で、かなり手狭だが六人まで搭乗できる。居住性は皆無で拠点にはなりえないが、移動するだけならこちらのほうが身軽で良いだろう。光学迷彩、熱迷彩が施され、隠密行動に適している。


「アルファ。探査船の守りは任せた」


 おれの言葉にアルファは微笑んだ。新品のベータも、周囲に放つプローブ機を製造しながら頷く。

 

「マスター。ベータは護衛として付き従うとして、ガンマはどうしましょうか。ここで魔法研究に役立てるもよし、マスターの魔法学習に役立てるもよし」

「持っていく。なんなら魔法学校に入学させるのはこいつでもいい。おれは皇都でギルドの手続きや、地質調査の手配などもやる必要がある」


 ガンマはアルファやベータと比べて、やや幼い体に変化させている。言動が幼くなったのでそれに合わせた形だが、どこか不安そうだった。


「ますたぁ。いふぃりおすの人たちと、仲良くやっていく自信がないよ……」

「他人とコミュニケーションをとるときは、ベータにアシストしてもらえ。そうすればトンチンカンなことを言うこともないだろう」


 こうしておれとベータ、ガンマ、アドルノ、アヌシュカの五人は、完成したばかりの飛行艇に乗り込んだ。地下から地上へ運搬され、そのまま滑走路も使わず垂直に浮き上がり、一気に加速する。

 アドルノからおおまかな皇都の位置を教えてもらっていた。雲の上を飛行しながらも、地上をサーチして皇都の位置を確認する。プローブを上空からばらまき、これらに地形探査と電波中継を担ってもらうことで、探査船と皇都間の通信を盤石なものにした。

 初めて着陸地点から大きく離れて移動した。静穏性を考慮して速度は控えめに移動したが、それでも音速に近かった。あっという間に皇都に着く。


 少し離れたところにある小さな森に着陸し、機体を隠した。アヌシュカは飛行艇から下りるなり、茂みに走っていって嘔吐した。すっかり酔ってしまったようだった。ガンマが介護のために付き添う。


「アヌシュカには申し訳ないことをしたな……。もっと速度を抑えるべきだったか」


 おれが反省の弁を口にすると、アドルノはハッハッハと笑った。


「あいつは船でも酔うんだ。あまり気にしなくていい。水魔法が得意なのに、自分が水の上に浮かぶのは不得意なのはおかしいよな」

「あ、アドルノ様。人の弱点をぺらぺらと喋らないで……」


 アヌシュカが口の中を水ですすぎ、吐き出しながら言った。おれたち五人は少し休憩した後、皇都に向かった。


 皇都は巨大な都市だった。中央に皇城とその関連施設があり、防壁と堀がある。その周囲を城下町が取り囲み、住宅や商店、農地牧場などが連なっている。更に要所には砦や尖塔があり巨大な魔法兵器が備え付けられていたりする。

 毎年のように増築を繰り返しているのか、都市の中央にいけばいくほど建物が古かった。区画ごとに人口の川で区切られ、立派な橋と関所もちらほら見られる。区画ごとに建物の雰囲気だけではなく行き交う人間の毛色も異なっていて、富裕層と貧困層が交わらないように隔絶されているように感じられた。


 ギルドは皇城付近の区画にあった。人の出入りが最も多く、そして多様な階級の人間が行き交う場所でもあった。ギルドの前には大勢の人間がたむろしていたが、その中にヴァレンティーネとイングベルトの姿もあった。


「スズシロさん」


 ヴァレンティーネが手を振っている。イングベルトも笑顔でおれたちを出迎えた。


「また会ったな。怪我はもういいのか」


 イングベルトは全身に残る包帯を見せた。


「まさか。ヴァレンティーネ隊はほぼ稼働不可能だよ。エルンストくんも、まだまだ動ける状態じゃないし」

「そうか。おれはギルドに用があって来たんだが……。中に入っても大丈夫か?」


 イングベルトは人の声と熱に溢れるギルド内を一瞥し、


「ダンジョンで色々と前例のないことが起こりまくったんで、事務方がてんやわんやしている。戦死者もたくさん出たしな……。それから魔王復活だの魔物の出現だの魔族がいただの、情報が輻輳ふくそうして整理に手間取っている。せめて翌日まで待ったほうがいいかもしれない」


 それを聞いたアドルノが、ギルドの隣に広がっている区画を指差した。


「それじゃあ、先に入学手続きを済ませておくか。私のコネなら女学生を一人放り込むくらい、わけはない」

「ちょっと待ってください、アドルノ様。入学手続きって……。誰が入るっていうんです?」


 アドルノは少し離れた場所に立っていたガンマの腕を掴んで引っ張ってきた。


「ヒミコ嬢だ」

「彼女が、魔法学校に……? 今は入学のシーズンではないですが、それより、彼女って人間ではないという噂が立っているのですが」


 さすがに色々と見せすぎた。はっきり説明はされなくとも、よほど鈍くなければそれくらいは勘付くだろう。

 アドルノは大袈裟に肩をすくめてみせた。


「人間以外の入学を禁じるなんて校則はなかったはずだ。私の記憶ではな。不満か?」

「い、いえ。ただ、俺は、怪我の療養中、魔法学校の特別講師として働くことがついさっき決まりまして……。どう扱うべきかと」


 アドルノは手を叩いて喜んだ。


「ほう! そうか、じゃあヒミコ嬢の担任はイングベルトで決まりだな」

「は!? 担任とかないですから。特別講師ですから」

「この子も特別生徒だ。その担任なら特別講師が務めるのが筋。そのように学長には話しておこう」

「アドルノ様、待ってください、あの学長なら本当にやりかねませんよ!?」

「だから、そうするんだよ」


 こうしておれたちはイングベルトを加えて、皇都の中心部に近い位置に立ち並ぶ魔法学校通りに向かった。校舎に加えて大図書館、演習場、学生通りの商店群があり、比較的若い人間が多かった。

 アドルノの先導で学生通りを突っ切り、校舎に入っていく。外見は大きいだけの古臭い木造家屋だったが、中に入ってみると造りはしっかりしていた。学長室は正面玄関から二階に上がってすぐのところにあり、既に連絡が入っていたのか、学長と思われる人間がおれたちを待ち構えていた。恰幅の良い壮年男性だった。


「アドルノくん! 久しぶりだな! イングベルトくん! 相変わらず締まりのない顔だ! アヌシュカくん! 卒業して間もないというのに、随分逞しい顔つきになったね! そしてワケがありそうな男性と女性! それから入学希望者の女の子! まとめて歓迎するよ! さあさあこっちだ」


 学長室の真ん中に置かれた応接用の椅子に、それぞれ腰かけた。学長は雑談もそこそこに、


「アドルノくん。きみの推薦する子だ。よほど凄まじい才能に溢れているんだろうね? アヌシュカくんは本当に素晴らしかった。優秀なだけではない、心の底に溜まる野心めいたものを隠しきれていなかった」

「ええ、まあ」


 アドルノはそう言って、ガンマの背中を叩いた。


「彼女は記憶術の天才です。図書館にある書物の閲覧許可を与えてあげて欲しい。半端な授業は結構。彼女は一人で学び、一人で解釈し、一人で巣立ちます」


 アドルノは、ヒミコの本質を驚くほど正確に理解していた。そうだ、それこそがアンドロイドである彼女らの得意分野だった。学長はアドルノの奇妙な言葉に、しばし呆然としていた。



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