死
戦局は混沌を極めている――当初の予定はあっさりと瓦解し、ギルドメンバーは散り散りになって魔物の波に飲み込まれようとしている。かろうじて持ちこたえているのは、アドルノ、グリゼルディス、ベルギウスが目覚ましい活躍をしているからだ。
まさに一騎当千。魔物を瞬間的に気絶させ燃やしていくアドルノの周囲には炭化した魔物の山が形成され、独特な悪臭を撒き散らしている。
グリゼルディスは風の魔法で魔物の四肢を切断し血しぶきを巻き上げている。
ベルギウスは暗闇に姿を溶け込ませ、魔物の心臓に的確な一撃を加えている。綺麗な死体が量産され、砦の前であっという間に物言わぬ肉壁が高く積み上がった。
おれは銃火器を撃ちまくるしかなかった。アンドロイドたちは粘り強く戦い、ギルドメンバーを守るように立ち回っている。
しかし魔物の大軍勢を前に陣形が保てない。砦の外も中も、魔物で溢れるようになった。
ギルドメンバーの叫ぶ声が聞こえる――そしてそれが途切れた。
誰かが誰かを励ます声。それも突然消える。
視界の端で誰かが魔物と戦っている。が、数秒後には魔物の群れに埋もれた。
リヒャルトの戦槍が魔物の群れを薙ぎ倒す。
その圧倒的な迫力に慰められた者も多いはずだ。
しかしそれだけ奮闘しても、すぐに魔物が押し寄せてくる。
リヒャルト自慢の槍がとうとう限界に達し折れる。魔物を弾き飛ばすことができなくなり、彼の体は魔物に押し寄せられて見えなくなった。
ツィスカの剣が魔物の首を狩る。
細かく動いて追いすがる魔物をかわしていたが、逃げ回るだけのスペースがない。
すぐに追い詰められ、力勝負に持ち込まれた彼女も、長くはもたなかった。
彼女が何か叫んだが、それもすぐに聞こえなくなった。
ロートラウトの全身が熱を帯びて近づく魔物を燃やし尽くす。
かなり効果的に思えたが彼女の体力はすぐに限界を迎えた。
火傷を負いながらもゾンビのように迫る魔物が、彼女の仮面を剥ぎ取り、壁際に追い込んだ。
ロートラウトは声もなく魔物の群れの中に消えた。
モルが周囲に毒液を撒き散らし、魔物を寄せ付けない。
毒液を踏んだ魔物は足から溶けていき、かなり凶悪な性能だったが、魔物の肉と体液で希釈され、すぐに有効ではなくなった。
そして自ら毒液に囲まれて逃げ場を失った彼は、巨大な剣を引き抜いて魔物を切り刻んだが、すぐにそれも折れた。
言葉にならない声を上げて誰かに何かを訴えたが、魔物に飲まれてそれも聞こえなくなった。
ヴァレンティーネはもういない。
他のギルドメンバーも続々と脱落していく。アンドロイドたちは一か所に集まり、なんとか抗戦陣形を保とうとしたが、容易く突破される。ギルドの戦士たちを守ることができない。
ギルドの人間で戦っているのは、アドルノ、グリゼルディス、ベルギウスだけになった。いつの間にかアヌシュカの姿もなくなっている。
三人の幹部の勢いも失われている。魔物の勢いがますます強まり、おれは突き出した銃を叩き落とされ、砦の壁際に追い込まれた。
おれも間もなく破壊されるだろう。最後までアンドロイドたちには戦ってもらう。せめて誰か一人だけでもギルドの誰かが生き残って欲しい。絶望的な状況だが、魔法使いたちの底力を信じるしかない。
ベルギウスがおれに向かって何か言っている。魔物たちの叫び声や、破壊されたアンドロイドを踏みつける音などでよく聞こえない。
おれの体が少しずつ壊されていく。他のアンドロイドと比べて、相当頑丈に造られているが、それでも限界がある。
部品が軋み、カメラや集音装置に不具合が生じた。
おれはもう、ダンジョンの状況をうまく把握できなくなっていた。
胸のあたりに魔物が食らいつき、バッテリーが破損した。
もう長くはもたない。
地面に倒されたおれは、魔物たちが動きを止めるのを見た。
アドルノの魔法かと思ったがそうではなかった。
突然、周囲の音が消えた。
おれの体が壊れたからそう感じたわけではない。実際に音が消えた。
魔物たちが棒立ちになっている。そして、ゆっくりと、体が溶けていく。
泡になっていく。
倒したわけではない。
役割を果たしたのだ。
既に、この空間に生者はいなかった。
アドルノもグリゼルディスもベルギウスも、既にここにいなかった。
魔物たちが、ギルドを殲滅したことで標的を失い、泡になっていく。
アイプニアが生み出した魔物は、こうして最期を迎えた。おれたちが倒した魔物も泡になり、泡が弾けて白っぽい水になり、ダンジョンの中に白い水流が生まれ、完全なる静寂が訪れた。
おれの体はその白い水流に流されて、ダンジョンの中を少しだけ移動した。おれは壊れかけのカメラで、周辺を確認した。
ギルドの人間の死体がなかった。一つもない。
昔からそうであったように、ダンジョンには人の気配が全くなかった。
魔物が消えたのに探査船との通信が回復しない。
おれの意識は機械に縛り付けられたままだった。
おれは静かに、この躰が機能を失うのを待った。
この躰が死んだとき、おれの意識はどうなるのか……。
本当に、元の肉体に戻ってくれるのか。
おれは少しだけ怖かった。
だが、眠りに就くようなものだった。おれはここで眠り、探査船で目覚める。もし目覚めなかったとしても、ここで穏やかな眠りに就くぶんには、関係ないように思える。人は毎日睡眠を取るが、そのたびに意識が断絶されているではないか。それと同じことだ。
おれはこうして一度目の死を迎えた。




