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魔法使い



 アイプニアは去った。こうしてリーゴスのダンジョンにおける危機は完全に去ったと言える。

 おれはギルドの人間の治療を終え、彼らを見送った後、探査船を元々あった位置に戻した。

 電力供給の観点からそうしたが、ギルドによるダンジョンの後処理作業の邪魔になるかもしれなかったので、その点からも都合が良かった。

 

 ギルドの大多数は皇都に帰還し、ダンジョンの封鎖が行われることになった。おれはベータを回収したかったのでもう一度中に入れるように交渉した。


「私がついていこう」


 そう申し出てくれたのはアドルノだった。ギルド幹部である彼はそれなりに忙しいはずだったが、どうやらおれと話がしたいらしかった。アヌシュカもそれについてくる。


 ダンジョンの構造は完璧に把握しているし、転移魔法で使ったマーカーはまだ生きている。数時間で帰ってこられるはずだった。

 おれとアドルノ、アヌシュカの三人でダンジョンに潜った。アルファには「自分が行きます」と説得されたが、危険はないと一蹴した。


 おれはダンジョンに入ってすぐ、ベータの残骸を回収した。彼女の機能は完全に停止していた。明らかに人間ではない彼女の体を見て、アドルノは無反応だったが、アヌシュカはひっ、と声を漏らした。


「……驚かないのか?」


 おれが訊ねると、アドルノは意外そうに目を丸くした。


「心外だな。出会ったばかりの頃ならまだしも、今となってはスズシロたちの異常さは理解している。それに、誰だって秘密の一つや二つは抱えているものだろう」

「そうだな……。アイプニアにも看破されてしまったし、別に秘密にするようなことでもないと思い始めているから言うが、おれはこの星の人間ではないんだ」


 アドルノは反応しない。アヌシュカはおれに近づいてきておれの顔をまじまじと見つめた。


「冗談だと思っていたけれど、本気で言っていたの……?」


 そういえばアヌシュカには一度話していた。あのときはふざけていると思われて、この少女はあきれ果てていたようだが。


「ああ。外に空飛ぶ船があるだろ。あれは元々宇宙探査船なんだ。あれでおれは200年間宇宙を彷徨っていた。中には反物質炉があって、とんでもない出力を誇るが、今はあまり燃料がない。大規模な製造施設を建造できれば燃料を補給できるんだが、この星の自然環境に影響が出るかもしれない」

「な、なにを言っているのか……」


 アヌシュカは観念して、おれから離れてぶつぶつ言った。アドルノに会話を任せるようだった。

 おれはベータの部品を持ち上げて、アドルノに見せた。


「大体の部品は代替品で賄えるが、一部の部品は希少金属や高度な加工品を用いる必要がある。どうしてもこいつを回収しておきたかった」

「その、ベータは死んだのか? もう直すことはできない?」

「こいつの本当の名前はヒミコといって、大本は探査船にいる。一応、対外的には、三番機がヒミコの名前を使っているが、全員ヒミコだ。探査船が破壊されない限り、ヒミコが死ぬことはない」


 アドルノはおれの言葉をゆっくりと咀嚼し、理解しようとしている。それから小さく頷いた。


「そうか。世話になったから、心配していたんだ」

「……おれの話を信じるのか? 荒唐無稽だとは思わないのか」


 アドルノは苦笑した。


「私の常識では、お前の持つ様々な技術の説明がつかない。私の頭では、星の外から来たと言われたほうが納得できるような、ぶっとんだ仮説しか思いつかないよ」


 信じてくれるのか……。アドルノからすれば、たくさんの疑問が湧いているだろうに、あれもこれもと質問しないでいてくれるのはありがたかった。落ち着いて話ができる。


「そうか。……おれはこの後、どう振る舞うべきだと思う?」

「私の言葉で今後の行動を決めるのか?」

「いや、参考までに」


 アドルノはうーむと天井を見上げた。


「そうだな。……もし、リーゴスのダンジョンの件がなかったら、自由に生きろと言っていたかもしれない。だが、今は魔王が復活した。仮に私たちが勝つにしても、相当な被害が出るだろう。力を貸して欲しい」

「……おれはそのつもりだが。どこまで手を貸せるものか。本気でやるなら、魔法に関する知識を全て吸収したいし、採掘場やプラントを建設して資源を回収したい。そうすれば高性能な兵器やアンドロイドを量産して、人的被害を限りなくゼロに近づけることも可能だろう。ついでに、この世界に食料問題や貧困問題があるのなら、その解決にも手を貸せるかもしれない」


 アドルノはおれの言葉にいちいち頷き、それから感心したように手を叩いた。


「それは素晴らしいな。だが、当面は魔王の件だけで大丈夫だ。そうだな……。魔法に関する知識については、私の権限で、魔法学校への入学という形で貢献できるかもしれない」


 魔法学校。レダが通っていたという皇都の施設。そこでなら、当然魔法の全てを学ぶことができる。


「それはありがたい。魔法学校に入れば、魔法に関する資料を渉猟できるのだろう? 数日もあれば知識を網羅できる」

「ふふ、お前の技術力を知らなければ、魔法を舐めるなと言いたいところだったが、事実なのだろうな。採掘場については、皇国全体の地質調査を行う必要があるのだろう? ギルドの特別構成員の申請が通れば、皇国内の移動に関しては制限がなくなる。実際に掘るとなると、土地を買い上げる必要があるが……。それはそのときに考えるべきかな」


 希少金属がどこに眠っているのかは調べてみないと分からない。皇国の領地に手頃な採掘地があるとも限らない。他国の土地を勝手に掘るわけにもいかないし、おれだけではどうしようもないところだった。


「協力してもらえるか」

「ここまで世話になっておいて私たちが何もしないというのもありえない。そもそも、スズシロは私たちの為に動いてくれるのだから、当然だろう」


 そう言ってもらえて助かった。おれ一人ではどうしても限界があるし、この星の人間との摩擦も生じてしまうだろう。


「おれの正体について、どう説明すべきだろうか。この世界の人間の反応が予想できないんだ」

「うむ……。我ながら、私は変人だからな。標準的な人間の反応は、私も予想できない。氷の大陸出身というのは良い嘘だと思うが、あいにく、皇国は氷の大陸への侵攻を考えているところだ。正体を言わないのであれば、氷の大陸からの亡命者、とでもしておくか?」


 今までの嘘とそう変わらない。しかし皇国が氷の大陸に興味があるのなら、政治的な思惑に巻き込まれる可能性がある。


「……氷の大陸への侵攻の協力を求められる可能性があるが、それは断るぞ」

「そもそも、魔王復活の報せでそれどころではなくなると思うがな」


 おれはその後もアドルノと打ち合わせを続けた。イフィリオス人の協力者がいるのは非常に助かる。

 ベータの残骸を全て回収し、三人でそれぞれ分担して持った。地上のマーカーへ帰還しようとしたが、アドルノはまだ帰るつもりがないようだった。


「どうした?」

「ダンジョンの最奥……。魔王リーゴスが眠っていた場所。一応、確認しておく必要があるだろう。カスパルがダンジョンを変形してぐちゃぐちゃになっていたから、ダンジョンの形状が戻った今、魔物が残っていないか見ておきたい」

「付き合うよ。単独行動は危険だ。そうだろう?」


 転移魔法で、ダンジョン最奥のマーカーに向かって移動した。ダンジョンが変形し、そこからまた戻ったおかげで、マーカーの位置も変わっていた。第18層から最奥部まで少し歩くことになった。


「アイプニアは、ダンジョンの形状を元に戻した後、カスパルに説教してたな。何も分かってない、とか言って。どういう意味なんだろうな」


 おれの疑問に、アドルノは即座に答える。


「おそらく、ダンジョンは魔物の増殖に適した形状になっている。おれがダンジョンと魔物の研究に結構な時間を割いてやっと分かったことだが」

「と、言うと……」

「そもそも魔物は普通の生物ではない。通常の繁殖もするが、高濃度の魔力に呪いをぶつけて生まれてくる。呪いと一口で言っても色々あるが、およそ人間に扱える類ではない。もっと自然発生的な――ダンジョンの構造を利用したものだ。ダンジョンは魔王封印の施設であると同時に、巨大な魔物発生装置とも言える」


 魔王は復活する際に、魔族の肉体を必要とする。そして魔族は魔物を主食としている。ならばダンジョン内に魔物を発生させて魔族が寄ってくるように仕向けるのは自然な話だ。

 

「ということは、このダンジョンも放置すれば、魔物が生まれてくるのか」

「いや。ギルドがそれを許さない。封鎖する際に処置を施す。魔物を生み出すような呪いを弾く、破邪の魔法だ。しかしそれも、ダンジョンの最奥に魔王が残した呪いがあれば、効力を発揮しないかもしれない」


 呪い……。魔法とは違うのだろうか? おれは早く魔法について学習がしたかった。


「アドルノは魔族を養いたいのだろう。このダンジョンは使えないのか」

「このダンジョンはもう無理だ。アイプニアたちが魔族を狙っている。ここで暮らすようにした途端、拉致されるだろう。話を聞いた感じ、魔族は本人の意思に関係なく、魔王に逆らえないようだからな」

「じゃあ、保護している魔族はどうするんだ」

「まだ決めかねている。今住んでいる場所を移動しなければならないだろうが」


 おれたちは会話している間にダンジョンの最奥部に到達した。

 そこは小さな部屋で、魔王リーゴスの魂が収納されていたと思われる箱があった。箱は開け放されていて、箱の中にはくぼみが二つ。おそらく、リーゴスが持っていた錫杖と剣がここにあったのだろう。

 他には特になにもない。アドルノは魔法の仕掛けがないか部屋を調べたが、問題なさそうだった。


「じゃあ、帰るか。呪いとやらはなさそうだったな」


 おれが言うとアドルノは頷いた。隣でアヌシュカが眠そうに欠伸をしている。

 アドルノが転移魔法を発動する。いつものように、おれとアヌシュカはアドルノに触れて一緒に地上へ帰還するつもりだった。


 しかし、おれは見た。

 転移する瞬間、リーゴスの入っていた箱の隣に佇む白い肌の女性の姿を。

 白い髪、白い睫毛、白い肌、白い衣服。瞳だけは淡いピンクだった。

 アドルノとアヌシュカもそれを見たらしく、転移した先の地上で、おれたち三人は顔を見合わせた。


「今の、見たか、アヌシュカ」

「え、ええ。アドルノ様。あれは思念体ですね……。誰かが私たちの動向を見張っていたようです」


 おれは地上に座り込んでしまった。


「思念体、ね……。あれも魔王なのか? 自由にその辺を監視できるなら、地上に安全な場所なんてないな。枕元にあんなのが立っていたら、咄嗟に幽霊だと騒いでしまうかもしれん」


 おれの呟きにアドルノが反応した。


「スズシロ、今の女が見えたのか?」

「ああ。白い服を着た女だろう。瞳だけは赤っぽかった」


 アドルノはアヌシュカと顔を見合わせた。そして改めておれを見る。


「……今のは思念体。それも薄かった」

「薄い?」

「恐らく、術者からここまで相当遠かったのだろう。それで実像が薄かった。相当に鍛えてないと、見ることすら困難なレベルだった」


 おれは女の姿をはっきりと見た。肉眼で、だ。今でもはっきりと思い出せる。


「鍛えるって、何をだ。眼を?」

「魔法だ。魔法使いでないと、あれを見ることはできなかったはずだ」


 今のおれは生身だ。聖印化したヒミコをシステムに組み込んだアンドロイドなら魔法をある程度扱える。

 だが今のおれはそうではない。魔法使いでないと見えないものを、おれが見た?


 それが何を意味するのかおれには分からなかった。おれは地面に座り込んだまま、じっと考えてしまった。



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